第113話 終着点
『フミツキ!』
「!」
しばらく、固まっていた。愛月が消えるというショックからは、すぐには立ち直れなかった。
だが、背後から追い付いてきた声ではっとする。
「父さん!」
カエルムだけではない。その隣に、シレークスも居た。
「えっ。シレークス!?」
『んだよ文月。俺が居ちゃ悪りーか』
「いや……」
「パパ!!」
『うお』
父を見付けるなり、セレネが飛び付いた。
『なんだ? ていうか何でセレスティーネがここに居る。……アルティミシアもじゃねえか。お前その脚どうした』
「……罰です。お父さま。なんでもありません」
『……?』
美裟は。文月も。
あと、少しだけ彼らが早くここへ到着していれば。
そう思わずにはいられなかった。
『……ここが御座か』
「ああ。神は倒した。表の戦いは? 父さん」
『ほぼ制圧完了だ。天使どもは急に戦意喪失した。ケイ達は負傷者の手当てを。我々だけが、お前達を追ってきたのだ』
「……そっか。終わったのか」
戦争は、そろそろ終結する。天界では陽は落ちないらしく、もう時刻も分からないが。
『いや、急いだ方が良いぜ』
「えっ」
セレネがようやく父から離れたところで、シレークスが言った。
『地上に出てた神々が戻ってくる。今は黄昏時だが、それが終わるとすぐだ。休んでる暇はねえ』
「!」
『普段はこんなもんじゃねえんだよ。聖宮ってのは。俺らはほぼ、空き巣を狙ったようなもんだ。今の内にやるしかねえ』
「…………分かった」
神々が戻ってくれば。今度こそ終わりだ。あの『神』クラスが、ごろごろと。何百何千と居るのだ。勝てるどころか、戦いにもならない。もう、ルシファーも愛月も居ないのだ。どうあっても詰んでしまう。
「アルテ。セレネ」
「はい。お兄さま」
「……うんっ」
文月の両隣に。双子が並んだ。見据えるのは、3つの『御座』。
「……本当に俺で良いのかな」
「何言ってんのよ馬鹿文月」
「えっ」
土壇場で自信の無くなった文月の背を、美裟が叩いた。
「これは誰の旅よ」
「!」
「あんた達『3人』が始めた旅でしょ。あの飛行機で。あんた言ったじゃない。『知りたい』って」
愛月の計画である。
カエルムとアレックスが仕込んだ。
あらゆるモノを利用し、巻き込んだ。
だが。
「あんたの正体は、堕天使とのハーフだった。この旅で、家族全員に会った。……どう?」
「……そうだな」
文月は振り向いて。美裟を見た。後ろにカエルムとシレークス。
そして神奈が居た。
「神奈ちゃん。良いかな」
「良いよ」
「ありがとう」
彼女に、赦して貰って。
再度美裟を見る。
「付いてきてくれてありがとうな」
「そうね。大変だったわ」
「後悔してるか?」
「全然。……良いから早く行きなさい」
「……ああ」
——
御座のある部屋へ、踏み出した。
「お兄さま、抱っこしてください」
「ああ」
「えー。ずるい」
「アルテは脚が動かないんだからずるくないの」
「ずるいー」
ここが、終着点である。
「お兄さま、大好きです」
「えっ」
「え——!」
「うふふ。もし失敗した時の為に。今言ってみました」
「……アルテ」
「わたしだってフミ兄大好きだもん!」
「セレネ」
「あははっ」
何の因果か、『3』だ。椅子3つに、きょうだい3人。
「これ、椅子になんか書いてますね」
「えっ。……何語だこれ。俺読めないんだけど」
「セレネ、分かる?」
「えっとね。……何語でも無さそう」
「?」
「でも、何となく分かるよ。そっちから」
力強い正義。
無限の理想。
精神と虚飾。
「……意味不明だな」
「じゃあ、誰がどれに座りますか?」
「うーん……」
「フミ兄が正義! わたしが理想! アルテは虚飾ね」
「えっ」
「虚飾だけなんかマイナスイメージ……」
「あははっ」
「じゃあ俺がそれ座るよ。場所で関係あるか分からんけど」
「いえ大丈夫です。こういうときのセレネの『勘』は鋭いので」
「そうか?」
「えへへー」
文月はまず、アルテを『虚飾』の椅子に座らせた。
「どうだ?」
「……何も。やっぱり3人座らないと何も起こらないのでは」
「はーい」
そしてセレネも、元気よく『理想』の椅子に座った。
「よし。……じゃあ俺も」
