第101話 きさらぎとアレックス
きさらぎが眠る神奈を抱きながら、いつものように屋上へと向かう途中。
「…………~~」
何者かの話し声が聞こえた。先客が居たようだ。
「(最近皆来るなあ。場所変えよっかな)」
そう思いながら踵を返した所で。その声の主が判明する。
「——カエルム様」
「!」
アレックスの声だった。きさらぎは方向転換し、物陰に隠れる。
「(そういえばアレックスさんの話、愛月ちゃんから聞けてないじゃん)」
そっと様子を窺うと、そこにはアレックスとカエルムが居た。
「(カエルムさんも、なんか屋上とか好きそう)」
きさらぎは会話を盗み聞きする態勢に入った。
——
『「様」は止せ。お前は私の伯父だろう』
「ですが。愛月様の旦那様であれば」
『お前は死者に仕えるのか』
「……では、文月様のお父上です」
『…………それはフミツキの大伯父より上なのか』
「はい」
『即答をするな……』
アレックスが、カエルムの伯父であった。きさらぎは当然知らない。そして驚愕の事実でもある。
即ち愛月の伯父でもあるからだ。
『……アヅキを死なせてしまった』
「カエルム様の責任ではありません」
『そうは言うがな。防げた筈だ』
「ならば防いでいたことでしょう。現に間に合わなかったのならば、そもそも防ぐことはできなかったので」
『……慰めだとしても言葉を選べ』
「はい」
『…………』
何やら揉めている……ほどでは無いようだが。カエルムはアレックスと視線を合わせようとしない。彼らの仲は良好では無さそうに見える。
『お前の方は大丈夫なのか』
「今の所は。しかし徐々に違和感を持たれてしまっているかもしれません」
『お前は隠すのが下手だ。昔からな』
「その節は……。カエルム様のお陰でなんとか」
「(私のことかな?)」
アレックスに違和感を抱く人物となれば、自分なのではないかときさらぎは予想する。
何か秘密があり、きさらぎに隠していることは既に分かっている。
「では美裟さんにはそのことは」
『まだ、彼女とはまともに話せていない。操縦室から出てこないからな。当然と言えば当然だが』
「……そうですね」
「(美裟ちゃん? 何か関係あるのかな)」
カエルムとアレックス……。『夜』とは別の立ち位置に居ると思われる男達の会話。
『そう言えば、きさらぎに伝えずに神奈へ「処置」が出来たのだな』
「それは……。我が曾孫ですので。弥生の時と変わりません」
『そうか』
——
「ちょっと待って!!」
「!」
『!』
我慢ができなかった。
聞き捨てならなかった。このまま黙って隠れているきさらぎではない。
「『曾孫』って何!? 『処置』って!? 神奈に何かしたの!?」
「……きさらぎ、さん……! まさか聞いていたのですか」
『…………』
「答えて!」
全く気付いてはいなかったようだ。アレックスは驚愕の表情を見せる。
「…………んぅ」
きさらぎに抱かれる神奈が、母の怒声に反応する。
「…………!」
「ねえ! ちょっと……! 待って」
訳も分からず。飛び出して。
徐々に冷静になってくる。『曾孫』という言葉の意味が、頭に追い付いてくる。
「……なんで……お祖母ちゃんの名前を……」
「待っ……! きさらぎさん! 待ってください!」
神奈を。『曾孫』と。
そして祖母の名を、呼び捨てに。
『(…………これは防げん。「夜」の労働時間は過ぎて、皆眠っていると油断したか)』
誰にも。どうすることもできない。
『こうなる』から。
今まで接触してこなかったのだ。カエルムも、アレックスも。
隠し通すことなど不可能だ。彼らは欲望を優先する『堕天使』なのだから。
「……アレックスさん。は。……私の、お祖父ちゃん、なの?」
「………………はい」
答えてしまった。
「そんな……っ」
瞬間に、きさらぎの心臓は停止した。『代償』の発動である。アレックスは、人間として転生することを望み。その代わりに、堕天使であることを家族に知られれば、その家族が死ぬことになる。
「きさらぎっ!!」
どさりと。前方に、躓いて転ぶように倒れた。最後の最後で身体を捻り、神奈に衝撃が行かないようにして。
アレックスの叫びも届かない。
「………………!!」
きさらぎは死んだ。
——
「私が、死ねば良かったのです。彼女がこの島へ来た時に」
『だがそれはできなかった』
「……私の心が、弱いせいで」
