第111話 大詰め
勝てない。
どこかで、死ぬかもしれない。
美裟は戦いの前に、薄く、そう思っていた。
「このっ!」
攻防の隙を突いて、腕を吹き飛ばす。だが縷架の『奇跡』により即座に再生、攻撃直後で体勢の崩れた色葉を殴り付ける。
「きゃっ!」
「——ふっ!」
「!」
その間に美裟が蹴りを繰り出すも、呆気なく躱され。返しの蹴りが飛んでくる。
「…………っ!」
鳩尾を狙ったそれを、なんとか強引に身体を捩って直撃を避ける。
「……うっ」
だが着地に隙ができ、そこを狩られて吹き飛ばされた。
「…………」
動きのキレが、全く衰えない。こっちは時間が経つ毎に疲弊していくのに。
「……おかしいわね」
縷架がぼそりと呟いた。その体捌き。技のキレが。
我が子孫ながら、そんなものではないだろうと。
「楽王子さんも。以前はもっと動けていたでしょう」
「……!」
吹き飛ばされた美裟の隣に、色葉が立つ。ふたりとも、既にボロボロだった。
「……まるで、何かを『庇う』ような動きで。のろまな動き」
色葉も。美裟と『同じ』だった。このまま戦っていても、勝つことはできない。相手が、『神の支配下』にありながら手加減をしてくれていることは分かっているのだが。
こちらが不甲斐ない戦いをしていては、いずれは殺されてしまう。
「……美裟さん」
「…………まずいわね」
「やっぱり、『来なければ』良かったと、思いますか?」
「!」
この土壇場に来て。
後悔を。
「……いいえ。あたしは、ここに来なければいけなかったのよ」
「…………ですよね」
最後の戦い。文月の、唯一にして最後の戦い。
その場所に、自分が居ないなど考えられない。『待つ』女でありたくない。幸か不幸か、文月は『鈍感』であった。
「まさか、貴女達——……」
縷架の『勘』が冴えたと同時に、動きが止まった。驚きの表情と共に、彼女の足は歩みを止めた。
「……先生。そのまま止まっていてください。先生おひとりくらいなら、『解放』できる魔術を使えます」
「!」
ケイの方は、分からないが。気付いていたとしても、色葉自身が望んだことだと察してくれたのだろう。
ふたりは本来は、戦場などに出る『体調』でないのだ。
「……そうね。私の魂は、支配によって貴女達を倒すつもりだけど。『まだ生まれていない』存在には、支配は及ばない。貴女達に攻撃することを、『私が』拒否できる」
神の支配は、完全に縛っている訳ではない。縷架本人の体術を扱う為に、『目的意識』だけを司っているに過ぎないのだ。『そこ』を刺激するような今の状況は、縷架にとっても嬉しいことであった。
「これは作戦?」
「馬鹿言わないで! そんなつもりは毛頭無いわよ! こんな……危険な橋!」
「そう……」
英雄の魂である萩原縷架を抑える方法。だが美裟は即否定した。
否定されたことを、縷架は嬉しく思った。
「……貴女達ふたりとも。お腹に——」
「それでも! この大一番に! 夫の力になってあげないといけないじゃない!」
動きの固まった縷架の前に、色葉が立った。追い付くように、美裟もやってくる。
「行きます。タイミングを!」
「ええ。ありがとう色葉さん。ここまで来てくれて」
縷架を囲んで。
両手を翳した。
「できればもっと、話がしたかったわ」
「私もよ。まさか郷の外に、こんなに可愛い子孫が居たなんて」
「……文月も、あたしと同じ気持ちよ」
「貴女達が今からやるのは魂の消滅魔術。何をどうしようと、二度と会うことは無いわ」
最初から最後まで。
この人は加減してくれた。恐らく本来ならば、数分と掛からず全滅していただろう。文月を逃がす隙すら無かった筈。
「さようなら。お祖母ちゃん」
「ええ。その子を、きちんと愛してあげなさいね。……楽王子さんも」
「……はい」
美裟は魔女ではない。だが、術の手助け程度はできる。それも、色葉に委ねているのだが。
「……しっかりね」
最期に、それが聞こえて。
縷架は塵となって消えた。
——
しばらく、その場に座り込んでいた。
ふたりとも放心していた。恩師と、先祖の魂を消し飛ばしたのだ。
「……色葉さん」
「……?」
美裟は。彼女と縷架の間にあった物語を知らない。つい最近まで生きていた先祖の話を。
「全部終わったら。聞かせてちょうだい。……『先生』のこと」
