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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第3章:堕天島
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第33話 ブラックアークにて

 甲板の上は灰色のガラスのような板が敷かれており、歩くと質感は金属のように固く光沢があった。船内も全部黒だったらどうしようと考えていた美裟の心配は消えた。


「全員乗ったな? じゃ発進だ」

「わわっ」

「おっと」


 『K』の合図で、ブラックアークが動き出す。重力が無いかのようにふわりと浮き始め、急加速して上空へ飛び上がった。


「きゃあ!」

「美裟!」


 突然の上昇で、一同はバランスを崩してしまう。妹ふたりは兄に、文月と美裟は甲板の縁にしがみついて難を逃れる。


「……あー。すまんな。ウチの新人操舵手は下手なんだ」


 『K』はこの揺れでもどこにもしがみつかず、腕を組んで彼らを見ていた。美裟がぞっとする。


「…………人間じゃない」


 ぽつりと呟いて。


「はっ。お前の彼氏もじゃねえか」

「……!」


 そう返される。

 美裟は咄嗟には、反論できなかった。


「……そろそろ落ち着きましたかな」

「おう。もう手、離して良いぞ。空気の壁作ってるから落ちねえし寒くもねえ」


 見るとアレックスも、今の揺れをものともしていなかったようだ。人間でもそれだけできる。もっと鍛えなくてはと、美裟は思った。


「ご。ごめんなさいっ。揺れちゃいましたよね……っ」

「!」


 揺れが収まった所で、船室からふたり現れた。どちらも女性だ。


「おう色葉。お前全然上達しねえな」

「ご。ごめん、ケイ君……」


 謝罪をしながら先頭で現れたのは、日本人女性だった。美しい黒髪は肩まで伸びており、風に靡いている。何かの花の装飾が施された髪飾りが特徴的な女性だ。文月達より少し年上に見える。


「あははー。色ちゃんどんまーい」


 続いて現れたのは。


「えっ?」


 文月は思わず声が出てしまった。『人間ではない』と直感的に分かったのだ。

 耳と、尻尾。

 赤毛の髪と、アーモンド型の目と、数字の『3』を寝かせたような口元の形。

 会話内容と雰囲気から、陽気で人懐こい印象のあるその少女は。


「あっ。初めましてー。気になる? コスプレじゃないんですよ」


 獣と人が融合したような容姿をしていた。人間だとするなら、見た目の年齢は文月より2、3歳ほど下だろうか。


「おう。まあ紹介……する程でもねえけど。俺の連れだ。こっちが『楽王子色葉』。で、あの犬が『ざくろ』」

「よ。よろしく、お願いします……。さっきは私の操舵ミスです。ごめんなさい」

「犬って紹介されたぁ……」


 色葉と呼ばれた女性はぺこりと頭を下げ。

 ざくろと呼ばれた少女もしゅんと頭を下げた。


「犬! 耳! 赤い! 尻尾!」

「へっ? えっ?」


 キラキラと、目を輝かせて。

 セレネがざくろに食い付いた。


「ねえ! 尻尾触らせて!」

「えっ。良いけど……」

「やたっ! ほらアルテ!」

「アルテはいいよ。犬あんまり好きじゃないから」

「ええーっ」

「がーん!」


 この一連を。

 じっと見ていた文月と美裟は。


「……どんどん、『意味不明』が押し寄せてくるな……」

「ね。頭こんがらがりそう」


 文月は困惑していたが、美裟は少しだけ楽しそうにしていた。


——


「高ーい!」

「速ーい!」


 突然始まった、空の旅。しかし数時間前間まで乗っていた飛行機ではなく、自分の身体が風を受ける『船』の上。

 セレネとアルテは甲板から身を乗り出すようにして騒いでいる。


「——さて。何から説明しましょうか」


 アレックスが切り出した。アルテはそれを察してこちらまで来たが、セレネは続いてざくろの尻尾で遊び始めた。


 ざくろがセレネに遊ばれているため、色葉が全員分のお茶を淹れてきた。割りと広めの甲板には円形のテーブルがあり、文月、美裟、アルテと『K』が座った。

 セレネは向こうの方でまだざくろのもふもふの毛に夢中になっている。


「……アレックス」

「はい」


 文月の隣で立つアレックスの問い掛けに、頭を巡らせる。

 この『説明』について。


「『目的に対する優先順位』と、『俺の個人的興味』が素晴らしく対立し、激しく拮抗してる」

「ではまずそれぞれ仰ってください。必要と思うものを、こちらで選びましょう」

「……なるほど」


 努めて冷静に。

 現在、上空——何メートルだろうか。怖くて身を乗り出せない。下は街だろうか、海だろうか。どれくらいのスピードで飛んでいるのだろうか。操舵手の女性は手を離れていて大丈夫なのだろうか。

