第105話 7月7日の朝
「太陽の『内側』に入ってしまえば、熱戦も有害物質もありません。……ですが、大勢の敵が待ち構えて居るでしょう」
「ああ。行こう」
文月に迷いは無かった。天界にも、国があり民があり、それらを守る兵がいる。
これは戦争なのだ。
——
「つまり……地球や月に伝わっている『伝説』は、真偽がごちゃまぜだってことね」
『そうなるな。神を名乗るものは居るが、この世の全てを創った存在はいない。少なくともこの、「太陽」にはな』
「なら、問題無いわ。泣いて損した」
「えっ」
美裟はいくつかカエルムと問答をして、何か納得をした様子だった。
「これまでと何も変わらない。『神様』に対する人の心理と行動はね。太陽に居るのが宇宙クラスの『詐欺師』ってだけ」
どころか、仄かな怒りが見えた。
『……そうだな。しかも、その詐欺師達は「民が騙される程の実力」を持ってしまっている。ルールは奴等の手の中だ』
「カエルムさんは、元上司とかでしょ? 大丈夫なの?」
『…………』
カエルムは、天界出身である。生まれ故郷を攻めることになる。
彼は美裟に訊かれ、少し考えて。
『……堕天使を悪魔扱いするカルト宗教団体だぞ』
「……ああ、確かに」
『それに、民を攻撃する訳ではない。全宇宙を牛耳る悪質な独裁体制を武力で潰すだけだ。兵に被害は出るだろうが、皆それを覚悟している。私は、「こちら側」に来れて良かったと思っている』
「…………」
『あの時。アヅキに裾を掴まれて居なければ。私は今も「詐欺師」達にへつらい、お前達の敵として立ち塞がっただろう』
「……父さん」
部屋の奥に、安置してある棺を見る。愛月の遺体が入ってるのだ。
『感謝せねばな』
「…………」
千載一遇。愛月の『旅』は、それの連続だった。
その終着へと。彼女の意思を継ぐ者達が向かっている。
——
やがて。
城からの景色は星空ではなく、『白一色』になった。全て太陽光である。
「……ここからは紅炎の危険があります」
『心配ない。娘達の結界は丈夫だ。……最強の悪魔の息子が入れ知恵をしているからな』
「かしこまりました」
娘達、という表現を使った。文月や美裟にとって、それが嬉しかった。
「着陸はどうしますか」
「こっちの兵力には限りがある。短期決戦しかない。……『聖宮』の真ん前が良いな」
『案内しよう。宮殿の周りには民家も無い。賛成だ。外を見てくる』
——
「大気圏突入しました。……迎撃はありません」
「!」
そして。
魔女のひとりが報告する。領域に入ってから、丁度7日。速度を落としたが、それでも予定通りに到着した。
7月7日の朝である。
『さあ行くぞ。フミツキ。皆に呼び掛けろ』
「分かった」
放送魔術の施されたマイクを手にする。
「遂に辿り着いた。皆、準備をしておいてくれ」
「違うわよくそ野郎」
「!?」
美裟が、文月の頬をつねった。
「……え?」
「真面目な良い子ちゃんは要らないのよ。……早く」
「……!!」
慌てて頬を押さえながら。美裟の。いや、全員の意図を理解した。
すう、と。息を吸い込む。
「お前ら! 準備は良いかっ!!」
——
「「オオオオオオオオオオオ!!!」」
——
「今日、100億年に渡って詐欺を働いてきたクズどもを! 俺達の手でぶっ壊す!!」
「「オオオオオオオオオオオ!!!」」
「ケイ、頼む!!」
——
天界上空に佇む『九歌島』。人々が見上げるそこから、ひとつの人影が降りてくる。
否、堕ちてくる。
「任せろ」
ケイがまず、飛び出した。作戦のひとつである。眼下には天使達——『天軍九隊』が勢揃いしている。その数は、万や億ではきかない。地上の景色一面、全て綺麗に整列した『天軍』だ。
九歌島が着陸する場所を、確保しなければならない。
「悪魔が落ちてくるぞ!! 刺せ! 刺せ!」
その天使達の槍が、一斉にケイの方を向く。
その中で、ケイは口角を吊り上げて笑った。
「……愛月に『手本』、見せてやれば良かったなあ」
着地。まるで隕石のように、ケイは地表に激突した。
——
「——『悪魔召喚:百鬼夜行』」
爆発し。
着地点を中心に、地面に放射状のヒビが入る。
「!?」
地面が揺れる。地上の天使達は立っていられなくなり、その翼を使って飛び上がった。
