第36話 魔女子会
情報過多だが、言っても仕方がない。慣れていくしかない。美裟はそう思っていた。
「ねーふたりって、どっちも魔女だよね?」
ブラックアーク、女性部屋にて。
「そーだよ?」
無機質な甲板とは打って変わり。白とピンクの壁紙、赤いカーペット、白いソファベッドにいくつかのクッション。
衣装ダンスに化粧台に小物達。
恐らくこの部屋だけは、ケイという男の手から離れた女の聖地なのだろうと美裟は思った。
「契約悪魔はどっちも、ケイなの?」
「そーだよ?」
今はセレネが、ざくろと色葉へ質問をしていた。アルテは会話を聞きながら、魔術用の道具の確認をしている。これはアルテの仕事のようだ。
「それってさ……」
「?」
「(……あー)」
セレネは顔を赤らめながら訊ねている。美裟は少し考え、『それ』がどういうことか思い至る。
「(悪魔の契約=乱交か。改めて考えると凄まじいわよね。歴史の生き証人みたい)」
「ふたりは、ケイのこと好きなの?」
「…………」
セレネの質問に。
ざくろと色葉はお互いに一度、顔を見合わせた。
「そーだよ?」
「!」
ざくろはあっけらかんと答え、色葉は少し恥ずかしそうに俯いた。
「あはは! 魔女で言うと色ちゃんよりあたしのが先輩なんだよね」
「……ざくろさんも、江戸末期~明治頃の生まれなんです」
「えっ! そうなんだ。見えない!」
「あははー。まあ150年以上も生きてると、ほんと人生色々なんだよね。あたしもまさかケイがもうひとり連れてくるなんて思ってなかったし」
「それは……。ざくろさんも言いっこ無しでしょう」
魔女。アルテとセレネは、このふたりの『先輩』にとても興味があった。訊きたいことは山程ある。
「……ハーレムとか、その逆とかも。アルテ達の家族なら普通だよ? セレネ」
「あっ。そっか」
アルテの指摘に、セレネが頷く。美裟は少しだけ息苦しくなった。
「(何もかも常識はずれね。悪魔も魔女も、契約も。150歳の少女も、重婚も。それで納得する10歳の双子も)」
最早この場に、『純粋な人間』は美裟しか居ない。日本人である色葉に少しだけ親近感を抱いたが、こちらも既に悪魔に魂を売っている『常識外の存在』である。
「美裟さんはどうですか? ハーレム」
「えっ」
アルテが、不意に美裟へ話を振った。先程から美裟は会話に入っていない。そういった気を遣えるのが、アルテの特徴である。
実際はジャブを打っただけなのだが。
「あり得ないわね。ざくろさんと色葉さん、あと愛月さんには悪いけど。自分の男を、他の女ともシェアとか流石に無理。当然逆もね」
「……そうですか。まあ普通そうですよね」
「ここへ来て、何が普通かもあやふやだけどね」
すっぱりと言った。だがこのふたりの魔女や、愛月を否定している訳ではない。美裟個人の見解であるだけだ。
アルテは動揺を見せないよう、道具の確認に戻った。
「うーん……。そうかなあ。あたしは全然良いというか、ケイだもん。どうせ増えると思ってたから、逆に色ちゃんだけで吃驚って感じ」
「私は、彼に想いを伝えただけです。家族には初め反対されましたが、側に居られるなら何でも構いません。ざくろさんとは仲良くなれて良かったです」
「ねー」
「(そりゃ当然反対するわよね)」
「それに、男ひとりの女ふたりって、割とバランス良いんですよ」
「そうなの?」
「特に子育てとか。女がふたり居ればそれだけ負担が減ります。家事との両立も簡単。そしてひとりが妊娠しても、もうひとりが夫の相手をすることができます」
「なるほど!」
「(……なるほど、って、なるかしら)」
その、『自分以外が夫の相手をしている』ことが許せないだろうと美裟は思うのだが。
しかし見る限り、この3人はうまく言っているのだろう。そんな家庭もある。
「まー、どっちが先に孕むんだろうねえ」
「そればっかりは運ですね。アドバンテージはざくろさんにありますけど」
「いや別に、150年間やり続けてる訳じゃないよ? 何十年も空いてた時期あるし」