 現在、文月の世界は『意味不明』で構成されていた。それをひとつひとつ、明らかにしていかねばならない。


「『母さんのこと』。そして、『萩原縷架』のこと。今、俺の中の一番はそのふたつだ」

「ふむ。……では前者からにしましょう」

「ほう。俺が人間じゃねえとか、あの犬が何者かとか、この船とかは良いのか?」


 『K』が煽るように言う。だが文月はそれには乗らない。


「……貴方のことも、凄く知りたい。母の友人と言うし。だけど、申し訳ないけど物事には優先順位がある」

「…………ああ。そうだな」


 その答えに、『K』は知っていたかのように少しだけ笑った。


——


「今向かっているのは、愛月様の所在地ではありません」

「……そうなんだ。ていうかアレックス」

「はい?」

「席に座ってくれよ。話しづらいじゃんか」

「…………いえ。私は」


 円卓にはまだまだ空席はある。文月は居心地が悪いのだ。そもそも執事というものが、これまでの日本での生活で全く無かったものだ。


「アレックス」

「!」


 なお拒むアレックスへ、『K』が助け船を出す。


「主人の許しが出て、俺とお前は友人だ。座れよ。おい色葉。アレックスにも茶を」

「はい」

「ていうか俺にもおかわりを」

「はいはい」


 何のお茶だろうと、文月は思う。日本茶でも麦茶でもない。紅茶でもない。少しだけ甘味のある、独特の味だった。


「……かしこまりました。では失礼いたします」

「大変ね。なんか」


 アレックスは観念し、美裟の隣に座った。


「こほん。では改めて。今向かっているのは、野戦病院のような所と捉えて良いでしょう」

「病院……?」

「はい。我々の仲間ですが……現在多くが負傷しています。数日前から、大規模な戦闘があったのです。現在も戦闘中です」

「戦闘……!」


 美裟が眉を寄せた。

 日本人が『野戦病院』と聞けば。ナイチンゲールを連想するだろう。

 どれだけ、過酷な現場であったか。


「その人達を、俺の力で治しに行くんだな」

「その通りです。実際にどれだけの患者が居るかは分かりませんが、20~30人程度と思われます」

「多いな……」

「そこは、とある小さな島にある屋敷です。戦場で負傷した戦闘員を、魔術の力で運びます。急所のため狙われないよう、島も魔術で隠れています」

「…………分かった」


 その魔術を使っている術師も、無事ではないのだろう。文月は自分の役割を確信と覚悟に重ね合わせた。


「母さんは今無事なのかな」

「ええ。ボスとは言え女性ですから。戦場には出せません。最も安全な場所へ避難していますよ」

「…………そっか」


 その言葉と説明は。文月にはすんなりと理解できた。母は組織のシンボルなのだろう、と。


「え? 女が弱いからってこと?」

「!」


 だが美裟には。

 その言葉と説明では、飲み込むことはできなかった。

 ボスならば最前線で、皆を率いて行くべきなのではないか。

 『恋人という立場で今発言すべきではない』と理解しながら、しかし『事前に疑問を解消する』ことに重きを置いたのだ。


「いいえ。役割分担です。組織の中で最も賢く切れ者の知恵者であり、戦闘能力の無い愛月様ですから。安全な場所で司令部として全体視し、指揮を取られた方が勝ちの目が多いのです」

「…………文月」

「えっ?」


 美裟はアレックスから視線を逸らさず、横の文月を呼んだ。


「今の説明で納得できた?」

「えっ。……まあ。合理的じゃないかな」

「そう。なら良いわ。ごめんなさいアレックスさん。話の腰を折ってしまって」

「いえ。……美裟さん、貴女もしかして」

「大丈夫です。続きをお願いします」

「…………?」


 文月には、美裟が。

 何故こんなに不機嫌になっているのか分からなかった。


「えー。……では。私どもも、文月様の能力に関して具体的な詳細まで把握できている訳ではありません。一応、今後の為に『それ』も兼ねています」

「分かった。いくらでもやるよ。あとどれくらいで着くんだろう」

「色葉。どうだ?」


 文月の質問を、『K』が色葉へ確認した。


「夜になるよ。大西洋沖でしょ? あと6時間くらい、かな」

「ええ!?」

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