第17話 『話』
「…………さて」
「!」
美裟の声に、びくりと震えるふたり。文月とセレネは。
ものの数分で、『雪まみれ』になって公園に倒れていた。
「まずは、お疲れ様。セレネちゃんは果敢に攻めたし、文月も意外と動いて、頑張ったわね」
「…………おう」
差し出された手を握り、立ち上がる。文月は横に転がるセレネを抱き起こして、そのまま担ぐように持ち上げた。
「わっ!」
「よいしょっと。セレネはよくやったな。惜しかった」
「抱っ……!!」
「ん?」
瞬間、セレネの頬が紅潮する。
「…………!」
叫びたい、暴れたい衝動がセレネを襲う。だが微笑む文月を見て、なんとか堪えた。
「……フミ兄……」
「負けちゃったなあ」
「…………良いよ。もう」
「お?」
大好きな『フミ兄』に抱っこしてもらてるなら。
負けてよかったと、セレネは考えた。
「なっ…………!!」
「? どうしたのアルテちゃん」
その様子を見て、悠々と壁から出てきたアルテは。
驚愕する。
「ずる……! あっ。いやいや。……えーっと」
何故。
負けたくせに。
『お兄さま』に抱っこしてもらっているのか!?
と。
一瞬の憤慨が彼女を襲ったが、なんとか平静を装う。
「こほん。さあ、約束は約束ですよ。アルテ達の勝ちです」
「む。……アルテは何にもしなかったじゃん」
「何を言ってるの。アルテはずっと美裟さんの為に雪玉を作っていたんだから。それだって立派な戦いよ」
「なんかずるい~っ」
「ずるいのはセレネだよ」
「なんでー?」
「あっ。いや……」
ようやく降ろして貰ったセレネと、アルテが互いに頬を膨らませて言い合いをする。
「……お腹空いたね」
「ね。帰ってご飯にしよ」
だが可愛いものである。ふたりはよく言い合いをするが、罵り合いにはならない。
子供の口喧嘩にしては『お利口すぎる』のだ。
「……文月あんた、泥んこじゃない。良い歳して」
「お前のせいだろ」
「あんたが弱いせいよ」
「ま、なんにせよ家に戻ろう。風邪引くといかん」
「そうね。特にセレネちゃん」
「俺は?」
「あんた風邪引かないじゃないの」
「……もしかして俺って、一生そういう心配されないのか……?」
「…………馬鹿」
——
「汗と雪と泥と……。くそ。疲れて汚れてるのは俺達だけらしい」
「ごめんねフミ兄。せっかく買ってもらった服ぐしょぐしょにしちゃった」
「気にすんな。クリーニング出せば良いから」
「ねーフミ兄」
「ん?」
彼らの部屋へ戻ってきて。もう時刻は昼過ぎだ。
セレネはぐしょぐしょになった服を脱ぎながら、文月の裾をぐいと摘まんだ。
「一緒に入ろ?」
「いや狭いだろ。良いぞ俺は後で」
「だめ。風邪引いちゃうよ」
「…………」
さっきの今で。
文月は嬉しくなった。
「分かった。ちゃっちゃと入っちまおう。腹へったし」
「うんっ!」
——
そして。
「あ————!」
「わっ」
大声を出して。
美裟が驚く。
声の出所はアルテだ。
「あ——! あ——! あ————!」
「どうしたのよ。アルテちゃん?」
「ず……っ!」
あはははっ。
きゃっきゃっ。
おいおいはしゃぐなって。
「ず——る——い——っ!」
風呂場から声がする。楽しそうな、セレネの声が。やれやれと洗ってあげてるだろう文月の声が。
「なんでよ——! 勝ったのはアルテなのに——っ!」
「…………ぁぁ」
あからさまに地団駄を踏むアルテ。それを見て、なんとなく察した美裟。
「いつもは一緒に入ってないんだ」
「恥ずかしくて言える訳ないじゃないですか——も——。セレネのそーゆーところずるい——です——っ」
「…………ふふっ」
いつもは大人しく聡明なアルテが。ここまで『子供らしく』感情を露にしている。
「なんですか? 美裟さんっ」
「あはは。ごめんごめん。可愛いなあと思って」
「むぅ。馬鹿にしてませんか?」