「……はい。話します。私の知る限り。先生がどんな人で。どんな、思いで。……亡くなられたのか」
そして。
「!」
「わっ。地震ですか?」
床が。天井が。空気が揺れた。ガラガラと音を立てて、崩れる壁。
「…………文月?」
「えっ」
その時、文月が巨大化したのだ。
——
——
『…………ふう。これであとは、ルシファーが「力の神」を仕留めてくれれば最後ね』
「ママは?」
『ええ。大丈夫よ。全知全能があれば、ママもまた復活できるから』
「ほんと?」
『ええ』
神格を得た愛月は、神奈を抱き上げた。
『聖宮のどこかに「御座」があると思うのだけど。案内役のきさらぎちゃんは居ないし、どうしようかしら』
「…………無駄だ」
『!』
瓦礫の山から、声がした。インヌメルムである。彼はもはや息も絶え絶えといった様子で、辛うじて生きているようだった。
『あら。まだこの世に残ってる原理は分からないけれど、さすがしぶといのね』
愛月が近付くが、やはり何かできるような力は残されていないらしい。
「……『御座』に至るには、貴様ひとりでは不可能だ」
『どういうこと? 教えてくれるの?』
「最初から。……『個人』で全能を支配できるならばそうしていただろう」
『3人でやらざるを得なかったってこと?』
「…………そうだ。あれは、自らをも滅ぼしかねん超危険物だ」
『へえ。じゃあわたしの仮説は④で正解だったのね。忠告ありがとう』
「やめておけ。たかが人間ごときに制御はできん」
『…………』
「それにお主、もう『保たぬ』のではないか」
『……』
愛月の身体から、光が急速に失われた。浮いていた足が地に着き、光は完全に無くなった。
『……そうね。短い「神」体験だったわ』
「…………」
『あなたもお休みなさい。お疲れさま。わたしが、もっと良い世界にするからね』
同時に、インヌメルムも止まった。今度こそ、絶命したらしい。
『ふむ。わたしももう、そろそろ魔術を使えなくなるわね。魂だけの存在も不便ねえ』
愛月は瓦礫の破片を拾ってきて、霧の晴れた床に魔法陣を書き始めた。
『だけど、「神」ひとりを倒せるのなら安いもの。わたしは所詮死者だから。後は子供達に任せましょうか』
「かんなお腹すいた」
『うんとねえ。これが終わったらご飯にしましょっか』
「良いよ。はやくして」
『はーい』
そして、円を書き終えて発動する。
「『召喚魔術』。……わたしの計画も大詰めだわ」
——
——
「……ぐ……っ」
目が覚めた。
視界は霧に包まれている。床は固く、冷たい。
「…………!」
「あっ。起きた?」
だが、頭だけは何故か、柔らかい感触に包まれていた。
「——美裟?」
「ええ。……あんたも随分ボロボロね」
「!」
美裟が、顔を覗き込む。文月は、今自分が彼女の膝の上に居るということが分かった。
傷ひとつ無い彼女を見て、ああ寝ている間に治療したのだと理解した。
「勝ったのか」
「ぎりぎりね。あんたも」
「ああ。……なんとか。色葉さんは?」
「ケイさんの所へ戻ったわ」
「そっか」
——
「お兄さま!」
「えっ! フミ兄起きた!?」
「!」
そこで、妹達の声が聞こえた。彼女達は島で結界を張っている筈だ。文月は慌てて身体を起こす。
「お前ら! なんでここに——」
その視界に。
愛月が映る。
「母さん!」
『ええ。起きたのね』
「良かった! 出られたのか!」
『あなたのお陰でね。……アルテとセレネはわたしが喚んだのよ。この先に必要だから』
「えっ」
見ると、聖宮は半壊していた。自分がやったのだと気付く。瓦礫の山がそこかしこにできており、この場所は無事なようだった。
「結界なら心配ありません。敵の数が減ってきたので、ウゥルペス様やディアナお姉さまにお任せして平気です」
アルテが説明する。
「……そっか。あれ、姉さんは?」
きさらぎが見当たらない。それに、愛月が神奈を抱いている。よく分からないことが起こっている。
『きさらぎちゃんは消えてしまったわ』
「えっ?」
『でも大丈夫。これから「全能」を手に入れて復活させるから。今はちょっと休憩してたのよ』
「休憩……?」
『そう。ルシファーが「力の神」を倒すまでね。だからあなたも、もう少し美裟ちゃんとイチャイチャしてて良いわよ』
「!」