『…………』
どうなるのか。『どう』なるのか、未知数だった。だから、教えなかった。秘密にしていた。
カエルムにだって分からない。勿論、きさらぎの『奇跡』は知っている。
「……ママ?」
『神奈……』
「あっ。てんし。ママ寝たの?」
母が倒れては、流石に目を覚ました。神奈は冷たい地面を触りながら、きさらぎの側に座り込んだ。
『ああ』
「かぜひいちゃう」
『……そうだな』
『代償』による死と。
『奇跡』による復活は。相反するふたつが重なれば。
どうなるのか。カエルムも気にはなっていたが、それで試すなどあり得ない。だから今は、正に奇跡に、賭けるしか無い。
「ママ起きて。おへやで寝よ」
ゆさゆさと、神奈がきさらぎを揺らす。反応は無い。
「……良いよ。今起きて」
それはもう無駄だと、虚しいと。カエルムが思った。
瞬間。
——
「………………ん。けほっ……」
『!』
「!!」
きさらぎが。
「……ぅ。つめたっ。……神奈?」
「ママ起きて。おへやで寝よ」
起き上がった。
始めは何が起こっているか分からない様子で。だが神奈を見て、自分が『死んでいた』のだと理解して。
ゆっくりと立ち上がり、神奈と手を繋いで。
「…………どういう、こと?」
アレックスとカエルムを見た。
「…………これは……!」
『……どうやら、「その」ようだ。説明してやろう』
「私、死んだの? どうして?」
アレックスは驚きに驚き、上手く言葉にできなさそうだとカエルムは推察し、名乗り出た。
『アレックスは元天使だ。だがお前の祖母と出会い、恋に落ちた。娘を授かり堕天したが、その罪で地獄へ落とされることが決まった。だが諦めず、「人間」となることで現世に残ったのだ』
「…………は?」
『魔女には「罰」があるが、天使には「代償」が生じる。人間への転生は果たしたが、その代償として家族にそれを明かすことができなくなった。明かせばその家族が死ぬのだ』
「なにそれ…………」
きさらぎは絶句した。
「……愛月ちゃんの時と同じってこと?」
『そう、だな』
「………………」
そして、アレックスを見る。彼はその逞しい肉体が見えないほど小さくなってしまっている。今の説明ではアレックスは、『大迷惑者』でしかない。
「……アレックスさん」
「!」
呼ばれて。びくりと震える。その様子は、愛月の執事として構えていた『強者』のような雰囲気では全く無い。
弱々しく自信無さげで、申し訳無さそうにするひとりの男性だった。
「……はい」
「貴方、相当やばいよ」
「…………はい。申し訳ありません」
「でも、私で良かったね」
「!」
屋上から降りるには階段を通らなければならない。3歳の神奈ではまだ大きく感じる階段だ。
娘を優しく抱き上げて、踵を返したきさらぎ。
「……今更」
「!」
「知ったからって、すぐには無理。フミ君みたいには、すんなり受け入れられない」
「…………今日のことは聞き逃してくださって構いません」
「それじゃ何も解決しないじゃん」
「っ!」
家族が居なかった。
それは彼女もだった。アレックスは、ずっと何年も愛月の元に居たのだ。愛月はずっと、きさらぎの位置を把握していた。
いつでも会えたのだ。
「私が虐められてる時も。殴られてる時も。レ◯プされてる時も。……ママが死んだ時も。知らん顔してたんだよね」
「………………!!」
返す言葉など無い。
「私は、最悪良いけど。神奈を、曾孫なんて呼ばないで。どうやって妊娠して、どんな思いで私が産んだかも知らないくせに」
「…………!」
階段へと歩き出す。神奈はもう、うとうとし始めている。自分を一番愛してくれる母の腕の中で。
「でも、これで『代償』とかいうのが無くなったんでしょ。私が『復活』の奇跡持ちで良かったね」
「!」
最後に、少しだけ振り返って。アレックスと目を合わせて。
「……お祖父ちゃん」
「!!」
一度くらいは。
呼んでみたかったのだ。彼女は家族を、『母』と『娘』しか知らないのだから。
——
——
『(……あれが、アヅキの「隠し玉」か。……もしかしたら、本当に勝算があるのかもしれんな)』
代償より、奇跡が優先される。否。一度死ねば、代償の『清算』が終わると考えられる。
『(そして……。フミツキも、私に対してあのように思う可能性も高いのだ。自分事として捉えねば)』
カエルムは今日のことをよく覚えておくことにした。




