第112話 じゃあね、世界
「我は『力の神』。地上に伝わらぬ名は——」
「知らねえよ! てめえの名なんざぁぁあ!!」
聖宮内を、翼の生えた蛇が飛び回る。竜の姿となったルシファーが、縮れ髪の神へと攻撃を仕掛ける。
「……変わらんな。貴様は」
「老害のボケ話にゃ興味ねえなァ!!」
文月は、瞬間的に巨人の身体を取り戻してなんとか『初見殺し』を食らわせられた。
愛月は、『奇跡』を使って一時的に神格を得て対抗した。
あとひとつ。
この悪魔王は、『実力』で神に匹敵する。
「……インヌメルムも死んだか。まさかこうもバタバタと敗けるとはな。仮にも100億年君臨していた神が」
「よそ見してる暇あんのかてめえ!!」
「…………喧しいな貴様は」
神は防戦一方であった。とにかく激しく、矢鱈に攻撃を繰り返すルシファー。それはこれまでの怨念と、それを晴らせる歓喜とが混じった歪な感情だった。
「堕ちよ、竜」
「!!」
神が、ルシファーの頭を叩いた。
「ぐお……っ」
すると攻撃の勢いは消え、地面に向かって急降下。ルシファーは瓦礫の山に叩き付けられた。
「我は『力の神』。地上に伝わらぬ名はエヴロレヒム。純粋にて真正、完全なる『No.1』だ。例え我が100万年怠け、貴様が100万年鍛えようと差は埋まらぬ」
「…………クソが」
瓦礫に埋まりながら、怨嗟の視線を投げるルシファー。光を放つエヴロレヒムの姿は正に神々しく、彼からすれば憎々しかった。
「(確かに分は悪い。何かねえか)」
「そうやって『策』を考える時点で、我に力で及ばないと白状しているのだ」
「…………あぁ?」
「諦めて兵を引け」
「………………」
ルシファーは考える。沸騰している怒りを頭から少し別けて。
「(クソの言うことは無視するとして、確かに熱くなることはねえ。要はこいつを殺せりゃ良いんだ)」
エヴロレヒムを殺すことだけを考えた場合。ルシファーの取れる『手段』全てを尽くすとするならば。
「……護衛もいねえ、丸腰の神様じゃねえか」
こんなチャンスは二度と来ない。
「『集合』だっ! てめえら!!」
「!」
ルシファーは高らかに叫んだ。
——
——
ドカンと、大きな爆発が起こった。この近くで戦闘しているようだ。
「……大丈夫かな。助太刀とか——」
『要らないわよ。寧ろ邪魔になるわ』
「母さん」
文月は、まだ戦える。疲労さえ回復してしまえば傷も無い。あと1度なら、巨大化もできる。
だが愛月がそれを止めた。
『「力の神」だけは規格外だからね。巨人に踏まれてもびくともしないし、わたしの魔術も効かない。最強の力を持ってるくせに、純粋な力で倒すしか無いのよ』
「……ルシファーは大丈夫なのか」
『さあね。でも、やってもらわなくちゃね』
悪魔王といえど。どれほどの力を持っているのかは、文月には分からない。あの素晴らしい武器を複製する能力は見たが、戦闘能力については分からない。
愛月の作戦の一部とは言え、不安は残る。
——
「!」
また、壁が爆発した。この部屋までやってきたのだ。文月と美裟が皆を守るように位置取り、警戒する。
「あ~~……ったく」
ルシファーの声がした。
「……ぐ。……貴様」
「しぶと過ぎだろ。いい加減『諦めろ』クソ神よォ」
壁を破って飛んできたのは、縮れ髪のエヴロレヒムだった。彼は地面に臥して、起き上がれない様子だった。
そして、ルシファーを見上げていた。
「……お? 川上愛月に文月か。丁度良い所に出たな」
「!」
空いた壁の穴を通って。
ルシファーに続いて、いくつもの『影』が姿を現した。
「……なんだ……?」
文月が首を傾げる。
「はは。……トドメだな」
「やめろサタン。取り返しが付かなくなるぞ」
「結構。もう口を開くな。……剣を寄越せ」
「これを。我が王よ」
