第16話 雪合戦
「さむっ!」
目が覚めた。
文月は急激な寒気に耐えきれず起き上がる。
もう陽は昇り始めている。時計を見ると、いつもより少し早い時間だった。
「夜の内に冷えすぎだろ。エアコンエアコン……」
リモコンを探す。
アルテとセレネはまだ眠っている様子だ。だが背中を丸めている姿勢は、やはり寒そうに見える。
「…………」
窓を見る。
ふと、カーテンを開けてみたくなった。
「……おお」
朝日が部屋に射し込む。その直線上の壁には、双子が先日書いた書き初めが飾られていた。
【富士山 川上あるてぃみしあ】
【立春 川上せれすてぃね】
言葉選びはさておき。アルテはそつなく小綺麗に。セレネは元気に大きく書いた、ふたりの書き初め。
「…………こりゃ寒い訳だ」
——には目もくれず。文月は窓の外を見やる。
そこは一面の銀世界だった。
——
——
「どんな怪我や病気も、たちどころに治療したらしい。医師免許の無い『治療師』って話だ」
「その『萩原縷架』さんは今どこに?」
「……もう居ないよ」
「えっ?」
「萩原縷架は明治時代の人だ。正確な生没年は分かってないけど、流石に生きちゃいない」
「……そんな……!」
「言ったろ。期待しちゃいけないって。今となっちゃ事の真偽も分からない。ウチじゃないにせよ、『萩原』の巫女だったようだしね。妙な噂があっても不思議じゃない。それだけさ」
「…………」
「済まないが、あたしが調べられる限りはこんなもんだ。関西辺りに居たようだが、もうそんな詳しい記録も残っちゃいないよ」
「……ありがとうございます」
「つまりだ。あんたの『力』はあんただけのもんじゃない。……孤独じゃないって、あたしは言いたいんだよ」
「分かってます。本当にありがとうございます」
——
——
「雪だっ!!」
いつもは布団から中々出ないセレネだが、今日ばかりは真っ先に飛び起きた。
そして買って貰ったばかりのコートをハンガーから強奪し、外へと飛び出す。
「おいおい気を付けろよ。溝とか」
「あははははっ! ほら、アルテ!」
「……わあ、雪」
降り積もった雪を見て、おおはしゃぎのふたり。無邪気に全力で楽しむ様子を見ていると、文月の気持ちも晴れていくような気がした。
「(……この子達は過酷な運命に負けない笑顔を持ってる。悩みがちで考えすぎな俺とは似ても似つかないな)」
世界に存在を認められていない双子。何者かに狙われており、遠い日本まで逃げてきた。
だが、このふたりが暗い表情で何かに怯える様子は見たことが無い。
純粋に、『日本』を楽しんでいるように見える。今まで知らなかった、『外の世界』を。
「……まあ悩んでも仕方ないしな」
「何が?」
「!」
つい口を出て呟いた声に反応があった。
驚いてそちらを向くと、ニット帽とマフラーとコートで武装した人間が立っていた。
厚い布に覆われて、目の辺りしか見えていない。
「……美裟?」
だが声で、文月はそれが誰か判断した。
「おはよう。あの子達は朝から元気ね」
「なんでウチに?」
「馬鹿。今日は『話』の続きでしょうが」
言われて、はっとした。
先日、結局うやむやになってしまっていた、『組織』『魔術』についてのことだ。
「あー……。そうだった。おーい、アルテ、セレネ。美裟が来たぞ」
「あっ。美裟さん来たって。セレネ」
「やったっ! これで4人だね!」
「?」
文月に呼ばれた双子は、何かを企むような笑みを浮かべながら戻ってきた。
そして、文月と美裟の前で手を突き出し。
2本、それぞれ指を立てた。
「?」
「2対、2で!」
「雪合戦しましょうっ」
期待とわくわくを込めたとびっきりの笑顔で、息ぴったりに、そう言った。
——
近くの公園に場所を移して。
公正なるじゃんけんの結果——
「よし。まあやるからには勝つしか無いわね。本気で行くわよ」
