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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第9章:父親と夫婦
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第101話 きさらぎとアレックス

 きさらぎが眠る神奈を抱きながら、いつものように屋上へと向かう途中。


「…………~~」


 何者かの話し声が聞こえた。先客が居たようだ。


「(最近皆来るなあ。場所変えよっかな)」


 そう思いながら踵を返した所で。その声の主が判明する。


「——カエルム様」

「!」


 アレックスの声だった。きさらぎは方向転換し、物陰に隠れる。


「(そういえばアレックスさんの話、愛月ちゃんから聞けてないじゃん)」


 そっと様子を窺うと、そこにはアレックスとカエルムが居た。


「(カエルムさんも、なんか屋上とか好きそう)」


 きさらぎは会話を盗み聞きする態勢に入った。


——


『「様」は止せ。お前は私の伯父だろう』

「ですが。愛月様の旦那様であれば」

『お前は死者に仕えるのか』

「……では、文月様のお父上です」

『…………それはフミツキの大伯父より上なのか』

「はい」

『即答をするな……』


 アレックスが、カエルムの伯父であった。きさらぎは当然知らない。そして驚愕の事実でもある。

 即ち愛月の伯父でもあるからだ。


『……アヅキを死なせてしまった』

「カエルム様の責任ではありません」

『そうは言うがな。防げた筈だ』

「ならば防いでいたことでしょう。現に間に合わなかったのならば、そもそも防ぐことはできなかったので」

『……慰めだとしても言葉を選べ』

「はい」

『…………』


 何やら揉めている……ほどでは無いようだが。カエルムはアレックスと視線を合わせようとしない。彼らの仲は良好では無さそうに見える。


『お前の方は大丈夫なのか』

「今の所は。しかし徐々に違和感を持たれてしまっているかもしれません」

『お前は隠すのが下手だ。昔からな』

「その節は……。カエルム様のお陰でなんとか」


「(私のことかな?)」


 アレックスに違和感を抱く人物となれば、自分なのではないかときさらぎは予想する。

 何か秘密があり、きさらぎに隠していることは既に分かっている。


「では美裟さんにはそのことは」

『まだ、彼女とはまともに話せていない。操縦室から出てこないからな。当然と言えば当然だが』

「……そうですね」


「(美裟ちゃん? 何か関係あるのかな)」


 カエルムとアレックス……。『夜』とは別の立ち位置に居ると思われる男達の会話。


『そう言えば、きさらぎに伝えずに神奈へ「処置」が出来たのだな』

「それは……。我が曾孫ですので。弥生の時と変わりません」

『そうか』


——


「ちょっと待って!!」

「!」

『!』


 我慢ができなかった。

 聞き捨てならなかった。このまま黙って隠れているきさらぎではない。


「『曾孫』って何!? 『処置』って!? 神奈に何かしたの!?」

「……きさらぎ、さん……! まさか聞いていたのですか」

『…………』

「答えて!」


 全く気付いてはいなかったようだ。アレックスは驚愕の表情を見せる。


「…………んぅ」


 きさらぎに抱かれる神奈が、母の怒声に反応する。


「…………!」

「ねえ! ちょっと……! 待って」


 訳も分からず。飛び出して。

 徐々に冷静になってくる。『曾孫』という言葉の意味が、頭に追い付いてくる。


「……なんで……お祖母ちゃんの名前を……」

「待っ……! きさらぎさん! 待ってください!」


 神奈を。『曾孫』と。

 そして祖母の名を、呼び捨てに。


『(…………これは防げん。「夜」の労働時間は過ぎて、皆眠っていると油断したか)』


 誰にも。どうすることもできない。

 『こうなる』から。

 今まで接触してこなかったのだ。カエルムも、アレックスも。

 隠し通すことなど不可能だ。彼らは欲望を優先する『堕天使』なのだから。


「……アレックスさん。は。……私の、お祖父ちゃん、なの?」

「………………はい」


 答えてしまった。


「そんな……っ」


 瞬間に、きさらぎの心臓は停止した。『代償』の発動である。アレックスは、人間として転生することを望み。その代わりに、堕天使であることを家族に知られれば、その家族が死ぬことになる。


