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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第10章:天界戦争
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第109話 踏み潰す

 九歌島の、自室にて。


「……また寝ちゃった。おねんぼさんなんだから」


 神奈が、ぷりぷりとぼやいていた。


「わたしが、しっかりしないと。うんうん」


 ベッドで。母親が横たわっている。

 その手には、包丁が。

 その首からは。


——


——


「なん……! 姉さん!?」

『ほら早く! こっちだって!』

「え! ……いや」

『早く!』


 文月は、状況が理解できていなかった。急に。いきなりきさらぎが現れたのだ。しかも、愛月のように白髪と白ワンピース、裸足の状態で。


『フミ君達が中々セラフィムを突破しないから、我慢できなくて来たの!』

「え……と、どういうことだ!?」


 訳も分からず、手招きする方へと向かう。きさらぎは宙に浮かんでおり、まるで無重力かのように、廊下を飛んでいる。


『だから、「自殺」してきたの! 私の身体は城にあるままだけど、魂は今ここに居るのっ』

「は!? 自殺!?」

『めっっっっちゃ痛いけどね! 緊急だししょうがないでしょ?』

「…………!」


 きさらぎには、『復活』の奇跡がある。だからと言って、自分から死ぬことなど。通常ならばできる訳が無い。


『私は結構、ここへ来てる。だから案内できるのよ。本当は生身で来たかったけど、しょうがないの。分かった?』

「…………な」


 死ねば、魂は天国か地獄へと行く。つまり、『ここ』である。きさらぎはそう言いたいのだ。


「……分かった。ありがとう!」

『この為に、「私」が居たからね』


 愛月の作戦のひとつだった。広大すぎるこの聖宮で迷わない為に。真っ直ぐ目標へと辿り着く為に。

 きさらぎは死ぬ度に、スパイをしていたのだ。


——


『まず愛月ちゃんの解放ね? それは賛成。転んでもただでは起きないもんね』

「ああ。俺がやる」

『…………』


 文月は、戦えない。なのに何故、こんな所まで来ているのか。何故、周りの支援で先へ進んでいるのか。進んだところで、何もできやしないのに。

 素直に安全地帯から指揮を取っていれば良いのに。


『分かった。何か、策があるんだね』

「ああ。ある」

『……うん』


 神を倒す方法が。

 文月にあると言うのだ。


——


『ここだよ。魂の、道がある。あいつの部屋』

「!」


 また、広い部屋へとやってきた。やはり殺風景で簡素だ。青白い天井と壁からは薄く太陽光が反射しており、足元には霧が立ち込めている。


『文月。……きさらぎちゃん』

「母さん!」


 鳥籠があった。そして。


「よく来たな。ネフィリム人よ」

「!」


 ルアッハイムが、籠の前に立ち塞がった。


「さあ、我を楽しませよ。どんな策があると言うのだ」

「…………」


 楽しそうに。嬉しそうに。まるで楽しみにしていたゲームを買って貰った子供のように。


「さあ。どうした。我は避けんぞ。撃ってみろ。『神』に傷を付けられるのならばな」

「……神なら、何をするか分かってるんじゃないのか」

「わはは!」


 文月の皮肉は、笑って流された。


「お前は推理小説を買って、後ろから読むか!? すぐに犯人とトリックが分かるとして、物語を無視してそのページを開くか!? 開かんだろう! 何故なら面白くないからだ!」

「…………これは戦争だぞ」

「変わらん! 構わん! 何をしようとこの神の肉体に傷ひとつ付けることはできんからな!」

「……分かった」

『フミ君』


 実はその傲りは作戦で、何か仕掛けているのではないか。逆にそう疑ってしまいたくなるほどの、『余裕』。文月は、相手が油断してくれるならばとありがたく、それに甘えることにした。


