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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第3章:堕天島
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第39話 1日の終わり

「痛えええええぁぁあっ!!」

「大丈夫! すぐ治る! よくなる!」

「もう切ってくれ! 無理だっ!!」

「そんなことしないっ! フミ兄の能力で治るんだからっ!」


 夜が明けた。だが何も変わらない。重傷であればあるほど、完治には時間が掛かる。患者の数を鑑みて、文月は完治まではさせず、取り敢えず峠を越えるまで看てから次の患者の元へ向かうことにした。


「……だけど、ひとり看るのに数十分は掛かる。急がないといけないのに」


 能力の行使自体には、文月が失うリソースは無い。

 だが単純に疲労は溜まる。寝ずにずっと、患者に触れていなければならないのだ。


「…………お兄さま」

「アルテ? どうした大丈夫か」

「はい。……申し訳ありませんが、お願いします」


 アルテとセレネも、必死に治療に当たっている。魔術による治療は速く正確で失敗が無いが、ふたりの肉体にダメージがある。定期的に文月の元を訪れて治してもらう必要があった。


「……お前達は休めよ。俺の力は怪我、病気だけだ。疲労感や精神面のケアと、あと睡眠不足も回復できないんだ」

「はい。……いえ、大丈夫です。アルテ達が居ないと、危ない患者さんも居ます」

「…………そうか。なら、ふんばってくれ。落ち着いたら、うんとご褒美だ」

「はい。……セレネ」

「うん」


 文月の手から離れてもよろよろとした動きのアルテとは逆に、セレネはまだ元気な様子だった。


「お前は大丈夫なのか」

「うん。わたしだけ、船で寝てたから。まだ大丈夫だよ。あっ。でもフミ兄には触っとく」


 ずっと、何時間も、この状況が続いた。丁度、美裟が戦闘を終えるまで。


——


「……もう、新しく運ばれてくる兵士さんは来なくなったな」

「終わったのかな」

「そう言えば、美裟さんを見てませんね」

「確かに」


 日が昇った。結局文月は、殆どの患者——30人以上を休むこと無く全て治して回った。


「ええ。終わったと連絡があったわ」

「!」


 ディアナが、そこに立っていた。変わらず目を腫らし、ボロボロの姿で。


「……えっと」

「今から、最後の怪我人が運ばれてくるから。看てあげて」

「えっ。……ああ、勿論」


 入口から陽が射す。その向こうから、いつものように担架で。


「…………えっ」


 その上に乗っている人物を見て。

 文月は言葉を失った。


「ミサ姉っ!? どうして!」

「………………!?」


 全身傷だらけ。満身創痍の美裟が、運ばれてきたのだ。


 文月は。


「……移動の、魔術」

「そうよ。彼女の願いで、私が送り出した。だから——」

「いや」


 努めて、冷静になろうとした。『同じ』だからだ。他の患者と。美裟だからと動揺するのは、おかしいと。

 何故? どうして? は。

 全部落ち着いてからで良い。


「話は後で聞く。奥に運んでくれ。……後は俺が看るから」

「……分かったわ」


 息はしている。ならば治せる。今はその事実ひとつあれば良い。


「……お兄さま」

「お前達は——……」


 アルテが声を掛ける。彼女も泣きそうになっていた。


「ああ。お前達も来て手伝ってくれ」

「はい」

「うん」

「…………」


 妹を伴って奥へ消えていく文月の背中を。

 ディアナはぼうっと、ほぼ無心で眺めていた。


——


 文月の『治療』とは。

 どこか身体に触れてさえいれば効果がある。そういう『奇跡』だ。


 彼はベッドに横たわる美裟の手を、ぎゅっと握り締めていた。


「……なんとなく分かった」

「……?」


 ぽつりと、呟く。両脇の双子が顔を見上げてくる。


「美裟は、不安だったんだな。いや、冷静だった。自分の能力を把握して、今何ができて、何をするのが『良い』か、判断したんだ。これはその結果だ」

「……みんな、ミサ姉のお陰で終わったって言ってるよ」

「だろうな。兵士を使うような戦闘なら、美裟には打ってつけだ。……ぶっつけ本番で行くとは思わなかったけど」


 文月が、治している訳ではない。『触っていれば勝手に治る』のだ。そのメカニズムは解明されていない。握る手を強くしても変わらない。祈っても変わらない。

 もし急に、今、『奇跡』が無くなったら。そんな不安は常にある。だから祈るのは、『今だけは無くなるな』である。


