第102話 カエルムとケイ
「なあ、どっちが強いと思う?」
「はあ?」
それは、最近の兵士達の間で囁かれる話題だった。
彼らは日々、命を削るような訓練を行っている。『人間以上の怪物』と戦うのだ。生半可な実力では勝てないと分かっている。昔は死者も出ていたらしいが、今は魔女も文月も居る。安心して、全力で打ち込めるのだ。
超回復を能動的かつ、効率的に行える彼らは、人類の限界を越えて強化されていっている。
これまであまり目立っていないのは、文月がそもそも直接戦闘と関わらないということと、戦闘自体が無かったからである。彼らは必死に毎日頑張っているのだ。
「姐さん、カエルムさん、ケイさんの3人だよ。あとまあ、やべーのはホウラさんもか」
「ああ。月との合同訓練でもひとりだけ動きヤバかったもんな。ホウラさん……」
元天使。純粋に『人外』であるカエルムと。
人と悪魔のハーフであるケイ。
そこに食らい付く、『八百万の神』をその身に宿す美裟。
そして月軍代表のホウラ。
「いや、アレックスさんもやべーだろ。あんま見たことないけど」
最後に、元堕天使であるアレックスを入れて。
誰が一番強いのか。
そんな話題で持ちきりなのだ。
「ウゥルペスさんは?」
「魔術無しだと文月様より弱い説な」
「えっ」
「ガチ体術、剣術の話だよ」
「おいお前ら何で俺の名前が出ねえんだ」
「ひっ! 隊長!」
想定される天界の勢力は、無限。神話の怪物や武装した本物の天使達、そして全世界の神々まで。実際の戦闘では『神』クラスは魔術師・奇跡持ちに任せるらしいが、どうしても白兵で『粘る』場面は出てくると予想できる。
そこをカバーするのが、カエルムやケイの仕事だとされている。
「……ルシファーの息子も相当『格』が高そうだが、カエルムは『奇跡持ち』を産むことのできる上位天使だって話だろ。実際やってみねえと分からねえよ」
アルバートはそう答えた。たまに彼らが訓練に参加する時も、その実力の底は全く見えない。
だが男は、そういう話が大好きなのだ。
——
——
「——だって」
兵士達の利用する大食堂にて。
ざくろが切り出した。
「…………あ?」
「私耳が良いからね。色んな噂、聞いてるんだよ」
ざくろは自慢の、犬耳をぴくぴく動かす。彼女は人間ではなく、完全な妖怪であると自称している。
ケイ、ざくろ、色葉の3人は特に割り振られている仕事は無いため、割りと自由に島内をうろついている。常に一緒という訳ではなく、本日は色葉は居ない。
「……味方なんだからどうでも良いだろ」
「でも気になるんだって」
「人間て格付け好きだよなあ。お前もそうだったじゃねえか。妖怪」
「まあねー」
「やれ、ぬらりひょんだ、がしゃどくろだ、九尾だ、山本だ、神野だ、どれが強い!? ……って。くだらねえと思うぜ」
「けど、それが人間だよ。ねね、カエルムさんに勝てる? ケイ」
「お前も気になってんじゃねえか」
「うん」
「…………知らねえよ」
ケイにとって、アレックスは友人である。彼曰く、愛月と知り合う前からの付き合いだ。
カエルムは、そんなアレックスの『弟の息子』である。つまり甥にあたる。
「……まあ、互角以上なのは確かだろ。一定までいくと強弱と勝敗は条件や運に強く左右される」
「びびってるんだ」
「……いや何で煽ってんの? お前」
「あれか。半分悪魔だから、天使にはなんか、属性的に相性不利みたいな」
「ねえよ現実に属性相性なんて」
「へえ?」
「…………」
なんだこいつはと、真剣に考えた。にやにやと訊いてくる。恐らく兵士達を代弁しているのだ。
いいから戦え、と。
「まあ、機会があればな。あとお前ムカついたから今日は無しな」
「えーっ! それは酷い! 待ってケイ! ケイ様!」
「黙れ畜生妖怪ざくろ」
——
——
「——だそうだ」
普段、カエルムは城の屋上に居る。私の居場所が奪われた、ときさらぎが嘆いていたのを見たことがある。
わざわざケイから出向いたのだ。ざくろのムカつく表情が脳裏に焼き付いてしまったから。
