第110話 赦しの奇跡
「こ・の!! 瞬間をを!! 待ってたんだよォ!! クソ神野郎がぁぁあ!!」
「!」
ドカンと、爆発した。壁を、瓦礫を、柱を。とにかく直線上の『邪魔物』を吹き飛ばしながら。
それは、文月達の前に現れた『ふたりの神』——の内のひとりに突っ込んだ。
「……ちっ。ルシファーか」
「ほら見ろ。もう嗅ぎ付けている。いや狙っていたのか。ルアッハイムが死ぬ瞬間を。全ての魂が、解放される時を」
「!?」
冷静そうな『神』と、縮れ髪の『神』の内、ルシファーは縮れ髪の方へと突っ込んだ。そのままその場を離れるように、また瓦礫の中へと突き進んでいく。
「……ルシファー!? 金星から離れられないんじゃ」
『その「縛り」が解けたのよ。いま魂の神が死んだことでね』
「!」
これで。
『夜』は777名となる。
「それより、この籠は壊れないのか!?」
『無理ね。それは。……最も強い「罰」で作られているから。わたしを助けてくれてありがたいけど、何もできないのよ』
「…………!!」
寂しそうに笑った。そもそもが、恐らく人質なのだ。奪い返したとは言え、『川上愛月』という魂が、神にとっても重要であることには変わらないらしい。
「我は『数の神』。地上に伝わらぬ名はインヌメルム。……佳境だな。お前達を殺せば終わるようだ」
「……!」
インヌメルムと名乗った男は、ルアッハイムと比べるとやや小柄という印象だ。あちらと違い、全く表情を動かす気配が無い。その冷たい視線は、文月達人間を心の底から『下等である』と告げているようだった。
「言っておくが、お前達全員が巨人になろうと勝てはしない」
「…………どうかな」
絶望である。文月にもはや戦う力は残されていない。
例え残っていたとしても。『巨大化』は一度きりの奇襲であり、二度目が通用するとは彼も考えていない。あれは『神の油断』と『ブラックボックス』の術、そしてアレックスの『家族愛』が産み出した奇跡の一撃だった。
「……ママ」
「えっ」
不意に。
袖を引っ張られた。
——
——
「『3人の神』を殺す、みっつの方法を考えたわ」
「それぞれ個別にってこと? 手間だね」
「だって神だからねえ。そこらの要人暗殺とは桁が違う。ひとつひとつ、慎重に組み立てて進めていかなきゃ。途中どこかで折れたらもうおしまい。そんな綱渡りになるわ」
愛月は、きさらぎにだけは、話していた。計画を。役割を。最後の『奥の手』を。
「まず、狙うのは『魂の神』」
「『数』じゃなくて? 普通最初はこっちだと思うけど」
「そうね。相手の『無限』は確かに、どうにかしないといけない。だけど、『短期決戦』で『魂』だけ仕留められれば、後々で有利になるのよ」
「どうして?」
「魂の罰を受けているルシファーが復活して、味方になるからよ」
「!」
「ふふふ。そのルシファーに、彼にも因縁のある『力の神』を任せるわ。これでひとり」
「じゃあ、その前に『魂』をやらないと」
「それはね。私の息子を使うわ。作戦があるの」
「?」
「初見殺しよ。油断しまくりの馬鹿な『魂の神』には効く筈よ。最初の一撃で殺せなかったら終わりだけど」
「じゃあ、それで良いとして。最後の『数の神』は?」
「それをね。『わたしが死んだ後の最後の奥の手』にしたいの」
「どういうこと?」
「……あなたと、あなたのお腹の中に居る子に手伝って貰いたいの」
「えっ?」
——
——
インヌメルムが、手をひらりとやった。その『風圧』か何かが掠めただけで。
「…………!」
文月は部屋の入口まで吹き飛び、動かなくなった。
『フミ君!』
本来はここまでの力の差があるのだ。触れることはおろか、近付くことさえできない。
「後は女だけだ。降伏せよ。心からひれ伏し、悔い改めれば。慈悲をやらんこともない」
