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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第10章:天界戦争
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第110話 赦しの奇跡

「こ・の!! 瞬間をを!! 待ってたんだよォ!! クソ神野郎がぁぁあ!!」

「!」


 ドカンと、爆発した。壁を、瓦礫を、柱を。とにかく直線上の『邪魔物』を吹き飛ばしながら。

 それは、文月達の前に現れた『ふたりの神』——の内のひとりに突っ込んだ。


「……ちっ。ルシファーか」

「ほら見ろ。もう嗅ぎ付けている。いや狙っていたのか。ルアッハイムが死ぬ瞬間を。全ての魂が、解放される時を」

「!?」


 冷静そうな『神』と、縮れ髪の『神』の内、ルシファーは縮れ髪の方へと突っ込んだ。そのままその場を離れるように、また瓦礫の中へと突き進んでいく。


「……ルシファー!? 金星から離れられないんじゃ」

『その「縛り」が解けたのよ。いま魂の神が死んだことでね』

「!」


 これで。

 『夜』は777名となる。


「それより、この籠は壊れないのか!?」

『無理ね。それは。……最も強い「罰」で作られているから。わたしを助けてくれてありがたいけど、何もできないのよ』

「…………!!」


 寂しそうに笑った。そもそもが、恐らく人質なのだ。奪い返したとは言え、『川上愛月』という魂が、神にとっても重要であることには変わらないらしい。


「我は『数の神』。地上に伝わらぬ名はインヌメルム。……佳境だな。お前達を殺せば終わるようだ」

「……!」


 インヌメルムと名乗った男は、ルアッハイムと比べるとやや小柄という印象だ。あちらと違い、全く表情を動かす気配が無い。その冷たい視線は、文月達人間を心の底から『下等である』と告げているようだった。


「言っておくが、お前達全員が巨人になろうと勝てはしない」

「…………どうかな」


 絶望である。文月にもはや戦う力は残されていない。

 例え残っていたとしても。『巨大化』は一度きりの奇襲であり、二度目が通用するとは彼も考えていない。あれは『神の油断』と『ブラックボックス』の術、そしてアレックスの『家族愛』が産み出した奇跡の一撃だった。