『…………なるほどな』
「何がだ?」
『格付けは、天界でも盛んだった』
「ああ。天軍九隊か。お前はどの地位だったんだ?」
思えばまともに話すのはこれが初めてかもしれない。本来は相容れぬ存在であるからだ。だが今は、同じである。悪魔も堕天使も。地上の人間達には同一視されることもある。
『私は権天使だった。別に偉くもない下級天使だ』
「そうなのか? 大天使より上じゃねえか。充分エリートだろ」
『だが降りてくる仕事は雑務が多かった。……どうせコネだからな』
「そうなのか?」
『父が力天使だった。……それが無ければ私は大天使にもなれていなかっただろうな』
「ヴァーチューズかよ。『奇跡』の格はそっからか」
『だろうな。フミツキに流れているのは私の父の力だ』
因みに『天軍九隊』とは、天使の階級のことであり。
①熾天使
②智天使
③座天使
④主天使
⑤力天使
⑥能天使
⑦権天使
⑧大天使
⑨天使
この九つが存在する。①のセラフィムなどは有名であろう。最も位の高い天使で、ルシファーが元々この地位にいたとされている。
『そういうお前も、元セラフィムの息子だろう』
「あー……。そういやそうか。実感ねえな」
『格だけなら付いたな。お前の勝ちだ』
「いやいや、アテになるかよ天界の基準なんかで」
『……ルシファーはいちいち、産んだ子を覚えていない。お前が名乗り出なければ一生気付かれんぞ』
「!」
ケイは、ルシファーに自分が息子だと明かさなかった。
会ってみたいと思っていたのだが。
「…………なら良いんだよ。俺が忘れりゃもう他人だ。それで構わねえ」
『家族は良いものだ。大切にしろ』
「なんだよ説教か」
『まあ、私の方が歳上だしな』
「この野郎」
ケイの真意はカエルムにも分からない。そもそも何を目的に、『夜』と行動を共にしているのかさえ。
「…………親は子を望むだろうが。子からしたら最初から何もねえだろ。考えられもしねえし選択肢もねえ」
『む』
空を見上げる。地上のどこからも見ることのできない、空気の層に遮られない本物の星空を。
「……『俺の子』は、幸せか?」
『!』
「ずっと悩んでてよ。……俺がそうだったから。だから……『父親』ってモンに、良い印象がねえ」
『…………ふむ』
「忘れるくらいならもうそれは父親じゃねえよ。俺には要らねえ。何千人産んでようがな。俺は。俺も文月と同じく『全員』を目指してたが、それは折れた。……あんたは、文月をきちんと愛してやれよ」
『……なるほど』
寂しそうな表情だった。最恐最低の悪魔と言えど、それは周囲から言われているだけで、実物はどうか分からないと。『期待』していた自分が、彼の中にあったのだ。
『作ってみろ』
「は?」
だがカエルムは思う。
親が居ない、程度のことは。すぐに乗り越えられると。
『子を。試しにでも良い。お前にはふたりも妻が居るだろう』
「…………いや、だからさ」
『家族が増えることは、お前の思っている以上の感激だ。世界が一変するぞ。それを知らない内は、お前もまたまだ若僧だな』
「なに」
愛する者が居れば。
その者との子を授かれば。
『親』に、自分がなれば。
良い。
『妖怪娘の方は知らんが、人間の娘には寿命がある。さっさと作らんと手遅れになって後悔するぞ』
「な。なんだよ急に子供扱いしやがって」
『お前が愛せば子は必ず幸せになる』
「!」
カエルムも、つい最近気付いたことだ。親である自覚などなかった。
だが。押しに負けて成り行きとは言え。
愛月と結ばれて文月が生まれたことは、幸せ以外の何物でもないと。
今なら自信を持って断言できる。
「…………分かったよ。だが戦いが先だ」
『そうだな。まず、戦争に勝たなくては』
——
結局、どっちが強いかの話は流れた。焚き付け役である筈のざくろも、何故か幸せそうな表情で使い物にならなくなった。
カエルムは頻繁に訓練に参加するようになり、その厳しい姿勢を大変怖がられた。