「どうしたら良いのかな? 何が起こるのかな?」
「取り敢えず、全てお兄さまにお任せします」
「……ああ」
最後に、文月も座る。冷たい石の椅子だと思っていたが、案外柔らかく、また暖かかった。
「!」
停電。
思わずそう感じるほど、急に光が消えた。
——
「『罰』も『代償』も、我らが定めたルールではない」
——
——
——
「——はっ!」
柔らかい光と、暖かい布団の感触がして。
文月は目を覚ました。
「…………!?」
天井は低い。木造の部屋だ。
畳の部屋。
「ここは……?」
窓から、朝陽が射し込んでいるのが分かった。勉強机の上の時計を見ると、朝8時だった。
「文月ー。おはよう」
「!」
がらりと、襖が開けられた。
「母さん……?」
もう理解した。ここは。
愛月の実家——つまり、祖父が亡くなるまで住んでいた家だ。
理解はしたが。
「何よ。わたしの顔に何か付いてる?」
母が。
『起こしに来た』のだ。
【あり得ないことが起きている】と分かるのに、1秒も掛からなかった。
「ちょっ……! 母さん!? 脚は!? ていうか、ここ俺んち!? どうしてっ。取り壊した筈じゃ……っ!」
「きゃっ。……何よもう、いきなり大声出さないで」
「!?」
自分の脚で。立って。歩いている。愛月が。
エプロンを着けて。スリッパを履いて。
「……わたしの脚? 脚ってなによ」
「はぁ!? なんだこれ!?」
「も~。朝からうるさいわねえ。取り敢えず顔洗って、朝ごはん食べなさいね」
「…………!?」
パタパタと、台所に戻っていった。文月は。
その場にへたり込んだ。
「……母さんの『罰』が無くなってる? いや、それより……生き返ってる? 実家が、戻ってる? なんだこれ…………」
おかしい。
そもそも自分は、『天界』に居た筈だ。ついさっきまで。地上は天災が起きている筈だ。黙示録が。ラグナロクが。終末が来ている筈だ。
「……カレンダー!」
勉強机の上にあるカレンダーを確認する。
「…………7月、7日……!」
『合って』いた。
今日だと、文月には理解できた。
「なんだ、これは…………」
「ちょっと文月~! 早くしてちょうだいっ!」
訳が分からないが。
台所から聞こえた愛月の声に反応し、部屋を出て居間へ向かった。
——
「起きたかフミツキ。なんだ、昨日は夜更かしでもしたか」
「はぁっ!?」
今に行くと。
カエルムが居た。
「父さん!? なんでここに!」
「………………何を言ってるんだお前は。私が自分の家に居ることが不思議か」
「えっ! いや! ……!?」
ワイシャツを着て。
翼は無く。
普通に。
「何を寝惚けているんだ。今日は1限からあるんだろう? 早く支度を済ませろ」
「…………!!」
状況が飲み込めない。
だが、明らかに『自分の席』に朝食のトーストと牛乳が用意されており。
その場の空気的に、そこに座らざるを得ず。
「…………いただきます」
食べざるを得なかった。
「何か、変な夢でも見たのかしら」
「!」
「だとしても寝惚けすぎだな。誰に似たのか」
「わたしじゃないことは確かね」
「ボケは割りとお前の分野だろう」
「あら失礼しちゃう」
「…………!!」
愛月と、カエルムが。
母と父が。
『会話』をしている。
そんなシーンを見れると思いもしていなかった文月は。
このふたりが同じ空間に居るということに。
原理は。理屈は。何が起きているのかは全く分からないが。
「……あれ? 文月?」
「おいおいどうした……」
ボロボロと、いつの間にか、涙を流していた。
「う…………っ」
「ちょ。文月? フミくん。どうしたのよ?」
「病気か? 熱は」
カエルムに言われて、心配して駆け寄った愛月が額をつける。
「大丈夫だと思うけど……」
「……ぅ。……いや、なんでもない……」
「心配よ。さっきもだけど。何かあったの?」
「…………!」
「あるなら言ってちょうだい?」
『この』母は。本物である。額から伝わる、手のひらから伝わる熱がそう告げている。間違いなく愛月だ。その声も。表情も。仕草も。
「(俺が、おかしくなったのか……)」
『この』現実味は。臨場感は。感触は。雰囲気は。
夢では無い。それも、文月の本能がそう告げていた。




