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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第9章:父親と夫婦
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第102話 カエルムとケイ

「なあ、どっちが強いと思う?」

「はあ?」


 それは、最近の兵士達の間で囁かれる話題だった。

 彼らは日々、命を削るような訓練を行っている。『人間以上の怪物』と戦うのだ。生半可な実力では勝てないと分かっている。昔は死者も出ていたらしいが、今は魔女も文月も居る。安心して、全力で打ち込めるのだ。

 超回復を能動的かつ、効率的に行える彼らは、人類の限界を越えて強化されていっている。


 これまであまり目立っていないのは、文月がそもそも直接戦闘と関わらないということと、戦闘自体が無かったからである。彼らは必死に毎日頑張っているのだ。


「姐さん、カエルムさん、ケイさんの3人だよ。あとまあ、やべーのはホウラさんもか」

「ああ。月との合同訓練でもひとりだけ動きヤバかったもんな。ホウラさん……」


 元天使。純粋に『人外』であるカエルムと。

 人と悪魔のハーフであるケイ。

 そこに食らい付く、『八百万の神』をその身に宿す美裟。

 そして月軍代表のホウラ。


「いや、アレックスさんもやべーだろ。あんま見たことないけど」


 最後に、元堕天使であるアレックスを入れて。

 誰が一番強いのか。

 そんな話題で持ちきりなのだ。


「ウゥルペスさんは?」

「魔術無しだと文月様より弱い説な」

「えっ」

「ガチ体術、剣術の話だよ」

「おいお前ら何で俺の名前が出ねえんだ」

「ひっ! 隊長!」


 想定される天界の勢力は、無限。神話の怪物や武装した本物の天使達、そして全世界の神々まで。実際の戦闘では『神』クラスは魔術師・奇跡持ちに任せるらしいが、どうしても白兵で『粘る』場面は出てくると予想できる。