『馬鹿にすんな! キモオヤジ!』
「では終わりだ」
『!』
きさらぎの魂が、煙のように消えた。
『…………きさらぎちゃん』
愛月はそれを、ただ眺めていることしかできなかった。
「油断はせぬ。だが……ここまで来たお前達を讚美もしているのだ。最後まで戦う姿勢は良いぞ」
『…………魂を消滅させたのね』
「造作も無い」
残るは、鳥籠に囚われたままの愛月と。
「……ママ」
『神奈ちゃん……どうして来てしまったの』
「ねえママは? 遅いから迎えに来たんだよ。おじさんに連れてって貰って」
『…………そうね』
神奈は、キョロキョロと辺りを見回している。そこに母の姿は無い。
「……おにいちゃんも寝てる」
『……そうね』
「ねえママは?」
ゆっくりと。インヌメルムが近付いてくる。文月にトドメを刺すのだろうか。神奈をも殺めるのだろうか。
『……ごめんなさいね。神奈』
「…………」
愛月が、そう呟いて。
「【良いよ】」
神奈が、『許した』。
——
「!」
インヌメルムはその『気配』を察知し、距離を取った。何が起きているのか。それはすぐに理解したが。
何故『気付かなかった』のか。少しだけそれを反省した。
「馬鹿な」
『あら。……流行っているの? その台詞』
パリンと、籠が割れる。ガラスのように崩れていき、やがて塵となって霧散した。
「決して逃れられぬ『罰の檻』だぞ」
『なら整備不良ね。仕事が甘いんじゃない?』
愛月が。
宙に数センチ浮かんでいた。その身体から淡い光が湧き出ている。
『今。わたしは「全て」許された。どういうことか、分かるかしら』
「…………神の子の真似事を」
『そうよ。頑張って探して集めたんだから。神奈はね、「赦しの奇跡」を持っている。あなた達に気取られないように今の今まで隠していたけれど』
石をパンに変え。
傷を癒し。
死して復活し。
人の罪を許す。
全ての『奇跡』を、神の子イエスは持っていたが。愛月にはそんな人間を誕生させることはできない。だから、人工的に『奇跡を持つネフィリム』を作るという考えに至ったのだ。リーだけは天然で、そこに関しての手順を省けたが。
『わたしは、これからどんな魔術をどれだけ行おうと、「罪」にはならないのよ』
「……忌々しい。消し去ってやろう」
『無駄ですってば』
「!」
神の定めたルールをねじ曲げて、自分の都合の良いように世界を動かす。それは正に『神の所業』。魔術はそれでありながら、神に許されなかった為に、罪と罰が与えられたのだ。
今、その罰から解放された愛月は。
つまりは神と同じ領域に居るということになる。
「無限の力は、何者にも防ぐことはできぬ」
『あなた達は3人でようやく「全能」でしょう。わたしは今、わたしだけで「全能」なの』
愛月を包む光が強まった。
「……やめろ」
『最強ってことは、今まで弱いものイジメしかしてこなかったのよね。でも許さない』
「……!」
インヌメルムは、部屋のあちこちから天使を産み出した。その数は無限。神域であることはもうどうでも良いと、数に任せて圧殺しようとする。
『無駄よ。死体が増えるだけ。「苦しむ魂」が増えるだけなのに。罪な人ね』
だが、天使達はたちどころに倒れ、苦しみ、死んでいく。視界の全てを死なせる『邪眼』である。
「……くそ。こんな筈では」
『計画通り。神なんて言っても、所詮は人間の延長線上よね』
邪眼こそ効かないが、インヌメルムは焦っていた。ルアッハイムが死に、三位一体が欠けた今、恐らくインヌメルムだけではこの女に太刀打ちできないと。
『消えなさい。その席空けてもらうわ』
「……次の神の座を狙い、また大きないくさになるぞ」
『上が変わらず腐敗するよりマシよ』
愛月が、ひらりと手をやった。
それだけで、インヌメルムは、消ゴムに消される文字のように掻き消された。




