第104話 人間の世界
「グロリア」
「「グロリア!!」」
太陽という天体は、灼熱の星である。表面温度は約6000度。直径は地球の109倍、体積は130万倍、重量は33万倍。
地球をすっぽり包み込むほどの紅炎を吐き出す規格外の星である。
「聖戦である! 聖戦である!」
決して、『誰も近付けないように』神に設計された、無敵の要塞である。
「……Gloria in excelsis Deo.」
「いと高き所に、栄光が神にありますように」
敵から攻められることなどあり得ない。そもそも敵となりうる者が存在しない。したとしても、その者が暮らす場所からは、
149,600,000㎞離れている。
「ははは。まあ、何億年も『無敵』だとつまらんからな。神同士の争いも不毛だし……これは良い機会じゃないか」
そこには、『人間』の形をしたモノが居た。白い肌と服を身に付けた、裸足で大柄な男。
「取り敢えず先制攻撃として『少量の砂』を掛けてやったが、よもやあれで死ぬような弱者ではあるまい」
男は白い円卓に座る、仲間達を見る。
「この聖戦の指揮、誰が執る?」
「いや、先制攻撃しておいて君が執る気満々じゃないか」
「いやいや、我らは『三位一体』。我ひとりでは決められんだろう」
円卓には、3人が座っている。楽しげな大柄な男と、冷静な男。そして、もうひとり。
「……『砂』で死ぬだろう。もし生き長らえてもプロミネンスで灼かれるだろう」
「もし灼かれなければ?」
「…………地上戦は天軍と『英雄達』に任せることになっているだろう? どっちみちここへは来ぬだろうよ」
「…………」
「お主はどう思う」
大柄な男は隣に座る、縮れ髪の男へと訊ねた。
「……今は、大半の神々が地上へ出向いてしまっている。ここが手薄であることは間違いない」
「なるほどな。『そういう考え』も、ある。だが、我々は我々の立場から、『こう』言わねばならぬのではないか」
「?」
大柄な男が口角を吊り上げる。
「傲り高ぶった人間達が、天の座を奪わんとしている。鉄槌を下さねばならぬ、とな」
彼は一貫して、楽しそうに語った。攻め込まれ、『滅ぼされるかも』とは一切考えていない。
「なあ? お前はどう思う?」
——
——
——
『——ここまで来れば良いだろう。整理するぞ』
九歌島にて。
文月の居る操縦室へやってきたカエルムが、『放送魔術』の掛けられたマイクをテーブルに立て、そこに座った。
全員に聴かせる為だ。
「何の話?」
『天界についてだ。最重要機密であるため、全ての天使に掛けられていた「封印」だった。だが天界の領域に入ればそれは解かれる。今から説明しよう』
「!」
最重要機密。天使が堕天使となってもなお作用し続ける封印があった。どれだけ神を憎み、黒く染まろうと決して仲間に伝えられない『事実』があった。
『この世に「神」は居ない』
「!?」
衆愚政治、という言葉がある。
『生まれも育ちも「地球ではない」というだけで。この世には「人間しか居ない」。まず初めの真理がこれだ』
「…………どういう、ことだ?」
有権者に必要な知識や判断力が欠如しているまま、政治が行われることを指す。
『神、などという言葉通りの「超越者」は居ない。「神」は、階級や称号のことだ。絶対的存在ではない』
「……天使や悪魔は? 人間じゃない、じゃん」
また、そのような民達を扇動し、有識者達の思い通りの政治にする状態のことも指す。何も知らぬ民は、それが間違っていることにさえ気付かない。
『天使は「改造人間」。悪魔は技術を真似た、その低品質版だ。簡単に言うとな』
「!!」
世界のトップ連中は、知ってはいたのだ。地球が、天界に支配されていることを。
数々の神話が、全て作り話であると。
『そして「全知全能」とは、アヅキの予想通り。「能力」ではなく「機関」だ。天界の合意を以て起動する最終装置。奴等はこれを用いて世界のルールを定め、支配下にある惑星に強いてきた』
「……そんな」
『今向かっている天界には神が居るが。それは「天界という地名」に「神を名乗る人間」が居るだけだ』
だが『影響力』は本物である。その気になれば大災害をも引き起こし、世界を滅ぼすことができる。神ではないが、それに近い実力は持っている。