「(……何か普通に、子供の前でそういう話するのね)」
しかしそれを、冗談や架空の話では言っていない。全て本心で、全て事実なのだ。
「……わたし達がケイと同じなら、わたしも人間と契約できるのかな?」
「!」
セレネは、興味津々だった。知りたいことが沢山あった。台詞の内容を無視すれば、年齢相応に見える。
「……いえ、確か女悪魔は人間の男と交わると、悪霊や悪魔を産むに留まるのだと思います」
「えっ。そうなの?」
女悪魔、という言い方に美裟は少し違和感を覚えたが、当事者ふたりが気にしていない様子なので黙っていた。
「確かリリスもアグラットもそうだったような……。アダムやダビデ王は生涯人間のままだったと思います。一応、男の魔女も居るんですけどね」
「へー。色ちゃん詳しいね」
「ざくろさんは年齢の割に知識が無さすぎです。仮にも悪魔の専属魔女なのですから、少しは調べたりしましょう」
「勉強きらーい」
「(私もそういう知識、勉強しないといけないわね……)」
今更ながら、とんでもない世界に入ってしまったのだと会話の中で実感する。
神話だの伝承だのキリスト教だのの世界に。
「……そっか」
「そもそも人と悪魔が交わって、『半魔の女児』が生まれること自体、とても稀なことですよ。だから、貴女達姉妹は狙われるんです」
「そうなの? ケイは狙われてないの?」
「ええ。彼を狙うような組織は彼自身が滅ぼしてますから」
「すご…………」
「でも、貴女達は違う。『悪魔を産み続けることのできる女性』ですから。半魔ではなく、純粋な悪魔を」
「…………悪魔しか産めないの?」
「さあ。前例が無いだけで、確かなことは分かりません。半魔を医学的に詳しく調べた人も居なければ、調べる材料すら、これまで無かったので」
「……そっか」
——
セレネは、何か考えているようだった。その質問を最後に段々と口数が少なくなり、ついにはテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
「……セレネは、多分あまり深くは考えていません」
そこで、道具の確認を終えたらしいアルテが隣へやってきて、ダッフルバッグから毛布を取り出し、セレネへ掛けてあげた。
「自分達のこと、何にも知りませんから。純粋に色々気になったのでしょう。さっきの質問も、なんとなく、結婚するなら人間だと無意識に前提として考えていて、子供はどうなるんだろうと気になったんです」
「まあこれくらいの子は皆『なんでなんで』だよね。寧ろアルテはないの?」
自分と全く同じ金色の髪を撫でてあげる。セレネの寝顔を、アルテは好きなようだ。
「勿論気になるし知りたいです。でもセレネが全部訊いてくれるので」
「……そっか。良いね。なんか。姉妹」
ざくろも同じように、セレネの頬をつつく。
「……自分のこと、か」
「ミサさん?」
「あっ。声に出てたかしら」
ぼそりと、美裟が呟いた。そうだ。聖書だなんだの勉強もだが、一番は自分だ。
「『萩原』って別に珍しい名前でも無いじゃない。だけど確かに、代々『巫女』をやってきた家系なのよね。シャーマンと言えば、どこかで文月みたいな能力者が居ても不思議じゃないのかもしれないって思って」
自分のことを何も知らないのは、美裟も同じであった。もしかしたら遠い先祖が文月と姉弟関係にあり、ケイとも旧知であると。
「あー。縷架さん。懐かしいなあ」
「萩原先生ですか。そう言えばお墓参り行ってないですね」
「ケイがそんなの行くような奴に見える?」
「見えません」
その話題を出すと、ふたりとも食い付いた。萩原縷架を知るのはケイだけではないのだ。
「ざくろさんはまあ置いといて、色葉さんも知ってるの?」
「ええ。私の通っていた『陰陽師育成の塾』で講師を」
「えっ!?」
「あれねー。ウチらみたいな『妖怪』はあの『隠れ里』入れないからなあ」
「!?」
オーケー。
「…………なる、ほど」
情報過多だ。もう休もう。
美裟はそう思った。