影のひとつから、剣を手渡されたルシファー。その剣を振りかぶり、地に臥せるエヴロレヒムへと突き付け。
「ようやく終わりだ。俺の人生が始まる」
「!!」
憎き神の。喉を引き裂いた。
——
「ルシファー!」
「おー。……遅くなったな」
よく見るとルシファーは、片眼が潰れており、左腕も無い。満身創痍である。文月が駆け寄り、治療を試みる。
「無駄だ。俺は罪と罰の塊だからな。神が死のうと、『ルール』はまだ適用されてる」
「えっ……」
周りを見る。恐らく悪魔が、100人以上居た。ルシファーが召喚したのだろうか。
「へっ。……寄って集ってフルボッコだ。ざまあ見ろってんだ」
「この人達は」
「あれがアスモデウス。向こうがベルゼブブ。そっちがアマイモン。……オールスターだよ」
「!」
「それでようやくだ。まあ、勝ったから良いだろ。川上愛月!」
『はーい』
ルシファーの呼び掛けで、愛月がやってくる。
「『御座』はこっちだ。文月よ。治療よりそっちが先だろ」
「!」
『見付けたのね。アルテ。セレネ。行くわよ』
「はい。お母さま」
「うん」
ルシファーの案内で、彼らは歩を進める。
世界を牛耳る『神』を。打ち倒したのだ。
残るは、『全知全能』のみ。
——
——
案内された先には、小さな部屋と。
その中に、椅子があった。
部屋はやはり何も無く殺風景で、しかし戦闘の被害はここだけ受けておらず、壁も天井も無事であった。
椅子は自ら光っており、材質は不明。部屋の中心に、3つ。向かい合うように置かれていた。その上に、天井から吊るされるようにして巨大な丸い光の玉があった。
「俺はここまでだ」
「!」
ルシファーがそう言った。
「神の野郎をぶっ殺す。それが理由で条件で約束だ。もう金星に帰るぜ」
『全知全能は要らないの?』
「……ああ。お前達の作る新世界も面白そうだがな。まあそこまで付き合う義理もねえ。今日は満足したぜ」
『そう。ありがとう。助かったわ』
ひらりと、手を挙げて。ルシファーは踵を返した。同時に、彼の喚んだ悪魔達も霧のように消えていく。
別に、彼らは仲間ではない。利害の一致した別組織だ。
目的が達成されれば、同盟は終わりである。
「じゃあな」
『ええ』
最後にルシファーも消えた。
——
『あら。わたしも時間だわ』
「!」
愛月が、それに気付いて。神奈を美裟へと渡した。受け取った美裟も不思議そうにしている。
「母さん?」
愛月の身体が、薄くなっている。透明なガラスのように、彼女が景色に同化し始めている。
『まあね。わたしはどっちみち死者だから。仕方無いかな』
「母さん!」
「ママっ!! ダメ!」
セレネが、愛月へ駆け寄った。
だが。『透り過ぎた』。触れられなかったのだ。
「ママぁ!」
『泣いちゃ駄目よセレネ。わたしは既に死んでるんだから。聖宮が壊れて、神も死んだ。なら残っているはルールのみ。罪を犯した死者の魂は、地獄行きじゃないの』
「やだ! ダメ!」
『うふふ。まあ、最期に挨拶できるだけ、あの神様にも感謝しないとね』
泣きじゃくるセレネの頭を、撫でるように手を通過させて。
文月を見た。
『正義感は、儚い。
綺麗事は、幼い。
理想論は、弱い。
わたしの夢は途中で終わってしまったけれど。あなたが継いでくれた。どうなっても、あなたの好きなようにして欲しいの』
「……母さん?」
『全人類全知全能をやっても良いし、それ以外に答えがあるならそれを選んでも良いし。選択権は、あなたにあるのよ』
「!」
もう、殆ど消えて見えなくなっていた。母の魂は、消滅する。
『アルテは、もっと沢山の経験をなさい。セレネは、あまり文月を困らせないように。……美裟ちゃんは……任せたわ』
「はい」
『孫の顔を見れなかったのが心残りね』
「!」
最期に。
『……じゃあね、世界。充実した良い人生だったわ』
いつものようににこりと笑って。




