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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第10章:天界戦争
111/120

第111話 大詰め

 勝てない。

 どこかで、死ぬかもしれない。

 美裟は戦いの前に、薄く、そう思っていた。


「このっ!」


 攻防の隙を突いて、腕を吹き飛ばす。だが縷架の『奇跡』により即座に再生、攻撃直後で体勢の崩れた色葉を殴り付ける。


「きゃっ!」

「——ふっ!」

「!」


 その間に美裟が蹴りを繰り出すも、呆気なく躱され。返しの蹴りが飛んでくる。


「…………っ!」


 鳩尾を狙ったそれを、なんとか強引に身体を捩って直撃を避ける。


「……うっ」


 だが着地に隙ができ、そこを狩られて吹き飛ばされた。


「…………」


 動きのキレが、全く衰えない。こっちは時間が経つ毎に疲弊していくのに。


「……おかしいわね」


 縷架がぼそりと呟いた。その体捌き。技のキレが。

 我が子孫ながら、そんなものではないだろうと。


「楽王子さんも。以前はもっと動けていたでしょう」

「……!」


 吹き飛ばされた美裟の隣に、色葉が立つ。ふたりとも、既にボロボロだった。


「……まるで、何かを『庇う』ような動きで。のろまな動き」


 色葉も。美裟と『同じ』だった。このまま戦っていても、勝つことはできない。相手が、『神の支配下』にありながら手加減をしてくれていることは分かっているのだが。

 こちらが不甲斐ない戦いをしていては、いずれは殺されてしまう。


「……美裟さん」

「…………まずいわね」

「やっぱり、『来なければ』良かったと、思いますか?」

「!」


 この土壇場に来て。

 後悔を。


「……いいえ。あたしは、ここに来なければいけなかったのよ」

「…………ですよね」


 最後の戦い。文月の、唯一にして最後の戦い。

 その場所に、自分が居ないなど考えられない。『待つ』女でありたくない。幸か不幸か、文月は『鈍感』であった。


「まさか、貴女達——……」


 縷架の『勘』が冴えたと同時に、動きが止まった。驚きの表情と共に、彼女の足は歩みを止めた。


「……先生。そのまま止まっていてください。先生おひとりくらいなら、『解放』できる魔術を使えます」

「!」


 ケイの方は、分からないが。気付いていたとしても、色葉自身が望んだことだと察してくれたのだろう。


 ふたりは本来は、戦場などに出る『体調』でないのだ。


「……そうね。私の魂は、支配によって貴女達を倒すつもりだけど。『まだ生まれていない』存在には、支配は及ばない。貴女達に攻撃することを、『私が』拒否できる」


 神の支配は、完全に縛っている訳ではない。縷架本人の体術を扱う為に、『目的意識』だけを司っているに過ぎないのだ。『そこ』を刺激するような今の状況は、縷架にとっても嬉しいことであった。


