第19話 たったふたりの双子
「『ありうべかざる双子』」
「……!」
アルテとセレネは薬で眠らされ、どこか分からぬ場所へ連れてこられていた。
室内である。窓は無い。白い壁と床。テーブルと椅子、花瓶だけがある小さく簡素な部屋。広さは6畳ほど。
床は冷たいコンクリートだ。ふたりは縄で縛られ、身動きが取れない状態で寝転がされていた。
「『混血の魔女』。『魔力を持つ最後の人間』。『奇跡の少女』。……様々な呼ばれ方をしているんだな。君達は」
「……そんなの知らないっ」
鍵を掛けたドアを背に、椅子に座るのは赤橋。見下されるセレネが睨む。
「君達には、命を狙われる充分な理由がある。可哀想にね」
「知らないっ! 離して!」
「僕達は、そんな君達を狙う『奴等』の内、『命までは奪わない』タイプの奴等だ。良かったね」
「……目的はなんですか」
我慢できないといった風に笑みを溢す赤橋に、アルテは努めて冷静に質問する。
「分からないのか」
「はい」
「…………」
赤橋はそのアルテの態度に、やれやれと手を広げた。
「君達ふたりは、『世界でたったふたり』の、『絶滅危惧種』じゃないか」
「……なんのこと?」
セレネが訊ねる。その表情は、赤橋をやや驚かせた。
「……まさか、本当に。何も聞かされてないのかい」
「アルテ達は、普通の子供です。生まれや環境は異質かもしれませんが、何も変なことはありませんよ。勘違いです」
「…………そうかい。なるほどね」
アルテの回答を受けて、赤橋は何度か頷く。
そして顎に手をやり、やや考える。
「まあ、それは追々で構わないか。今は悠長にお喋りもできないし」
ぶつぶつと呟き、立ち上がって部屋を出ていった。
——
——
「アルテ」
「うん」
ふたり、部屋に残されて。
身体は縄で拘束されている。
しかし落ち着いていた。
「(最悪の想定をして)」
「(最大の結果を)」
ふたりは。
頭が良かった。
「(盗聴と監視を警戒)」
「(第一に、フミ兄にこの場所を伝えること。第二に、自力での脱出)」
殆ど身体も口も動かさず、アイコンタクトのみで意思の疎通を図る。それはふたりが生まれてからずっと一緒にいたからこそできる芸当であった。
「(アルテ達を『魔術師』と警戒してくれているなら、拘束も監禁も警備も厚い筈)」
「(でも、わたし達を殺すつもりも傷付けるつもりも無いよ)」
「(現在時刻は分かる? セレネ)」
「(うんとね、夜かな。19時~半くらい)」
この部屋には、時計も無い。ふたりは薬で寝かされていた。
だがセレネの体内時計は、驚くほど精密だ。これは彼女の才能と言える。
そしてさらに。
「(北はこっち。……赤橋先生が気にしてた方角は東だから、病院から西の方角に来たのかな)」
「(ありがとう)」
方向感覚も、標高感覚もずば抜けて優秀であった。
「(寝てた時間は?)」
「(3時間くらいかなあ。途中までは、普通に健康診断してたもんね)」
「(なら、車で移動しても200キロ前後くらいかな)」
「(そこまで無いかも。悠長にしていられないってことは、まだ近くだよきっと)」
「(この部屋の標高は?)」
「(地下だよ。5メートルくらい。だから、病院から仮に、西に直線で100~200キロメートルの上にある地下と言えば……)」
そこまでの材料を揃えられる能力を標準で装備しているのが、セレネだ。
そして。
「(住宅地に無いとすれば、ひとつしか無いよ)」
「(どこ?)」
「(隣街の診療所に、地下室がある)」
そこからは、アルテの仕事である。
「(どうして分かるの? 知ってるの?)」
「(ホームセンターにお買い物した時に通りかかったでしょ?)」
「(そんなの覚えてないよ……)」