「……つまり、相手も人間だから勝算があると」
『ゼロではない、というだけだがな。奴等が無限に兵隊を創造できることに変わりは無い』
「そんな……!!」
「美裟?」
突き付けられた事実。『夜』メンバーは元から特定の宗教を信仰していない為、ショックは少ない。驚くだろうが、その程度だ。
だが。
美裟は違う。
「……神様は居ないの?」
『ああ』
「…………私の神社にも?」
『居ない』
「……じゃあ私は、今まで」
『お前の戦闘力は、お前自身のものだ。神の加護など存在しない』
「ぁ…………」
「美裟っ!」
わなわなと震えて。
崩れた。
文月が駆け寄る。
「…………ぁぁぁ……」
「……!」
こんなに動揺した美裟は初めて見る。彼女は神社の子だった。生まれてから、ずっと。『神様』は身近な存在だった。戦う際には助けてくれた。常に、守護神のように。
「美裟……っ」
「………………」
涙を流し、固まってしまった。一族には呪いと呼ばれる病気があった。先祖代々、神と、呪いと、暮らしてきた。
それは『誰かの吐いた嘘』から始まったのだ。
『……言い方を変えよう』
「!?」
真実を聞いて、美裟が『こう』なるということは。彼女には『信仰心』があったのだ。当然と言えば当然だが。
『「確認されていない」と。本物の神が居たとして、誰も見たことがない。ならばどちらの証明もできないだろう』
「………………」
これまでの歴史で誰にも、一度も姿を現していないだけで。
本当に居るかもしれないという可能性は否定できない。
望みは薄いが、それだけは言える。
「…………天使と悪魔が居たから」
「えっ?」
「……神様も。八百万の神々は居るものだと、思ってたわ」
「…………美裟」
神の吐く嘘を見破れる者は存在しない。絶対者の前では、全てが衆愚になる。
「…………」
『ミサ。悲しいだろうがだが——』
「ええ大丈夫よ。話の腰を折っちゃってごめんなさい」
『!』
一度、強く目を瞑り。
すっと立ち上がった。
美裟は。
「あたしがやること、考えることは変わらないわ。どうせ見えないんだもの。大丈夫よ」
「美裟……」
「続けて。カエルムさん」
『ああ』
強い精神力で克服した。
——
『そして、今天界は手薄だ』
「?」
『アヅキの作戦だがな。「終末」が始まるタイミングで地上を脱したのだ。今、神々は地上を焼き払う業務に追われている。創世記の頃とは違い、現代は人間が80億人も居るからな。時間が掛かっているのだ』
「……手薄」
『そうだ。天界に残っている者は少ない。皆、「終末」の人類虐殺を楽しみにしていたからな』
「!!」
人々が災害によって殺されていっているのならば。『通常は』それを守る為に尽力するだろう。
だが結果的には、それでは神を討つことはできない。人類を守り、また神々に支配される世界が続くだけだ。
愛月は、それを分かって、天界へ舵を取ったのだ。諸刃の剣である。本拠地を明け渡す代わりに、敵陣へと突進する作戦を。
『恐らくは、天界の要、「聖宮」に残っている神は「3人」。非戦闘員の神々、市民はあちこちに居るだろうが、それは無視して良い。とにかく、「3人」だ』
神と呼ばれることになった『元』の存在が居るとして。その数はどれだけであろうか。全世界の神話や伝説から集めれば、どれだけの数になろうか。
それらの内、直接人へ危害をもたらす神々はどれだけだろうか。そんな荒ぶる神々が、世界の終わりの際に降臨しないなどありえるだろうか。
天に座す『高神』と、直接降りてくる『来訪神』に分けた場合。
この『終末の時』に、天界に居残りとなる『高神』は、たった3柱しか居ない。
『オーディンやゼウスや、もう呼ばなくて良い。人間達が信仰する「本当の神」は、彼らの心の中に在り、天界には居ないのだ。相手は神を騙る人間である。……これが、アヅキが世界に伝えようとした真実だ』
「……!!」
今から戦う相手は、未知の神々ではなく。神話で武装した人間である。
この言葉は彼らの心をどれだけ軽くしただろうか。
カエルムの嘘——否。気遣いを見破れる者も、この場には存在しない。