地面のヒビから、影の塊のような黒い煙が発生する。
「出てこい。『天』に怨みを持つ、悪魔達よ」
「「ウォォォオオオオオ!!」」
煙は巻き上がりながら形を成していき、それは四肢のある人型になっていく。
咆哮を上げて、この『祭』に参加できる喜びを表す。
「遂に! この日が来たぜえええ!!」
「クソ天使どもをブチ殺せええ!!」
山羊の角、蝙蝠の羽、蹄と牙と尻尾。
次々と、悪魔が湧き出てくる。それは『無限』の天使に、負けてはいない。
「場所空いたぞ! 降りてこい!」
「!」
ケイの位置を目指し、九歌島が着陸する。その周囲を大量の悪魔が囲み、天使の侵入を防ぐ。
「……凄い。敵のど真ん中なのに、こんなに堂々と」
『ルシファーに代わり、悪魔達を従えているのか』
カエルムも驚いていた。かの有名な『ソロモン』の悪魔達も見える。それだけではない。数々の宗教、神話の悪魔達も。
ケイは世界中を巡り、彼らと出会い、契約してきたのだ。
『この瞬間に天使達をブチ殺せる機会をやる』と条件を付けて。
『よし。フミツキ。皆に指示を出せ』
「分かってる」
ズズンと、地面が揺れる。見ると既に悪魔達は天使と交戦している。『夜』も全員、いつでも準備はできている。文月はマイクを取った。
「天使は悪魔に任せる! 月軍と夜軍は、『聖宮』までの道を開いてくれ! 途中、『英雄』が出てくる筈だから、ルシファーの武器は必ず持て!」
「「おおおっ!!」」
まず、『夜』の兵士達が太陽の地に踏み入る。地面の感触も重力も、別段地球と変わりは無い。ただの草原である。何も無ければ、『聖宮』以外は牧歌的な光景であっただろう。
その、先に。九歌島の直線上に、『島の2倍はある』巨大な宮殿がある。空に反射して水色に煌めく、鏡のような壁と屋根。やはりどこか、古代ローマやギリシャを思わせる外観をしている。
続いてホウラを先頭に、月軍も雪崩れ込んでいく。
「ねえ! 英雄ってなに!?」
美裟が訊ねた。それは、文月がカエルムから聞いていたことだ。
「北欧神話の『エインヘリヤル』だ。地上で名を馳せた武人の魂を操って従えてる」
「…………それって」
「ああ。歴史上の英雄達が、敵となって立ち塞がるんだ」
「…………!!」
美裟は一気に、不安を見せた。思い当たる、悪い予感がしたのだ。
『行くぞフミツキ。お前が聖宮に辿り着かねばならん』
「分かってる!」
着陸すれば、もう操縦室に留まる必要は無い。魔女達へ最後の治療を行い、カエルムと共に部屋を飛び出す。
「非戦闘員は城の地下へ! 結界の外へは決して出るな! ウゥルペス!」
「はい。文月君」
美裟も続く。彼は城の玄関を目指しながら、指示を出している。
呼んだ瞬間に、目の前にウゥルペスが現れた。
「ウゥルペスは城の護衛だ。頼む」
「分かってますよ。お気をつけて。ボス」
彼は悪魔として『普通』であるが、契約魔女は10人と多い。その魔術力でもって、文月達の帰る場所を死守するのが役目だ。
城を出て、広場へ。
「フミ兄!」
「お兄さまっ!」
「お兄ちゃん」
グングニルを防ぐ結界を保持したままの、アルテ、セレネ、ディアナが居る。文月は3人の治療を手早く済ませる。
だがアルテの両足は、『彼女自身が望んでいない』為にそこだけは治らない。
「ねえフミ兄、わたしは付いていっちゃ駄目?」
「…………」
いくらウゥルペスの魔女が10人居ると言えど。この3人より強力な結界は張れない。
妹達を前線に出したくない文月としても、これは適材適所だと判断する。
「エマさんとか。エリスさんとか。……戦えない皆を守るのが、お前達の役割だ」
「…………分かった」
「お兄さま」
「!」
セレネが頷くと、アルテが口を開いた。
「帰ってきてくださいね」
「……大丈夫だよ」
不安そうだが、しかし信頼を含んだ眼差し。
文月はアルテの頭を優しく撫でた。
「お兄ちゃん、死なないでね」
「俺は死なないよ」
セレネと、物欲しそうにしていたディアナも撫で。
文月は再度、マイクを握る。
「アレックス!」
「ここに」
文月の右後ろに、カエルム。
そして左後ろにアレックスが立った。
「行こう。このメンバーだ」
「……ええ」
そして隣に美裟。
「まずは聖宮に乗り込む」
目指すは神の宮殿。