記憶能力。これはアルテが、ほぼ唯一他人に誇れる才能である。何もかもセレネに負けていると思っている彼女の。
「(でも、じゃあ。なら脱出しても帰れるね)」
「(うん。だけど一番は、お兄さまに来てもらうこと。できれば車でね)」
「(どうして?)」
「(家も知られてるから、もうこの街には居られないの。アレックスが来るまで、逃げ切らないといけない)」
「(……そっか)」
現在、まだ1月中旬である。
彼女らの母『川上愛月』がボスを務める『組織』から、執事のアレックス・アルカディアが彼女らを迎えに来るのは3月末。文月の高校卒業後ということになっている。
それまで、日本で息を潜めていなければならなかったのだが。
日本では、危険が少ないと思われていたのだが。
「(アルテ達が狙われている。戦争の激化とかじゃなくて、『それ』が原因で、アルテ達は日本に逃がされたんだ)」
「(…………まだまだ、分からないことだらけだね)」
「(うん)」
ちらりと見渡す。
この部屋には、何も無い。机と椅子と、花瓶。それと照明。あとは彼女達の身体と、それを縛る縄。
充分である。
「……やるよ、セレネ」
「うん。アルテ」
ふたりは身体を起こして、座り直し。お互い向き合って目を瞑り、『儀式』を始める構えを取った。
「『黒魔術』」
そして、全くの同時に。
そう呟いた。
——
——
ふたりは、『魔女』ではない。
魔女とは、悪魔と契約を交わした者のことであるからだ。幼いふたりにそういった記憶は無い。
だが、魔術を扱う。つまり『人を不幸にする術』を会得している。
赤橋は、ふたりの出生を知っている。だからこそ狙ったのだ。彼らの目的達成の為に。
「さて、準備はできたか?」
「まだだ。もう少し待て」
「急げ。あの双子は人間じゃ無いんだから、何をしでかすか分からんぞ」
だが。
赤橋ら人間達は、『あの双子のような者達』の理解は足りていない。
「分かってるって。だがまあ、大丈夫だろ。縛って監禁だぞ? 何ができるってんだ」
「油断すんなってことだ」
「なら様子見とけよ。呼ぶから」
「分かった」
伝承の。伝説の。
『魔女』は。
どんな事を、可能にしてきただろうか。
——
——
ドアが開く。
「大人しくしててくれよ~。お嬢ちゃん達」
赤橋に命令された男が、部屋へ入ってくる。
男は、部屋の真ん中で身体を寄せ合ってうずくまる双子を見付けた。
「おい、どうした? 腹痛か?」
心配し、近寄る男。
「…………うん」
男はこの期に及んで、油断していた。この双子を、『人間の双子の女の子』だと。
「!」
セレネが、顔を上げた。
上げて、男を見た。
「…………へ」
セレネの、不思議と赤く光る両目に、見詰められた。
——
——
「はぁ……、はぁ……!」
時刻は、夜中。
文月はようやく、この診療所へ辿り着いた。赤橋の自宅から、どうにかここへ。
「居てくれよ……!」
とっくに営業は終わり、シャッターの閉まった診療所。しかし、明かりが見える。
「!」
焦る気持ちを抑え、敷地内へ一歩踏み出した所で、その明かりが消えた。
「おっ…………!」
僅かに、人影が見えた。
小さい。
ふたつある。
「……お前、達?」
出口へ歩いてくる。明かりが消えたことで、その正体が判明しない。
「…………!」
ふたつの影が、こちらへ気付いたらしい。歩く方向を変えて、そのひとつが口を開いた。
目を、こちらへ向けた。
「フミ兄っ!?」
「!!」
無邪気な、いつもの声。
眼光は赤く光り。
影は黒く。
「そこに居るのはフミ兄?」
「……セレネ?」
「やった! アルテの言う通り!」
「うん。良かった。お兄さまっ」
口角を上げて駆け寄ってくる様は。
「…………!」
文月を一瞬硬直させるものだった。