「美裟さんは運動得意ですもんね。これはラッキーです」
「任せなさい。あっという間よ」
西の陣営に、アルテ・美裟チーム。自信満々の美裟と、計画通りとばかりに微笑むアルテ。
そして。
「さて。やばいぞ」
「そーなの?」
「美裟はスポーツ万能だ。そして手加減してくれるような甘い女じゃない」
「フミ兄は?」
「俺は運動音痴だ。雪玉とか投げ方も分からん」
「……フミ兄と一緒になれてラッキーって思ってたけど、ちょっとやばいかも」
「済まんな。この試合はセレネに懸かってる」
「頑張る!」
東の陣営には、たらりと冷や汗をかくセレネ・文月チーム。
「文月ー! あんた約束は守りなさいよ!」
「うっ……」
予め作成した雪の壁越しに、敵陣営から美裟の大声がする。
この試合、賭け試合である。
勝ったチームは負けたチームに、何でも命令できる、というルール。ありふれた条件だが、しかし危険な賭け。
何を命令されるか検討も付かないのだ。
「……フミ兄」
「どした?」
「アルテはやばいよ」
「…………だろうな。なんとなく」
負ければ。美裟とアルテから『なんでも』命令される。
勝てそうに無いが、しかし負ける訳にはいかなくなった。
——
「ルールのおさらいよ。アルテちゃん」
「はい」
試合開始数分前。
こちらも負ける訳にはいかないアルテ・美裟チームは、雪玉を作りながらルールを確認する。
「①相手の雪玉に当たったらアウト」
「②ひとりあたり3回のアウトで退場」
「③ふたりとも退場した時点で負け」
「④制限時間なし」
事前に決めたルールである。なお、国際ルールと違い作る雪玉に制限は無い。試合中でも作成可能となる。
そもそもこの4人の中にスポーツ雪合戦の国際ルールを知っている者は居ないが。
「よおし。やるわよ」
「勝てば良いです美裟さん。どうせ投げても当たらないどころか届かないので、アルテは雪玉製作に集中します」
「分かったわ。あたしだけで終わらせるから、命令でもゆっくり考えといてね」
このチームは完全に、雪合戦を楽しむというよりは勝った後の命令のみを見据えていた。
一方。
「いいかセレネ。総力戦だ。とにかく投げろ。数撃ちゃ当たる。被弾を恐れずとにかくだ。それしか勝ち目は無い」
「うんっ。分かってるよ。せめてアルテには負けたくないもん」
「ようし。やるか」
「ふたりで勝とうねっ!」
『雪合戦』自体に熱を入れる文月とセレネ。というより、これが正解である。
遊びなのだから。
——
「行くわよ!」
「よ~い……」
「スタート!!」
美裟に合わせて、文月と同時にコールする。
試合開始である。
「いくよーっ!」
一番に身体を乗り出したのは、セレネ。意気揚々と、雪玉を掲げて。
「先手必勝!」
「ぎゃあ!」
投げる前に。
その綺麗な顔に雪の塊がぶつけられた。
「セレネっ!?」
「うぇっ! くちに入った! 冷たっ!」
美裟である。彼女はスタートと同時に投げ付け、見事にセレネの顔面を撃ち抜いた。
1アウトになってしまったセレネが、よろよろと壁に隠れる。
「くそっ! このやろ!」
「そっち!」
「うおおっ!!」
敵討ちとばかりに文月も乗り出すが、その瞬間に雪玉が眉間を掠めた。
「ちっ。外したか」
「やべえだろあの女!」
子供の手で握って作ったような雪玉ではない。あの速度。
投げやすいようにガチガチに固めた『雪塊』だ。
「フミ兄~~」
「くそっ」
セレネが口の中に砂利でも入ったのか、ぺっぺと唾を吐く仕草をする。まだ始まったばかりだが、既に敗色濃厚である。
「よし。セレネ。一斉に投げるぞ。向こうはほとんど、美裟だけだ。いくら強くても一度にひとつしか投げられない」
「分かった!」
こくこくと頷くセレネ。
文月の合図で同時に乗り出すことになった。
「せーのっ!」




