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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
最終章:旅の終着点
114/120

第114話 無題(文月)

「————はっ!」

「わ」


 柔らかい光と、暖かい感触がして。

 文月は、目を覚ました。


「起きた? よく寝てたよ。お兄ちゃん」

「……ディアナ、ちゃん?」

「もう。『ディアナ』って、呼ぶ約束でしょ?」

「は? …………!?」


 覗き込んでいるのが、ディアナで。

 自分は彼女の膝で眠っていたのだとすぐに分かり、飛び起きた。


「うおお!」

「わっ。何よ。そんなに寝心地悪かった? 幸せそうに眠ってたけど」

「えっ。…………!?」


 外だった。風が吹いている。

 ディアナは草原に生える巨木に寄りかかって座っていた。

 周りを見回すと、ここが丘の上であることが分かった。だが、見渡す限り草原と森だった。町どころか建物がひとつも無い。


「はい。起こして」

「…………えっ」


 ディアナが、座ったまま手を差し出す。未だ整理が付かないまま、手を取って彼女を起こした。


「景色良いよね、ここ」

「………………ディアナちゃん」

「『ディアナ』」


 呼ぶと、睨まれた。これまでずっと、『ディアナちゃん』と呼んできたのだが。呼び捨てにする約束などした覚えは無いのだが。


「……ディアナ」

「うふふ。なに? お兄ちゃん」

「……ここはどこだ? 俺は、どうしてこんなところに居るんだ? 母さんや、アルテ達は? 天界は、戦争はどうなったんだ?」


 それどころか。

 ついさっきまで、『実家』に居た筈だ。歩ける愛月と、翼の無いカエルムと。


「…………うん? なにそれ」

「!」


 訊ねたが、ディアナは首を傾げた。


「ここには、お兄ちゃんが来たいって言ったんじゃん。だから私が、魔法で運んであげたのに」

「えっ。移動魔術か」

「魔術? 違うよ魔法。その違いも、魔術なんて存在しないってこともこの間説明したよね? もう」

「!!」


 頬を可愛く膨らます彼女の言葉に。違和感を覚える。彼女は魔術師だ。魔法使いではない。『その筈』である。


「アルテって誰? てんかいって何? 何の事を言っているの? お兄ちゃん」

「はぁっ!?」

「わっ」


 アルテって誰?