「きさらぎっ!!」


 どさりと。前方に、躓いて転ぶように倒れた。最後の最後で身体を捻り、神奈に衝撃が行かないようにして。

 アレックスの叫びも届かない。


「………………!!」


 きさらぎは死んだ。


——


「私が、死ねば良かったのです。彼女がこの島へ来た時に」

『だがそれはできなかった』

「……私の心が、弱いせいで」

『…………』


 どうなるのか。『どう』なるのか、未知数だった。だから、教えなかった。秘密にしていた。

 カエルムにだって分からない。勿論、きさらぎの『奇跡』は知っている。


「……ママ?」

『神奈……』

「あっ。てんし。ママ寝たの?」


 母が倒れては、流石に目を覚ました。神奈は冷たい地面を触りながら、きさらぎの側に座り込んだ。


『ああ』

「かぜひいちゃう」

『……そうだな』


 『代償』による死と。

 『奇跡』による復活は。相反するふたつが重なれば。

 どうなるのか。カエルムも気にはなっていたが、それで試すなどあり得ない。だから今は、正に奇跡に、賭けるしか無い。


「ママ起きて。おへやで寝よ」


 ゆさゆさと、神奈がきさらぎを揺らす。反応は無い。


「……良いよ。今起きて」


 それはもう無駄だと、虚しいと。カエルムが思った。

 瞬間。


——


「………………ん。けほっ……」

『!』

「!!」


 きさらぎが。


「……ぅ。つめたっ。……神奈?」

「ママ起きて。おへやで寝よ」


 起き上がった。

 始めは何が起こっているか分からない様子で。だが神奈を見て、自分が『死んでいた』のだと理解して。

 ゆっくりと立ち上がり、神奈と手を繋いで。


「…………どういう、こと?」


 アレックスとカエルムを見た。


「…………これは……!」

『……どうやら、「その」ようだ。説明してやろう』

「私、死んだの? どうして?」


 アレックスは驚きに驚き、上手く言葉にできなさそうだとカエルムは推察し、名乗り出た。


『アレックスは元天使だ。だがお前の祖母と出会い、恋に落ちた。娘を授かり堕天したが、その罪で地獄へ落とされることが決まった。だが諦めず、「人間」となることで現世に残ったのだ』

「…………は?」

『魔女には「罰」があるが、天使には「代償」が生じる。人間への転生は果たしたが、その代償として家族にそれを明かすことができなくなった。明かせばその家族が死ぬのだ』

「なにそれ…………」


 きさらぎは絶句した。


「……愛月ちゃんの時と同じってこと?」

『そう、だな』

「………………」


 そして、アレックスを見る。彼はその逞しい肉体が見えないほど小さくなってしまっている。今の説明ではアレックスは、『大迷惑者』でしかない。


「……アレックスさん」

「!」


 呼ばれて。びくりと震える。その様子は、愛月の執事として構えていた『強者』のような雰囲気では全く無い。

 弱々しく自信無さげで、申し訳無さそうにするひとりの男性だった。


「……はい」

「貴方、相当やばいよ」

「…………はい。申し訳ありません」

「でも、私で良かったね」

「!」


 屋上から降りるには階段を通らなければならない。3歳の神奈ではまだ大きく感じる階段だ。

 娘を優しく抱き上げて、踵を返したきさらぎ。


「……今更」

「!」

「知ったからって、すぐには無理。フミ君みたいには、すんなり受け入れられない」

「…………今日のことは聞き逃してくださって構いません」

「それじゃ何も解決しないじゃん」

「っ!」


 家族が居なかった。

 それは彼女もだった。アレックスは、ずっと何年も愛月の元に居たのだ。愛月はずっと、きさらぎの位置を把握していた。

 いつでも会えたのだ。


「私が虐められてる時も。殴られてる時も。レ◯プされてる時も。……ママが死んだ時も。知らん顔してたんだよね」

「………………!!」


 返す言葉など無い。


「私は、最悪良いけど。神奈を、曾孫なんて呼ばないで。どうやって妊娠して、どんな思いで私が産んだかも知らないくせに」

「…………!」


 階段へと歩き出す。神奈はもう、うとうとし始めている。自分を一番愛してくれる母の腕の中で。


「でも、これで『代償』とかいうのが無くなったんでしょ。私が『復活』の奇跡持ちで良かったね」

「!」


 最後に、少しだけ振り返って。アレックスと目を合わせて。


「……お祖父ちゃん」

「!!」


 一度くらいは。

 呼んでみたかったのだ。彼女は家族を、『母』と『娘』しか知らないのだから。


——


——


『(……あれが、アヅキの「隠し玉」か。……もしかしたら、本当に勝算があるのかもしれんな)』


 代償より、奇跡が優先される。否。一度死ねば、代償の『清算』が終わると考えられる。


『(そして……。フミツキも、私に対してあのように思う可能性も高いのだ。自分事として捉えねば)』


 カエルムは今日のことをよく覚えておくことにした。

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