「姉さん離れてて。あと、母さんを頼む」

『え。……うん』

「合言葉。——『ステラ・マリス』」

「!」


 小さく、息を吐いて。

 呟いた。


——


——


「!」

「うおっ」


 聖宮前の戦いも。


「!」

「なんだ?」


 九歌島周辺の戦いも。


「地震?」

「馬鹿な……」


 全員が、止まった。『震えている』のだ。地面ではない。大気も。地上も空中も、全ての者の、バランスが崩れた。


「おい! あれ見ろ!」

「はぁ!? なんだありゃあ!」


 誰かが、指を差した。

 聖宮の。


「おいおい……ありえねえって……」


 『天井が崩れ』て、『何かが出て』きたのだ。


「………………フミ、兄?」


 一番最初に理解したのは。

 セレネだった。


——


——


「なっ……! なん……だとっ!!?」

「………………」

『文月……』


 ルアッハイムは。

 口を開けて驚愕を表現するほかなかった。まるで予想ができていなかった。


 文月の身体が『巨大化』したのだ。それも、3メートルのルアッハイムの非ではない。曰く、3,000キュビット。メートルに換算するとそれは。


 1,350メートル。


「そんな! 馬鹿な! ありえない!!」

「忘れたのか? 五千年前に、お前達が恐れて滅ぼした『ネフィリム』は——」


 聖宮内に、いや戦場に。……『天界』全てに、文月の声が木霊する。全ての者に、激震が走る。雲を突き抜け、神を『見下ろし』。


 片足を上げて、それを振り下ろした。


「我は! 『神』なるぞ!」

「——『巨人』のことじゃないか」

「!!」


——


『——踏み潰せ。フミツキ。ああ。見せてやれ。それだけ巨大であれば』


 カエルムと、アレックスは。

 知っていた。否。

 『計画』していた。


『戦う術など無くとも、「無敵」だ』

『…………マジかよ』


 シレークスも呆気に取られている。聖宮が、もはや半壊しているのだ。100億年の間、不可侵であり普遍、そして完全であった神の宮殿が。


「…………愛する妻との『子』を。せめて、人間と同じサイズに。人間の社会で、殺されてしまわぬように」


 アレックスが、呟いた。アルバートとホウラを介抱しながら。

 涙を流しながら。


「支払った『代償』は決して軽くはありませんでした」

『今、実を結んだのだ。伯父上よ』


——


「!」


 その片足が再び大地を激震させて。


「うおお、また来るぞ!」

「駄目だ! 飛んでいても衝撃が来る!」


 ゆっくりと、『巨人』は縮んでいき、外からは見えなくなった。


——


——


『フミ君っ!!』


 きさらぎの魂が、『元に戻った』文月へと駆け寄る。元の大きさに戻った文月は、そのまま意識を失って倒れたのだ。


『フミ君! 大丈夫!?』

「…………ぅ」


 肩を揺らすと、目を意識を取り戻した。だが立ち上がる余力は残っていないらしい。

 崩れた瓦礫に背を預けて座り込んだ。


「…………気持ち悪い」

『どこか悪いの!? 今の……「罰」とかあるのかな!?』

「いや…………」


 部屋はぐちゃぐちゃになっていた。きさらぎはどうにか、崩れる宮殿を掻い潜り、愛月の入った鳥籠をこちらまで持ってきていた。

 文月の視線の先には。ルアッハイムが立っていた場所。もう、瓦礫で埋まってしまっている。


『!』


 だが、その瓦礫の下から、『血痕』が確認でき。

 衝撃で霧が吹き飛んだことにより見えるようになった床を伝って赤い筋ができており。

 文月の『右足』へと続いていた。


「……『人を殺した』感覚。踏み潰す感覚が……まだ残ってるみたいだ。ぅ……」

『フミ君!』


 それは道で誤って虫を踏んでしまったのとは訳が違う。

 人を。敵ではあるが、人間を。

 踏み殺したのだ。

 文月は堪えられなくなり、その場で吐いた。


「…………だけど、必要だった」

『…………』


 きさらぎから見ても、その表情は。いつもの文月とは全く違っていた。

 人を殺した者の目をしていた。


『フミ君』

「姉さん……」


 きさらぎは。


『今のが「魂の神」でしょ? 愛月ちゃんは』

「あっ! 母さん!」


 話題を逸らすことで、擬似的に文月を立ち直らせた。

 今はまだ、興奮の方が勝っている筈だ。


『文月……。ごめんなさいね』

「母さん!」


 愛月が居た。未だ、鳥籠の中である。この牢獄は、ルアッハイムの力ではなかったのだろうか。


「すぐに出すから! 母さんの身体、ちゃんと残してるんだ! 清潔にして——」

『ええ。ありがとう』

「!!」


 その微笑みが。

 ひどく、懐かしく思えた。まるで夢の中にいるような、ふわふわとした気分になった。


「……母さん」

『ふふふ。なあに文月、あなたそんなにわたしのこと好きだったかしら』

「…………ぅ」


 そんな掛け合いも。冗談も。全てが懐かしい。

 亡くなってから、まだ1ヶ月程度しか経っていないというのに。


——


「……ルアッハイムが死んだというのか?」

「!」

「なるほど。認識を改めねばならん。これは祭りではなく戦いだ」


 文月は。まだ立ち上がれない。あの『巨大化』は、恐ろしく消耗するのだ。山のように大きな身体を動かすエネルギーは、文月の体力を殆ど奪ってしまった。


『……そうだよ。まだ』


 気を緩めてはいけない。


「まだ、『ふたり』。神が居るんだ」


 体力が尽きたのなら。

 気力を振り絞って。


「裁きをくれてやらねばならんな。あのこどもに」

「やって……みろ!」


 文月は立ち上がった。

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