「してないわよ。歳相応よ」
「むむぅぅ!」
アルテには理由が無いのだ。兄を誘う理由が。汗ひとつかいておらず、ひとつも汚れていない。
「あたしが一緒に入ってあげるわよ。じゃあ」
「美……っ!」
美裟さんと入っても意味が無いじゃないですか。
そう言い掛けて、美裟の方へ振り向いて。
その胸が嫌でも視界に入る。
未成年の高校生にしては実り過ぎている、それを。アルテから見ても素晴らしい大きさのそれを。
「…………じゃあ、今度……」
「ええ」
アルテの勢いはみるみる失われていった。
——
「で、だ」
「はい」
その後。
昼食を済ませて。
「今日のそもそもの目的は『話』だったろ。随分引き延ばしちゃってるけどさ」
文月が切り出す。
「そうね。そろそろ真面目な話もしましょう。クリスマスもお正月も、このところ遊んでばかりだから」
美裟も同調する。そもそもは、この双子が『匿われに来た』ことだ。『なにやら危険』であることは間違いない。
文月はあの手紙を取り出した。母・川上愛月の執事である、アレックスからの手紙だ。
「なるべく目立つな。そう書いてある。……『敵』の心当たりは本当に無いのか?」
流石に日本までは来ないだろう。そう考えたからこそ、ここへ寄越したのだ。つまりこちらからも、知る術が無い。
「予想としてはさ。母さんの『組織』ってのが、何らかの『魔術を使う武力集団』で、普通に『同じような敵対組織』が居て。その戦争が激しくなりそうだから、お前達を避難させたって感じだよな」
「まあそうね。魔術=武力というのは、安直だけど当然とも言えるわ。現代社会で認知されていないのなら、金属探知機を始めとした各種検査にも引っ掛からない。ただの道具だものね」
今、現時点でできることは、予想しかない。分かっている事実と、双子の話を聞いて考察し、備えることだ。
来る、3月に向けて。
「国籍……つまり『現代社会』を必要としないほどの組織となれば。『武力が強大』くらいしか思い付かない。防衛も何もかも、『国』が代わりにやっててくれてることを放棄しても、自分達だけで生活できるってことだからな」
「私も色々調べてみたけど、そんな風な組織は出てこなかった。……まあ、図書館とネット程度だけど。『世を忍んでる』と言えるわよね」
文月と美裟が、それぞれ考察する。アルテとセレネは、じっとそれを聞いている。
「……なんで母さんは、アルテとセレネに魔術を学ばせてたんだろう」
「あんたのお母さん、魔女なんじゃないの」
「そんな馬鹿な。……って違うと言い切れないけどさ。でもじゃあ、俺に何も無かったのは何でだ?」
「そりゃ魔『女』だもの。あんたには無理じゃない」
「……そうなのかな」
男性でも魔女であるが、それを指摘できる者はこの場に居ない。
「フミ兄。フミ兄」
「ん?」
セレネが、会話に割って入る。
「手紙にある『本拠地』の場所、なんとなく分かるよ」
「へっ?」
彼女らは、ロンドンから日本までやってきた。だが乗ってきた空港がヒースローであっただけで、『本拠地』がイギリスという訳ではない。近くではあるかもしれないが、移動時に双子は眠っていた、否。
寝かされていたのだと推測できる。
「季節とか、星とかで。少なくとも北半球だよ」
「……なるほど」
「確かに。そう考えれば……この時期は日本ほど寒くはなかったですね」
アルテも頷く。
「案外、本当にイギリスなのかも知れません」
「ふむ。でもその『本拠地』からは出なかったんだよな」
「はい。島なのか、大陸なのか。街はあるのか、全く別のどこかなのか。今の所はそれ以上分からないです」
「街があれば、車とか文字とかで色々分かるのにね」
「うん。まあその辺も含めて、『組織』は3月で良いだろ。本題の『魔術』だけど——」
文月が話題を戻した所で。
「!」
ピンポーン、と。
インターホンが鳴った。