 そこをカバーするのが、カエルムやケイの仕事だとされている。


「……ルシファーの息子も相当『格』が高そうだが、カエルムは『奇跡持ち』を産むことのできる上位天使だって話だろ。実際やってみねえと分からねえよ」


 アルバートはそう答えた。たまに彼らが訓練に参加する時も、その実力の底は全く見えない。

 だが男は、そういう話が大好きなのだ。


——


——


「——だって」


 兵士達の利用する大食堂にて。

 ざくろが切り出した。


「…………あ?」

「私耳が良いからね。色んな噂、聞いてるんだよ」


 ざくろは自慢の、犬耳をぴくぴく動かす。彼女は人間ではなく、完全な妖怪であると自称している。

 ケイ、ざくろ、色葉の3人は特に割り振られている仕事は無いため、割りと自由に島内をうろついている。常に一緒という訳ではなく、本日は色葉は居ない。


「……味方なんだからどうでも良いだろ」

「でも気になるんだって」

「人間て格付け好きだよなあ。お前もそうだったじゃねえか。妖怪」

「まあねー」

「やれ、ぬらりひょんだ、がしゃどくろだ、九尾だ、山本だ、神野だ、どれが強い!? ……って。くだらねえと思うぜ」

「けど、それが人間だよ。ねね、カエルムさんに勝てる? ケイ」

「お前も気になってんじゃねえか」

「うん」

「…………知らねえよ」


 ケイにとって、アレックスは友人である。彼曰く、愛月と知り合う前からの付き合いだ。

 カエルムは、そんなアレックスの『弟の息子』である。つまり甥にあたる。


「……まあ、互角以上なのは確かだろ。一定までいくと強弱と勝敗は条件や運に強く左右される」

「びびってるんだ」

「……いや何で煽ってんの? お前」

「あれか。半分悪魔だから、天使にはなんか、属性的に相性不利みたいな」

「ねえよ現実に属性相性なんて」

「へえ?」

「…………」


 なんだこいつはと、真剣に考えた。にやにやと訊いてくる。恐らく兵士達を代弁しているのだ。


 いいから戦え、と。


「まあ、機会があればな。あとお前ムカついたから今日は無しな」

「えーっ! それは酷い! 待ってケイ! ケイ様!」

「黙れ畜生妖怪ざくろ」


——


——


「——だそうだ」


 普段、カエルムは城の屋上に居る。私の居場所が奪われた、ときさらぎが嘆いていたのを見たことがある。

 わざわざケイから出向いたのだ。ざくろのムカつく表情が脳裏に焼き付いてしまったから。


『…………なるほどな』

「何がだ?」

『格付けは、天界でも盛んだった』

「ああ。天軍九隊か。お前はどの地位だったんだ?」


 思えばまともに話すのはこれが初めてかもしれない。本来は相容れぬ存在であるからだ。だが今は、同じである。悪魔も堕天使も。地上の人間達には同一視されることもある。


『私は権天使だった。別に偉くもない下級天使だ』

「そうなのか? 大天使より上じゃねえか。充分エリートだろ」

『だが降りてくる仕事は雑務が多かった。……どうせコネだからな』

「そうなのか?」

『父が力天使だった。……それが無ければ私は大天使にもなれていなかっただろうな』

「ヴァーチューズかよ。『奇跡』の格はそっからか」

『だろうな。フミツキに流れているのは私の父の力だ』


 因みに『天軍九隊』とは、天使の階級のことであり。


  ①熾天使

  ②智天使

  ③座天使


  ④主天使

  ⑤力天使

  ⑥能天使


  ⑦権天使

  ⑧大天使

  ⑨天使


 この九つが存在する。①のセラフィムなどは有名であろう。最も位の高い天使で、ルシファーが元々この地位にいたとされている。


『そういうお前も、元セラフィムの息子だろう』

「あー……。そういやそうか。実感ねえな」

『格だけなら付いたな。お前の勝ちだ』

「いやいや、アテになるかよ天界の基準なんかで」

『……ルシファーはいちいち、産んだ子を覚えていない。お前が名乗り出なければ一生気付かれんぞ』

「!」


 ケイは、ルシファーに自分が息子だと明かさなかった。

 会ってみたいと思っていたのだが。


「…………なら良いんだよ。俺が忘れりゃもう他人だ。それで構わねえ」

『家族は良いものだ。大切にしろ』

「なんだよ説教か」

『まあ、私の方が歳上だしな』

「この野郎」


 ケイの真意はカエルムにも分からない。そもそも何を目的に、『夜』と行動を共にしているのかさえ。


「…………親は子を望むだろうが。子からしたら最初から何もねえだろ。考えられもしねえし選択肢もねえ」

『む』


 空を見上げる。地上のどこからも見ることのできない、空気の層に遮られない本物の星空を。


「……『俺の子』は、幸せか?」

『!』

「ずっと悩んでてよ。……俺がそうだったから。だから……『父親』ってモンに、良い印象がねえ」

『…………ふむ』

「忘れるくらいならもうそれは父親じゃねえよ。俺には要らねえ。何千人産んでようがな。俺は。俺も文月と同じく『全員』を目指してたが、それは折れた。……あんたは、文月をきちんと愛してやれよ」

『……なるほど』


 寂しそうな表情だった。最恐最低の悪魔と言えど、それは周囲から言われているだけで、実物はどうか分からないと。『期待』していた自分が、彼の中にあったのだ。


『作ってみろ』

「は?」


 だがカエルムは思う。

 親が居ない、程度のことは。すぐに乗り越えられると。


『子を。試しにでも良い。お前にはふたりも妻が居るだろう』

「…………いや、だからさ」

『家族が増えることは、お前の思っている以上の感激だ。世界が一変するぞ。それを知らない内は、お前もまたまだ若僧だな』

「なに」


 愛する者が居れば。

 その者との子を授かれば。

 『親』に、自分がなれば。


 良い。


『妖怪娘の方は知らんが、人間の娘には寿命がある。さっさと作らんと手遅れになって後悔するぞ』

「な。なんだよ急に子供扱いしやがって」

『お前が愛せば子は必ず幸せになる』

「!」


 カエルムも、つい最近気付いたことだ。親である自覚などなかった。

 だが。押しに負けて成り行きとは言え。

 愛月と結ばれて文月が生まれたことは、幸せ以外の何物でもないと。

 今なら自信を持って断言できる。


「…………分かったよ。だが戦いが先だ」

『そうだな。まず、戦争に勝たなくては』


——


 結局、どっちが強いかの話は流れた。焚き付け役である筈のざくろも、何故か幸せそうな表情で使い物にならなくなった。

 カエルムは頻繁に訓練に参加するようになり、その厳しい姿勢を大変怖がられた。

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