第14話 アルティミシアの『兄観』
「おお、似合う似合う」
「……なんか反応薄くないですか?」
「そんなことないって」
「凄い! なにあの赤い門!」
「鳥居な」
「トリー!」
元旦の朝。
文月は妹ふたりを伴って、初詣にやってきていた。
美裟の親が宮司をやっている、いつもの神社だ。
せっかく日本へ来たということで、ふたりの要望で晴れ着を着付けて貰っていた。
「なんか動きにくい。走れないよ」
「走る服じゃないってばセレネ。お淑やかに、お上品に。ね。セレネには難しいかもしれないけど」
「できるもん!」
先頭を歩くふたりを見ながら、文月はうんうんと頷く。
ふたりの金髪と青い目。その下に色とりどり派手な和風の着物。
それがまた、何故か不思議と似合っているのだ。映えるのだ。
「……まあ半分は日本人か」
ぽつりと呟く。ふたりには届かない。
「『ハーフの子』。それだけで、なんか、美少女確定みたいなもんだよな……」
見れば大勢の参拝客が波のように押し寄せてきている。神社側からすれば、今日ほど忙しい日も無いだろう。
「フミ兄、ほら順番来たよっ」
「よっしゃ。なんだっけ。二礼二拍手一礼だ」
「なにそれー?」
「まあ実際は神社によって色々らしいけど。一般的だし大丈夫だろ。俺の真似してくれ」
「……『日本の神』は、アルテ達を歓迎してくださるでしょうか」
「…………ふむ」
アルテとセレネは、魔術を扱う。それは歴史的に見ても起源を遡っても、『神の敵』という立ち位置なのは変わらない。現代では薄れてきた考え方ではあるが、『本物の魔術』の渦中に居るふたりにとっては、まだまだ現役の当事者なのだ。
「大丈夫さ。日本じゃ『魔女っ子』は良い子の味方だからな」
キリスト教文化は、日本にはあまり定着しなかった。だからこそ、『魔法』というものを『便利で皆の為に使うもの』という、欧米では意味不明とも思われる独特の概念が生まれたのだ。
アニメなどの中では、『教会関係者が魔術を使う』という異常事態すら、日本では何の不思議にも思わず普通に受け入れられることなのだ。
「では……」
「あっ。わたしやりたいっ」
「一緒に一緒に」
3人で仲良く鐘を鳴らして。お賽銭を投げ入れて。
2回お辞儀をして。
パンパンと、手を合わせる。
「魔術がもっと上手くなりますようにっ」
「(それもそれで神様が困りそうなお願いだな……)」
セレネは声に出して願い事をした。習い事をしている女の子のような、微笑ましい願い事だと文月は思った。
そして釣られて、アルテも口を開く。
「お兄さまともっと仲良くなれますように」
「!」
「あーずるいアルテ! わたしも!」
「願いはひとりひとつよセレネ」
「…………」
一瞬ぴくりと反応してしまった。嬉しいのは嬉しいのだが、少しだけ不安になってしまう。
文月の今の心境を、全て見透かしているのではないかという、少し怖い不安を。
「お兄さま?」
「へっ。いや。……別に」
「早く、お兄さまもお願いを」
「あっ。……そうだな」
口に出さなければならない空気になってしまった。文月は、ふと考える。
「……まあ、そうだな」
取り敢えずは。何もかも置いておいて。
「皆元気で仲良く、いつまでも笑顔で居られますように」
「……えっ」
「えっ。なんかダメだったか?」
「お父さまのことは良いんですか?」
「あー……」
普通に考えれば。それが妥当だろう。それが文月の目的なのだから。
「まあ、今は良いよ。今はお前達だ」
だが。
ただ父親を探す人生は、一端の終わりを告げた。このふたりの妹の登場によって。
『匿う』という物騒な単語。まずは身の安全を考えなくてはならない。文月はそう考えていた。
日本まで来れば取り敢えずは安心だと思うが、今後のことを考えるとそう目立つこともできないかもしれない。
「ダメです」
「えっ」
だがそれを。
正に、完全に見透かしたアルテは。
そんな文月を睨んだ。
「アルテ達のせいで、お兄さまがやりたいことをできないなら。アルテ達はお兄さまの家を出ていきます」
「ええっ?」
「ええっ。わたし嫌だよ?」
「セレネは黙ってて」
「えー!?」
アルテは騒ぐセレネの腕を引き寄せて、肩を抱いた。
「『家族』は。そんなに気を遣うものじゃないですお兄さま。お兄さまは、アルテ達の『お兄さま』です。『お父さま』じゃないんです」
「……!!」
はっとした。
この子が『何』を言いたいのか、ようやく分かったのだ。
「でもアルテだって似たようなことお願いしたじゃんかー」
「セレネは黙ってて」
「ぶー」
ぶーたれるセレネを尻目に、アルテが続ける。
「…………アルテには目的なんかないです。自分のお父さまにも興味ないです。魔術だって自分から教わりたくて教わっていた訳でもないです。今回の件だって、ただ言われるままに全部用意してもらって、何も考えずに日本に来ただけ。……アルテにはやりたいことはないんです。お兄さま以外」
「『フミ兄以外』って?」
「…………! なんでも、ないです。とにかくっ」
失言を誤魔化すように、人差し指を立てた。
「『お兄さま』は『お兄さま』で居てください。匿っていただいて変な物言いですが、アルテは『守られる弱い者』でありたくないです。お荷物は嫌です。……お兄さま」
「……アルテ」
もう、気付けば人混みに流されていた。祭殿の遥か後方まで。
「(こんなにしっかりした子と、本当に血が繋がってんのかね。俺は)」
モルモットを覚悟していた文月は、『自分の為の人生』をあまり考えたことが無かった。父親探しも、政府辺りに依頼でもしようかとすら思っていたのだ。
「いや。それは違うぞアルテ」
もっともっと。
この子達とは話し合って、お互いを理なければならない。
「……なんですか?」
「父さん探しは、自分でやるんだ。神様にお願いして連れてきて貰うのは違う。ここじゃそんなお願いはしないさ」
文月は強くそう思った。
「……本当ですか?」
「ああ」
謎が多すぎる。
そもそも日本に居るとは限らない。なんにせよ一度、『組織』とやらには行かねばならない。
「それに、俺の父さんだけじゃない。俺の目的はもう変わったんだ」
「え……?」
「『全員集合』だよ。父さんも、お前達の父さんも見付けて。母さんと俺とお前達と」
「!!」
アルテの目が見開かれた。これは意外な返しだった。
そして、嬉しい願いだった。
「全員で飯でも食えたら良いなと思ってるよ」
「お兄さまっ!」
「おっと」
妹にただ諭される兄はダサい。文月には妙な自尊心があった。
だがそれは、アルテには抜群に効果を発揮した。
「あーずるい! わたしも! フミ兄っ!」
「うおっ。お前らなあ」
ふたりして、兄へ飛び付いた。