「これは作戦?」

「馬鹿言わないで! そんなつもりは毛頭無いわよ! こんな……危険な橋!」

「そう……」


 英雄の魂である萩原縷架を抑える方法。だが美裟は即否定した。

 否定されたことを、縷架は嬉しく思った。


「……貴女達ふたりとも。お腹に——」

「それでも! この大一番に! 夫の力になってあげないといけないじゃない!」


 動きの固まった縷架の前に、色葉が立った。追い付くように、美裟もやってくる。


「行きます。タイミングを!」

「ええ。ありがとう色葉さん。ここまで来てくれて」


 縷架を囲んで。

 両手を翳した。


「できればもっと、話がしたかったわ」

「私もよ。まさか郷の外に、こんなに可愛い子孫が居たなんて」

「……文月も、あたしと同じ気持ちよ」

「貴女達が今からやるのは魂の消滅魔術。何をどうしようと、二度と会うことは無いわ」


 最初から最後まで。

 この人は加減してくれた。恐らく本来ならば、数分と掛からず全滅していただろう。文月を逃がす隙すら無かった筈。


「さようなら。お祖母ちゃん」

「ええ。その子を、きちんと愛してあげなさいね。……楽王子さんも」

「……はい」


 美裟は魔女ではない。だが、術の手助け程度はできる。それも、色葉に委ねているのだが。


「……しっかりね」


 最期に、それが聞こえて。

 縷架は塵となって消えた。


——


 しばらく、その場に座り込んでいた。

 ふたりとも放心していた。恩師と、先祖の魂を消し飛ばしたのだ。


「……色葉さん」

「……?」


 美裟は。彼女と縷架の間にあった物語を知らない。つい最近まで生きていた先祖の話を。


「全部終わったら。聞かせてちょうだい。……『先生』のこと」

「……はい。話します。私の知る限り。先生がどんな人で。どんな、思いで。……亡くなられたのか」


 そして。


「!」

「わっ。地震ですか?」


 床が。天井が。空気が揺れた。ガラガラと音を立てて、崩れる壁。


「…………文月?」

「えっ」


 その時、文月が巨大化したのだ。


——


——


『…………ふう。これであとは、ルシファーが「力の神」を仕留めてくれれば最後ね』

「ママは?」

『ええ。大丈夫よ。全知全能があれば、ママもまた復活できるから』

「ほんと?」

『ええ』


 神格を得た愛月は、神奈を抱き上げた。


『聖宮のどこかに「御座」があると思うのだけど。案内役のきさらぎちゃんは居ないし、どうしようかしら』

「…………無駄だ」

『!』


 瓦礫の山から、声がした。インヌメルムである。彼はもはや息も絶え絶えといった様子で、辛うじて生きているようだった。


『あら。まだこの世に残ってる原理は分からないけれど、さすがしぶといのね』


 愛月が近付くが、やはり何かできるような力は残されていないらしい。


「……『御座』に至るには、貴様ひとりでは不可能だ」

『どういうこと? 教えてくれるの?』

「最初から。……『個人』で全能を支配できるならばそうしていただろう」

『3人でやらざるを得なかったってこと?』

「…………そうだ。あれは、自らをも滅ぼしかねん超危険物だ」

『へえ。じゃあわたしの仮説は④で正解だったのね。忠告ありがとう』

「やめておけ。たかが人間ごときに制御はできん」

『…………』

「それにお主、もう『保たぬ』のではないか」

『……』


 愛月の身体から、光が急速に失われた。浮いていた足が地に着き、光は完全に無くなった。


『……そうね。短い「神」体験だったわ』

「…………」

『あなたもお休みなさい。お疲れさま。わたしが、もっと良い世界にするからね』


 同時に、インヌメルムも止まった。今度こそ、絶命したらしい。


『ふむ。わたしももう、そろそろ魔術を使えなくなるわね。魂だけの存在も不便ねえ』


 愛月は瓦礫の破片を拾ってきて、霧の晴れた床に魔法陣を書き始めた。


『だけど、「神」ひとりを倒せるのなら安いもの。わたしは所詮死者だから。後は子供達に任せましょうか』

「かんなお腹すいた」

『うんとねえ。これが終わったらご飯にしましょっか』

「良いよ。はやくして」

『はーい』


 そして、円を書き終えて発動する。


「『召喚魔術』。……わたしの計画も大詰めだわ」


——


——


「……ぐ……っ」


 目が覚めた。

 視界は霧に包まれている。床は固く、冷たい。


「…………!」

「あっ。起きた?」


 だが、頭だけは何故か、柔らかい感触に包まれていた。


「——美裟?」

「ええ。……あんたも随分ボロボロね」

「!」


 美裟が、顔を覗き込む。文月は、今自分が彼女の膝の上に居るということが分かった。

 傷ひとつ無い彼女を見て、ああ寝ている間に治療したのだと理解した。


「勝ったのか」

「ぎりぎりね。あんたも」

「ああ。……なんとか。色葉さんは?」

「ケイさんの所へ戻ったわ」

「そっか」


——


「お兄さま!」

「えっ! フミ兄起きた!?」

「!」


 そこで、妹達の声が聞こえた。彼女達は島で結界を張っている筈だ。文月は慌てて身体を起こす。


「お前ら! なんでここに——」


 その視界に。

 愛月が映る。


「母さん!」

『ええ。起きたのね』

「良かった! 出られたのか!」

『あなたのお陰でね。……アルテとセレネはわたしが喚んだのよ。この先に必要だから』

「えっ」


 見ると、聖宮は半壊していた。自分がやったのだと気付く。瓦礫の山がそこかしこにできており、この場所は無事なようだった。


「結界なら心配ありません。敵の数が減ってきたので、ウゥルペス様やディアナお姉さまにお任せして平気です」


 アルテが説明する。


「……そっか。あれ、姉さんは?」


 きさらぎが見当たらない。それに、愛月が神奈を抱いている。よく分からないことが起こっている。


『きさらぎちゃんは消えてしまったわ』

「えっ?」

『でも大丈夫。これから「全能」を手に入れて復活させるから。今はちょっと休憩してたのよ』

「休憩……?」

『そう。ルシファーが「力の神」を倒すまでね。だからあなたも、もう少し美裟ちゃんとイチャイチャしてて良いわよ』

「!」

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