第100話 川上家の一員
「では、出発します」
「ああ、頼む」
「(まあ、そうよね)」
その後の披露宴も二次会も三次会も四次会も終えた、翌々日。
まだアルバート達は五次会をしているらしいが、それは放っておいて。
九歌島は再び『天界』へ向けて進路を取り始めた。操縦室へと集まり、到着まで釘付けである。
つまり。
「(初夜なんて無いわよね。まあ分かってたけど)」
美裟は少しだけテンションが下がっていた。昨日まではあんなに盛り上がっていた、その主役であるのに。
「美裟? どうした? 大丈夫か?」
「……何も無いわよ」
「そっか」
「(何こいつ。ふたりきりでイチャイチャしたいのってあたしだけなの?)」
文月は、この『宇宙魔術』の要である。
魔女3人で扱うこの魔術は、『罰』が重く、すぐに死んでしまう。それを防ぐ為に、文月が常に近くに居る必要があるのだ。彼の『奇跡』で癒す為に。
つまり移動中、彼が美裟とふたりきりになることは無い。
約1ヶ月間。
「(まあ元々そんなに性欲無いわよねこいつ。ムカつくことに。なんであたしだけ)」
まだまだ新婚という状況に浮かれていたい美裟とは反対に、文月はもう正常に戻っていた。淡々と、冷静に魔女達に指示を出して、魔術を起動させている。
「……凄い不機嫌よ。美裟様」
「何となく分かるけれど……気まずいね」
魔女達も察している。そりゃそうだと。せっかく結婚したのだ。なのに夫が次の日から仕事まみれなのは嫌だろう。
「別に気にせずここでヤッちゃえば良いのにね」
「馬鹿。私達はウゥルペス様で慣れちゃって感覚麻痺してるのよ。普通は嫌よ。自分のセックス見られるなんて」
「そっか」
「そもそも文月様がそんな人に見えないし」
「確かに。真面目だもんね」
彼女達魔女は、悪魔ウゥルペスとの契約魔女である。総勢10名居る彼女達は、基本的に『悪魔の契約』である乱交をウゥルペスと行っている。
一般的な日本人の感覚ではあり得ないことである。文月と美裟がそんな道に進むとは思えない。
「(……なんかピーチク言ってるわね)」
「!」
すっ、と。視線を投げる。それは見るというより睨むに近い。否、貫くに近かった。魔女達はびくりと背筋を震わせて、雑談を止めて魔術に集中し始めた。
「はぁ。まあ良いわ。訓練でもしてこ」
「どっか行くのか?」
「ええ。たまには身体を動かしてくるわ」
「あっ。美裟様」
「?」
兵士と格闘でもして発散しようと思い、やれやれと立ち上がった美裟に、魔女のひとりが声を掛けた。
「なによ」
「到着予定は、7月7日です」
「? それが?」
「……いえ。ウゥルペス様曰く、『天界の射程範囲は7日』だそうなので、それまでには戻っていただけると良いかと」
「…………?」
「天界の防衛魔術みたいのが、7日の距離まで届くってことだろ」
「なんですぐ理解できてんのよあんた。……まあ分かったわ。ていうか別に、夜は戻ってくるわよ」
美裟の仕事は、文月の護衛である。できるだけ、文月からは離れない方が良い。
だが今は戦闘中でもなく、操縦室は最も安全な位置にある。多少は問題ないだろうと判断することは間違ってはいない。
「(ていうかナチュラルに自分達より文月の命を考えるこの子達も凄いわね。……魔女は自身の危険には疎い、か)」
いくら契約しようと。『罰』を恐れていては魔術など扱えない。文月が近くに居ない魔女の方が多いのだ。
そんなことを考えながら、美裟は外へ出た。
——
——
「おっ。人妻!」
「は?」
「川上美裟さん!」
「は?」
「美裟様!」
「美裟様っ」
「は?」
城内を歩いていると。人に出会う度に挨拶をされる。
聞き慣れない呼び方で。
「……なんかあんたら、馬鹿にしてない?」
「そっ。そんなことは無いですぜ美裟様?」
「ていうか『美裟様』って。……この間まで『嬢ちゃん』だったじゃないの」
「いやいや、ボスのお嫁さんですからね。『姐さん』ていう案もありましたがね。俺はそっちのが似合ってると思いますが」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃない」
「いやいやいや! そんなことは……。なんで拳を振りかぶってるんで?」
「訓練よ」
「はぁっ!?」
ちょっとでも鼻に付いた兵士には『訓練』をしながら、城内を練り歩いていく。
——
「——奥様」
「!」
またか、と振り返ると。
メイドのひとりが立っていた。エマではなく、確かエリスだったかと考えて。
「な、なに?」
