第18話 最悪の想定
キリスト教圏からすれば、魔女は悪である。悪魔と身を交わらせ、不吉な力を以て社会に悪影響を与えるとされた。その考えは今日まで至り、魔術とは暗に黒魔術のことを指している。
地球をひとつの世界とするならば、『魔女を正義とした創作』を除けばこの世界ではこの考えが一般的である。
悪。罪。これらは人間社会の規則法律のことだけではなく、『精神のありよう』と密接である。神が定めたルールがある。
「やあ、こんにちは」
「先生! お久しぶりです。どうしたんですか?」
「いやまあ、近くまで来てね。そう言えばあの双子ちゃんとの暮らしは順調かなと思って」
だが、キリスト教の全能の神など興味も無く、悪魔と呼ばれる者に対して偏見すら持たなかった『人間』がいる。色んな考えの人がいると巷では言うが、それは『本当の意味で色んな人間が居る』のだ。人間という枠組みの中では、あらゆる全ての可能性が存在する。
魔女と呼ばれる者は。自らの行いを悪と言われ。
悪魔と交わっていると罵られ。避けられてきた。
「そうそう。時間があったらウチに来なよ。普通の病院じゃ、身分の無いその子達は健康診断も受けられないだろう」
「確かに。でも俺が居るし大丈夫ですよ」
「君の力では、事が起こってからしか対応できないだろう?」
「あー……。そうですね」
知ったことか。
それはお前達の評価基準に過ぎないではないか。
大抵の魔女はそう考えている。
黒ミサ? サバト? ワルプルギス?
それはお前達の想像、偏見でしか無いだろう。と。
「おーい。アルテ。セレネー」
「はーい」
「なあにー?」
よく知らないものを『悪』と。
『敵』と決め付けるのは。
お前達の最も得意とすることだ。
——
——
「…………遅いわね」
「ああ。……確かに」
あの雪合戦から数日後のことであった。文月と美裟は、双子を連れて病院へやって来ていた。
健康診断である。身分を伏せなければならない彼らにとって、文月が協力していた病院でのそれはとてもありがたい申し入れだった。
「俺は医者じゃない。もし、俺の手に余る病気があれば。そう考えたことはあるよ」
「まあそうね。まだまだ未解明なんだから。最悪の想定は当然すべきね」
「…………」
「何よ」
当たり前のように付いてきた美裟を、文月は不思議そうに見る。
「……気を悪くしないで欲しいんだけどさ」
「何よ。はっきり言いなさい」
他意も悪意も無い。
「美裟は、『どこまで』付いてくるつもりなんだ?」
他人である。恋人ですらない。関わりが深いとはいえ。
文月は彼女を疎ましく思っている訳ではない。寧ろ嬉しく感じている。だが。だから。
彼女に気を遣っているのだ。
「迷惑なら言って」
「迷惑なんかじゃないさ」
「なら良いじゃない」
「そう、なんだけど。……えっと」
どうすれば、うまく伝わるか。高校生である文月にはまだ見付からない言葉がある。
「…………文月」
「うん?」
だが。
美裟も美裟で。
悩んでは居るのだ。考えてはいるのだ。迷っては居るのだ。
「あたしも付いていきたい……のは、流石に迷惑かしら」
「!」
少しトーンを落として。恐る恐る訊ねた。
卒業後、『組織』へと向かう彼に。
「……どうして?」
いつものように。『あたしが決めたから』『あんたには関係ない』とは、言えない。
日本に居る間は協力する。その後はお互いの人生がある。それが普通である。
そして。
『あんたが好きだから』とは。
まかり間違ってもそれだけは言えない。
「…………」
会話が、途切れる。
どうして、そこまでしてくれるのか。自分の人生を削ってまで。
文月は分からない。良い悪いの話ではない。協力は素直に嬉しい。
だが、その出所が不明なら、不安な気持ちは少なくない。
『組織』は。危険である可能性が高い。
「…………」
恩返し。そんな押し付けは文月は好まない。重く捉えられてしまう。負担には感じさせたくない。
美裟も言葉に困っていた。
出来ることは、殆ど無い。彼は賢く、優しく、怪我も病気もせず、心の不安は双子の妹が癒してくれる。
力になれる要素が見付からない。
『あんたが心配だから』は、詭弁になる。
力や、父親について。
それも、彼が彼の力で解決してからできることだ。美裟が付いて行くべき理由にはならない。
「…………違うな」
「?」
文月は、考えた。
そしてそれは、『間違っている』。
だが彼は気付かず、言葉を続ける。
「俺の方なんだよ。美裟さえ良ければ、一緒に来て欲しいと思ってる」
「……っ!」
「ふたりも美裟に懐いているし。喜ぶと思う」
「……文月」
妹をダシにするのは、間違っている。そして。明確な理由を付けずに了承することも、危険である。
この先、土壇場で。美裟の『気持ちが変われば』。
取り返しの付かないことになってしまうからだ。
秘密組織に、部外者を連れて行ける筈がない。
いくら、主の息子と仲の良い『友人』であろうと。
——
「……すみません」
「はい?」
午後6時になり。
流石に遅すぎだと感じた文月は、受け付けで質問する。
「俺の妹——川上アルティミシアとセレスティーネが健康診断してると思うんですけど」
「……健康診断、ですか?」
「はい。赤橋先生が担当してくださってて」
「……確認しますね」
健康診断など。
長くても1時間あれば終わるだろう。
既に3時間近く経っている。これはおかしい。
「赤橋先生は本日、もう帰りましたよ」
「は?」
おかしい。
——
「赤橋先生の自宅はっ!?」
「知らねーよ! どうする!?」
病院を飛び出した、ふたり。
「いや、訊いてきなさいよ! あんたこの病院の元アルバイトでしょ!?」
「よしきた!」
そしてダッシュで戻る、文月。
美裟は携帯電話を取り出す。
「…………!!」
だが踏み留まる。これは。
この事態は『組織』に関係している可能性が高い。
警察を頼ると、目立ってしまう。
それは何か、よくないのではないか。
そんな考えが過り、美裟の手を止める。
「訊いてきたっ! 速攻で家に戻るぞ! 車で行く!」
「分かったわ!」
——
「もう辞めてたらしい。やばい」
「は?」
「赤橋先生。俺が辞めたのとほぼ同時期にだ」
「なにそれ!」
「隣街の診療所とか言ってたけど、多分嘘だろ」
車内にて。軽自動車を飛ばす文月が病院で得た情報を話す。
「もうほぼ確定だろ。赤橋先生は『組織』の敵だ。俺をずっと監視してて、あいつら(アルテとセレネ)を狙ってた。ずっと、機会を伺ってたんだ」
「……! ムカつく!」
「ああ。許さない」
ふたりの目に怒りの炎が灯る。それは自らへの怒りも含まれていた。
「もっと早く気付けた! 俺達の失態だ」
「その通りよ! 殺してやりたいわ」
「警察には?」
「……言って良いの?」
「…………俺は今のところ、『組織』よりあいつらの方が大事だ」
「分かったわ」
誰にバレようと。『今』双子が無事であれば良い。
命に代わる物など無い。
美裟は即座に警察へ連絡した。
「わざわざ連れ去ったんだ。殺されはしないと思う。最悪の考え方だけど、死んでないなら俺の力でどうとでもなる」
「そうね。あたしが赤橋へやりすぎても心配無いわね」
「……そうだな」
——
途中、警察への説明の為に美裟が車を降りる。その際に文月にも止まるよう指示がされたが。
彼はそれだけはあり得ないと言い、また発車させた。