「お兄さま……」

「俺はまあ、別に張る見栄もないし、付けたい格好もないから。だから——」

「あっ」


 声は震えていた。

 重ねたその手の甲に、涙が溢れ落ちた。


「……大丈夫です」

「うん。フミ兄」


 膝立ちになり、突っ伏すようにベッドへしがみつき。祈るように美裟の手を握る。

 そんな兄の震える頭を、双子は優しく、小さな腕で包み込んであげた。


「…………なにやってんだばかやろう……」

「うん」


 酷い怪我、と書けば簡単だが。

 実際に見て、会って。

 さあ治せと言われればどうか。


 恋人が、そんな事態になれば、どうか。


 因みに現在、美裟以外に緊急を要する患者は居ない。文月達自身が勝ち取った時間を、美裟の為だけに費やすことができていた。

 双子が妙に冷静なのは、『文月が治す』と分かっているからだ。その部分が、文月と、それ以外の人との違いかもしれない。


——


——


「『あれ』は一体なんなんだ? アレックス」

「そう。説明してくれよ。いやありがたいけどさ」

「ええ勿論。——まずは彼らに休息を。その後、ディアナお嬢様と、改めて挨拶を。それから、詳しく話しましょう。文月様も、現況を理解はしていませんから」

「…………」


 その日彼らは一日中、美裟の部屋で眠っていた。パイプ椅子を持ってきて、手を話すまいとする文月に寄り掛かる、遂に限界が来たアルテと、セレネ。


 東京から、北海道から、飛行する船でこの島へ。そして、病院での治療と戦場での戦闘。


 長すぎる『初日』が、ようやく終わった。


——


——


「ねーケイ」

「あん?」


 ざくろは、甲板から海を見下ろしながらケイへ訊ねた。


「あの子達、『家族全員集合』を目指してるんだって」

「らしいな」

「ケイと一緒じゃん」

「あー? 違えよ。ありゃ言い出したのはアンナの方じゃねえか。俺は手伝ってるだけだ」

「そうだっけ。でも似てるよねえ。ケイと文月君」

「……そうだな」

「叶うと良いね」

「そうだな……」


 どこかでまた会うかもしれない。ケイはそう感じている。


「運命は嫌いだが、宿命はあるんだよな」

「個人的には、当事者よりそれに巻き込まれる一般人のことを気遣ってくれたらなあ」

「は?」


 後ろから、色葉が呟いた。


「……勿論私は覚悟の上ですけど。でもそれだけだと、一方通行じゃないですか」

「…………」


 ケイは色葉の顔を見る。その言葉の意図を読み取ろうとしているのだ。だがそれだけで、色葉の顔は赤くなってしまう。


「あぁ、そうだな。いつも感謝してるよ色葉」

「!」


 あー。

 今夜は私じゃなくて色ちゃんの日だ。


 ざくろは瞬間的にそう思った。


——


——


「『正義感』は、儚い」


「『綺麗事』は、幼い」


「『理想論』は、弱い」


 白い柔らかなカーテンの隙間から、朝陽が射し込んでくる。


「『俺はこういう人間だから』なんて、簡単に言わない方が良いわよ。常に臨機応変に、変わり行く状況に対応していかなきゃ。命というものをとてもとても、最果ての向こうまで高く『大事』な位置に持ってきてしまうのは、日本の教育の『悪いところ』だと、私は思うの」


 若い。

 大学生と言われて納得していまいそうなほど若い。黒い髪と大きな瞳と、丸い顔と低い鼻と小さな口。


「目的と手段は、混同しないように。常に目的意識を高く持って、それに照らし合わせて手段を考えなさい。今やろうとしているそれは、何のためにやるのか。ちゃんと考えなきゃ」


 その笑顔は、慈愛に満ちていた。恐らく『命』より、『愛』が重要で、より上に位置するのだと彼女は信じている。


「精神論や根性論で、決して行動しないように。私達自身が獲得した『理性』なんだから、しっかり活用しなきゃ」


 その腕は暖かく。その手は優しく。その胸は柔らかかった。


「一番大事なことはね。『家族』よ。それが一番。何より大事。まず自分の家族を愛しましょう。余裕があれば、加えて他人を愛せば良いの。私は貴方を一番愛しているから。貴方も家族を愛してあげて」


 文月は。

 7歳でこれを理解できる子供では無かったし、覚えてもいなかった。あるいは彼の妹達であれば、同じ歳でも理解できたのかもしれないが。


「じゃあね。文月。行ってきます」


 理解できていなかった。まさか買い物に行くようなトーンで、海外へ行くなど。その後10年、会えないことなど。


「かあさん」


 手間の掛からない大人しい子だった。何を考えているか分からないような。

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