「……ママ」

「えっ」


 不意に。

 袖を引っ張られた。


——


——


「『3人の神』を殺す、みっつの方法を考えたわ」

「それぞれ個別にってこと? 手間だね」

「だって神だからねえ。そこらの要人暗殺とは桁が違う。ひとつひとつ、慎重に組み立てて進めていかなきゃ。途中どこかで折れたらもうおしまい。そんな綱渡りになるわ」


 愛月は、きさらぎにだけは、話していた。計画を。役割を。最後の『奥の手』を。


「まず、狙うのは『魂の神』」

「『数』じゃなくて? 普通最初はこっちだと思うけど」

「そうね。相手の『無限』は確かに、どうにかしないといけない。だけど、『短期決戦』で『魂』だけ仕留められれば、後々で有利になるのよ」

「どうして?」

「魂の罰を受けているルシファーが復活して、味方になるからよ」

「!」

「ふふふ。そのルシファーに、彼にも因縁のある『力の神』を任せるわ。これでひとり」

「じゃあ、その前に『魂』をやらないと」

「それはね。私の息子を使うわ。作戦があるの」

「?」

「初見殺しよ。油断しまくりの馬鹿な『魂の神』には効く筈よ。最初の一撃で殺せなかったら終わりだけど」

「じゃあ、それで良いとして。最後の『数の神』は?」

「それをね。『わたしが死んだ後の最後の奥の手』にしたいの」

「どういうこと?」

「……あなたと、あなたのお腹の中に居る子に手伝って貰いたいの」

「えっ?」


——


——


 インヌメルムが、手をひらりとやった。その『風圧』か何かが掠めただけで。


「…………!」


 文月は部屋の入口まで吹き飛び、動かなくなった。


『フミ君!』


 本来はここまでの力の差があるのだ。触れることはおろか、近付くことさえできない。


「後は女だけだ。降伏せよ。心からひれ伏し、悔い改めれば。慈悲をやらんこともない」

『馬鹿にすんな! キモオヤジ!』

「では終わりだ」

『!』


 きさらぎの魂が、煙のように消えた。


『…………きさらぎちゃん』


 愛月はそれを、ただ眺めていることしかできなかった。


「油断はせぬ。だが……ここまで来たお前達を讚美もしているのだ。最後まで戦う姿勢は良いぞ」

『…………魂を消滅させたのね』

「造作も無い」


 残るは、鳥籠に囚われたままの愛月と。


「……ママ」

『神奈ちゃん……どうして来てしまったの』

「ねえママは? 遅いから迎えに来たんだよ。おじさんに連れてって貰って」

『…………そうね』


 神奈は、キョロキョロと辺りを見回している。そこに母の姿は無い。


「……おにいちゃんも寝てる」

『……そうね』

「ねえママは?」


 ゆっくりと。インヌメルムが近付いてくる。文月にトドメを刺すのだろうか。神奈をも殺めるのだろうか。


『……ごめんなさいね。神奈』

「…………」


 愛月が、そう呟いて。


「【良いよ】」


 神奈が、『許した』。


——


「!」


 インヌメルムはその『気配』を察知し、距離を取った。何が起きているのか。それはすぐに理解したが。

 何故『気付かなかった』のか。少しだけそれを反省した。


「馬鹿な」

『あら。……流行っているの? その台詞』


 パリンと、籠が割れる。ガラスのように崩れていき、やがて塵となって霧散した。


「決して逃れられぬ『罰の檻』だぞ」

『なら整備不良ね。仕事が甘いんじゃない?』


 愛月が。

 宙に数センチ浮かんでいた。その身体から淡い光が湧き出ている。


『今。わたしは「全て」許された。どういうことか、分かるかしら』

「…………神の子の真似事を」

『そうよ。頑張って探して集めたんだから。神奈はね、「赦しの奇跡」を持っている。あなた達に気取られないように今の今まで隠していたけれど』


 石をパンに変え。

 傷を癒し。

 死して復活し。

 人の罪を許す。


 全ての『奇跡』を、神の子イエスは持っていたが。愛月にはそんな人間を誕生させることはできない。だから、人工的に『奇跡を持つネフィリム』を作るという考えに至ったのだ。リーだけは天然で、そこに関しての手順を省けたが。


『わたしは、これからどんな魔術をどれだけ行おうと、「罪」にはならないのよ』

「……忌々しい。消し去ってやろう」

『無駄ですってば』

「!」


 神の定めたルールをねじ曲げて、自分の都合の良いように世界を動かす。それは正に『神の所業』。魔術はそれでありながら、神に許されなかった為に、罪と罰が与えられたのだ。

 今、その罰から解放された愛月は。

 つまりは神と同じ領域に居るということになる。


「無限の力は、何者にも防ぐことはできぬ」

『あなた達は3人でようやく「全能」でしょう。わたしは今、わたしだけで「全能」なの』


 愛月を包む光が強まった。


「……やめろ」

『最強ってことは、今まで弱いものイジメしかしてこなかったのよね。でも許さない』

「……!」


 インヌメルムは、部屋のあちこちから天使を産み出した。その数は無限。神域であることはもうどうでも良いと、数に任せて圧殺しようとする。


『無駄よ。死体が増えるだけ。「苦しむ魂」が増えるだけなのに。罪な人ね』


 だが、天使達はたちどころに倒れ、苦しみ、死んでいく。視界の全てを死なせる『邪眼』である。


「……くそ。こんな筈では」

『計画通り。神なんて言っても、所詮は人間の延長線上よね』


 邪眼こそ効かないが、インヌメルムは焦っていた。ルアッハイムが死に、三位一体が欠けた今、恐らくインヌメルムだけではこの女に太刀打ちできないと。


『消えなさい。その席空けてもらうわ』

「……次の神の座を狙い、また大きないくさになるぞ」

『上が変わらず腐敗するよりマシよ』


 愛月が、ひらりと手をやった。

 それだけで、インヌメルムは、消ゴムに消される文字のように掻き消された。

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