「『川上家——愛月様の所有していたモノ』について。お時間いただけないでしょうか」
「!」
このメイド達は。そういえば『夜』とは別である。『川上家』に直接雇われた使用人だ。
それは、愛月が死んだ今、全ては文月へと引き継がれるだろう。
「どうして、あたしに?」
「カエルム様は拒否なさいました。文月様ですが、今は『奇跡』にお忙しいご様子です。何分『夜』とは別のお話ですので、魔女にも聞かれたくは無いのです」
「…………」
皆の前で、正式に『川上家』の一員となった美裟は。その話を聞く立場にあると。そう伝えている。
「(……愛月さんの、遺したもの)」
かつて言われた、愛月の言葉が甦る。
——
『わたしは、あなたが文月と一緒になってくれたら本当に嬉しいわ。だから、ちゃんと「家族」になって頂戴。ね?』
——
「……分かったわ」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
美裟様ではなく。
奥様と、呼ばれて。
ようやく、美裟に自覚が生まれた。
「(あたしはもう、川上家なのよ)」
——
——
愛月の代から。
殆ど具体的な指示を出さすに。
文月も、遠慮しがちで殆ど指示も無く。
どうしてこの集団が、うまく運営されていたのか。
「お待ちしておりました。美裟様」
「えっ。アレックスさん?」
「私の自己紹介はもう要りませんね。こちら右手から、フランソワ・スチュアートとブライアン・フェニックス。私と3人で、『執事長』を務めております」
それは単に。
『愛月を信奉する超有能な部下が3人も居た』からに他ならない。愛月のやりたいこと、やって欲しいことを素早く察知し、各所に根回しをし、フォローし、支え、実行し、運営してきた。
そもそも、アルテとセレネを日本へ送る際にも、愛月の手紙では伝わらないと思い、別の手紙を双子に持たせたのはアレックスだ。
「いやまあ……3人とも、一度戦ってますよね」
「その節は大変ご迷惑をお掛けいたしました」
「謝る必要も無いですけど……」
一応面識はある。金星で、文月を島から出す時に対峙している。
「本日はですね。『川上家』が持つ資産。これの把握をお願いいたします」
「資産……」
案内された部屋は、高級そうなテーブルとソファが置かれた広めの部屋だった。本棚や観葉植物もある。カーテンや絨毯も赤と金色で装飾されており、これまでの部屋とは違った印象を受けた。
促されて、ソファに座る。
「はい。現在、愛月様の権限を用いて我々が全て管理しています。ですが本来は、重要度的に他人に任せるような業務ではないのです」
「ああ……なるほど。愛月さんらしいと言えばらしいですね」
「ええ。地上が災害に見舞われた現在ではこの島と月影島、堕天島のことと、人的資産。つまり44名の従者です」
「……それだけを、養えてるのよね」
「はい。現状問題はありません。しかし、家長が何も把握していないのが問題です」
「そうね。……後で馬鹿を殴っておくわ」
「…………それにつきましてはなんとも」
「冗談よ。進めてちょうだい」
アレックスはテーブルに、資料をいくつか置く。それは履歴書の束のような従者のリストや、決算書のようなものもある。
「……?」
その1枚に記載された言葉に、目を奪われる。拾い上げて、詳しく見た。
「死亡事故?」
「ええ。その件は、組織内で起きた、喧嘩ですね」
「喧嘩って……なにそれ」
「数年前の話です。まだ、愛月様の影響力も低かった頃。我々は無法者ですから、一定の文化水準まで引き上げるのに時間が掛かったのです」
「……組織内での犯罪者ってことね」
「ええ。愛月様はお嫌いでしたが、急いで我々がルールを定めました。どの国にもあるような、初歩的で簡単なものだけですが」
教育を受けた者だけが集まっている訳ではない。過去には組織内に学校も設けたことがあるらしい。
『夜』の歴史も、資料のひとつとして存在する。
「愛月さんに報告は?」
「近年はもう、逐一行ってはいませんでした」
「じゃあ再開ね。あたしには全部持ってきて」
「かしこまりました。ですがもう、起こる事といえば小さなものですが」
「何が起きるかは分からないじゃない。世代交代したばかりだし」
——
「…………責任」
44人を養う。
108人を率いる。
666人で、歩幅を合わせる。
「背負ってやるわよ。あたしが、文月を支えるんだから」
覚悟は既に決まっていたが。改めて兜の緒を締めなければならない。
文月には『天界』に集中してもらいたい。その分、『家の事』は自分がやるのだ。
強く、そう思った。