 そんな台詞が。

 ディアナから出る筈が無い。


「何よ。変な夢でも見たの? 夢と現実も分からなくなっちゃった?」

「…………な」

「まだ眠いなら良いよ? 私の膝はお兄ちゃん専用だからね。いつでもどーぞ?」

「……ぅ……っ」


 やはり、何かがおかしい。

 そんな。

 こんな、『恋人にする』ような表情を、自分へ向ける訳は無い。ディアナが。


「これは、夢なのか…………」

「なにそれ嬉しい。あはは。私もそう思うよ。お兄ちゃんと、ふたりきりで。……こうして」


——


——


——


「——起きろっ!」

「ぐはっ!」


 激痛が頭に走り、驚いて飛び上がった。


「いつまでも寝てんじゃないわよクソ野郎!」

「えっ! すまん! …………!?」


 反射的に謝ってしまう。それから、周囲を確認する。

 部屋だった。あの狭い、文月のアパートだった。


「……美裟?」

「おはよう。もう11時だけどね」


 エプロンを着けた美裟が居た。


「掃除できないから早く起きろって言ってんのよ!」

「うごっ!」


 放心していると、もう一撃貰う。慌てて布団から這い出て、無意識に洗面台へ向かう。


「…………」


 まだ、意味が分からない。顔を洗う水の冷たさも。鏡に映る自分も。

 全て、『本物』だと分かる。

 だが分からないなりに。

 慣れてきた。


「そりゃ授業はお昼からだけど。ぎりぎりまで寝てるのは駄目よ」

「…………あれ」


 洗面台には。

 自分のものではない歯ブラシがあった。


「…………」


 洗濯籠を覗くと。

 自分のものではない女物の衣服があった。

 玄関を見ると。美裟の靴がいくつもあった。


「何してんの」

「…………なあ美裟」

「何よ」

「お前、ここに住んでるのか?」


 背中を蹴られた。


「あたっ!!」

「あんたねえ。ふざけてんじゃないわよ。あんたが。言ったんじゃない」

「……へっ」


 慌てて振り向くと、美裟は少しだけ頬を赤くしていた。


「……一緒に住もうって」

「………………そっ……か」

「何よ。昨日あんだけやって、まだ足りないの? どんだけ体力あるのよ」

「えっ。いや…………」


 ふと、思い付いた。

 美裟ならば。『この』美裟も本物ならば。

 信じてくれて、話してみる価値はあると。


「……美裟。ちょっと良いかな」

「どうしたの」

「相談……というか。意味不明なこと言うかもしれないけど」

「言ってみなさい。授業より大切なのね?」

「……ああ。すまん」

「分かったわ」


 掃除を、ぴたりと止めて。全てのアンテナを『自分』へと向けてくれた。

 やはり、美裟である。そりゃあ一緒に住みたくなるなと、文月は知らない自分に共感した。


——


「…………妹。……悪魔。……組織。天使。魔術……神のルール。えっ。あたし巫女なの? なにその安易な萌え設定みたいな」


 いつ、『次』に行くかは分からない。心配そうな顔をした愛月や、とびきりの笑顔を向けてくれたディアナが鮮明に残っている。あの後どうなったのか。いや、それより。

 『御座』は。どうなったのか。全く分からない上に、確かめる方法も分からない。

 恐らくこの美裟からしたら、意味不明な作り話に聞こえるだろう。


「……ああ。『そこ』から、俺は今さっき、『ここ』へ来た。……と、思う」


 普通ならば、『馬鹿じゃないの』で終わりだ。ちょっと長い夢でも見ていたのだと。文月自身、そんな感覚に陥ってくる。


「昨日の晩御飯は?」

「……分からない」

「今日の授業は?」

「知らない。……そもそも大学受験したのか。『俺』は」

「……あたしの好きな体位は?」

「えっ。……◯◯位」

「はっきり言うんじゃないわよ」

「うっ」


 文月の頭に軽くチョップを食らわせて。

 美裟はふむ、と考える。


「もっと聞かせて。例えば、その『妹さん』のこと」

「……ああ」


 文月は話した。アルテとセレネのことを。話し方から、自分の呼び方、性格の違い、魔術について。そしてエピソード。服を買ったり、雪合戦したり、チェスをしたり、お風呂をねだってきたり。


「……あたしにも、懐いてくれてたんだ」

「ああ。セレネから『ミサ姉』って呼ばれてる。アルテからはまだ『美裟さん』だけど、俺達が結婚したからそろそろ『お姉さま』とかに変われば良いな」

「けっ……!」


 美裟は驚いて、また顔を赤くした。


「ああ。『こっち』ではまだなのか。まあ学生だからか」

「しっ。したの? 結婚」

「……まあな。今の、『ここ』のお前がどう思ってるかは分からないけど。結婚してくれたよ」

「…………!」

「信じて、くれるか?」


 しばらく固まっていた美裟は、深い息をひとつしてから、文月を見た。


「プロポーズにしちゃ回りくどくて超ダサいから。一応理解はしたわよ」

「……ありがとう」


 実際はもっとダサいプロポーズだったのだが、それは言わないことにした。


「……あんた、家族が居たのね」

「『こっち』の俺には居ないのか」

「ええ。天涯孤独よ。どこまで調べてもひとりも居なかった。……だから、あたしが家族になってあげようって」

「……そっか。ありがとう」

「も。もう良いわよそれは。あたしも別に……」


 『こっち』でも、ふたりは結ばれるようだ。文月は何故か、それが嬉しかった。


「『ここ』があんたの夢なら、あたしはどうなるのよ」

「!」

「また、『どこか』へ行くんでしょ? そしたら、あたしはどうなるの? あんたは消えるの? この世界が消えるの?」

「……分からない」

「…………雪合戦の権利、まだ使ってないのよね」

「えっ。ああ」

「なら。今『あたし』が使っても良いわよね」

「!」


 この美裟に、双子達とした雪合戦の記憶は無い。だが。

 この美裟も『美裟』である。文月は頷いた。


「『どこ』へ行っても。『あたし』を愛しなさい」

「!」


 美裟は。


「その世界に居なくても。あたしに操を立てなさい。会う度に、この話をしなさい」

「えっ」

「そうすれば。『あたし』はいつだって。どんな状況でも。あんたの味方になるから」

「!」


 自分への、絶大な『信頼』を持っていた。必ず、どの『美裟』も、文月を愛すると。

 奇跡など無くとも。


「分かったわね?」

「ああ」


——


 文月が、返事をしたと同時に。

 その頭をふらつかせて、倒れた。


「文月?」

「はっ!」


 そして、はっと目を覚ます。


「あれ? 美裟?」

「…………」


 キョロキョロと見回して、呆けている。


「昨日の晩御飯は?」

「えっ。鱈のムニエルだろ? 美味かった」

「今日の授業は?」

「……あれ、確かヘブライ語だろ。まあ昼から——って、時間過ぎてんじゃん!」

「…………あんたの、妹の名前は?」

「は? 俺に妹なんて居ないって。お前もよく知ってるだろ美裟」

「………………」


 美裟は。


「(こいつがこんな下らないことをする訳無い。……『どこか』へ行ったのね。今)」

「おい、どうしたんだよ」

「なんでも無いわよ馬鹿文月。あんたのせいで遅刻してるんだから早く準備しなさい」

「うっ。すまん!」


 少しだけ大人びた『文月』も。そんな不思議で吃驚な『世界』と、そこにいる『自分』も。

 大変そうだが、楽しそうだなと思った。


「で、『あんた』はいつプロポーズしてくれんの」

「えっ!!」

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