表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

傲慢勇者のひとりごと

作者: 相川

 

 さぁ、ここが正念場だぞ、ルーキウス。

 本当の強者となるために、必要なことだ。

 怯えるな。引き攣るな。震えるな。

 いつものように、バカ面晒してニヤけてろ。


 わかってるだろう。

 今のお前に必要なのは、窮地と修羅場だ。

 守られているだけのおぼっちゃまじゃ、先はない。


 嫌な気分にさせるだろう。

 割り切れ。それが今までの怠惰に対する罪だ。



 今日、俺たちのパーティは、それはそれは見事な惨敗を始めて経験した。

 無様にも敵将に情けをかけられて、どうにかこうにか這い蹲ってここまで戻って来た。

 仮にも「勇者一行」と呼ばれる、そんな俺たちが、だ。


 原因は俺にある。

 戦闘中に真っ先に倒れたのは、盾役である聖騎士のおっさん。

 精霊の加護を使い、味方のダメージを肩代わりする形で俺を守り、俺が敵の攻撃に正面から突っ込む。

 今までの戦いでは、それでうまくいっていた。

 おっさんの耐久力は、俺の受けた攻撃のほぼ全てを無効化するほどに高かったから、聖女の回復魔法も俺にかけるよりも効率がいい。


 けれど、今回の敵は違った。

 全ての攻撃が俺にとっての致命傷で、おっさんにとっても軽いものではなかった。

 次第に聖女の回復魔法が追いつかなくなり、おっさんは倒れた。

 そうなってしまえば、後はもうどうしようもない。

 聖騎士の盾無しに俺が敵の攻撃を耐えられるはずもなく、前衛は瓦解。

 それを見た後衛は、俺たちを背負って撤退した。





「おい、聖騎士様」


 俺たちが惨敗した敵将のお膝元。

 その森の奥深くにある崖下の洞窟。

 今の野営地であるそこに戻って来たのは、昨日の日暮れ時だった。

 馬で運んで来た物資をそこに隠し、拠点として活用し始めたのは一週間前のことだ。

 居住空間としてみれば簡素というより質素というようなその場所は、一時的な拠点としてみれば破格の設備と言っていい。


 そんな薄暗い空間の中で、俺はいつもの五割増し不遜な態度で、座ったまま静かに目を閉じている聖騎士のおっさんに話しかけた。

 同じパーティである聖女と魔法使いは、布で作られた簡易カーテンの向こう側で眠っているだろう。


「なんだよ、あれ」

「…あれ、というのは、昨日のことか?」

「っ、それ以外に何があるんだよ。お前が真っ先にやられちまったあの戦いのことだ」


 俺の態度に何の興味も持っていないような静かな瞳に見つめ返され、思わず目を逸らす。が、ここで踏ん張らなければ俺に、俺たちに未来は無い。


「…戦い、だと?」

「ああそうだよ。お前が真っ先にやられたから、パーティが崩れた。この責任をどうしてくれるんだ…ッ!」


 視線に負けないように、立ち上がって足を一歩踏み出す。

 聖騎士はそんな俺を、変化のない冷めた目で見つめる。かと思えば、目はそのままに唇を釣り上げ、心底可笑しそうに笑った。


「…はっ、はははは…」

「何がおかしい!」

「何が? 全てだよ。自分の責任を認めないばかりか、私に全ての責任があるような口振り。敗退の理由を考えもしないその短絡的な思考は、そのまま君の、果ては我らの敗因に繋がるというのに、それを恥とも思わず、何も学ばないまま相手に詰め寄るその態度。挙句にはその震えている足だ。笑うなという方が難しい」


 スラスラと出てくる言葉は、そのまま槍となって突き刺さるかのように俺を苛む。

 足が震えているのは事実だし、言い返すことはできないが、それを指摘されて思わず頭に血がのぼる。

 事実だし、全面的に責任のあることは自覚しているが、その考えを今出してしまっては意味がないので、とりあえずその思考のままに口を動かす。


「うるせぇ、言い訳してんじゃねぇよ! そんなにあの戦いでの責任を認めたくないのかよ。やっぱお前のせいじゃねぇか!」

「それがまさにお笑い種だと言っている。そもそもあれが戦いだと? 一方的に蹂躙され、相手に傷一つつけられない、最後には情けをかけられ背を向けたあれはもはや戦いではない、ただの遊戯だ。それも相手からすれば一時の暇つぶし。もしくは虫ケラを追い払うようなものだっただろう」


 容赦のない言葉はどこか自嘲的な部分も含められているように感じたが、その冷たい視線は変わらず俺に向けられている。


「…そうだ。我々の誰も、手も足も出ず、ただ手の一振りで逃げた羽虫のようなものだった」

「あの戦いで真っ先に倒れたお前が、それを言うのかよ。言い訳のつもりか? お前がもっと耐えていれば、俺はまだ戦えた。前衛が崩れたのはお前のせいだ。

 おい。そっちで聞き耳立ててるお前らも、こいつと同じだ! 魔法の援護があれば俺はもっと楽に動けたし、回復がショボいから俺が倒れた。全部、全部テメェらのせいだよッ!!」


 俺の声は、洞窟に大きく反響した。

 その後に訪れた静寂に響いた鈍い音は、聖騎士のおっさんが放った拳による一撃が俺の当たった音だと、吹っ飛んだ先で地面に倒れこんでから気がついた。


「…私が、悪かった


 お前に、勇者などという驕りを持たせてしまった、私達が悪かったのだ」


 その一言が決定的だった。

 嗚咽を堪える聖女の声に心臓が握りしめられ、魔法使いの矢継ぎ早な罵声が頭に響く。

 それらは、ズキズキと痛む頬と同じくらい、とても痛かった。



 三人が洞窟を去り、どれ程の時間が経っただろうか。

 ぼう、と見つめていた岩肌の天井は、暗くなった洞窟では底無しの闇に思える。


「痛ェ…」


 こんなに痛みが長引いたのは久しぶりだ。いつもなら聖女かおっさんの回復魔法ですぐに治してもらっていた。


「あのおっさん、何気に多芸だよな…」


 戦闘ではパーティの盾役として最前線に。

 回復魔法で小さいかすり傷程度なら数秒で完治、骨折でも一日中には動かせるようにできるし、それより大きなものでも死んでなければ応急処置で命を繋ぐことができる。

 野営地の選定から地均しの魔法、斥候の役割まで、本人は所詮は真似事で本職には敵わないと言いつつも、初心者からすれば高いレベルでそれらをこなす。


「はは、おっさんがいなかったら、今頃どっかで死んでるな」


 わかっていたことだ。

 おっさんだけではない。性別不詳の僕っ子魔法使いも、貴族の娘で箱入りな聖女も、パーティには不可欠な存在だった。

 二人の存在が俺たちの強行軍を支えていた。

 その足を引っ張っていたのは俺で、俺の存在が足枷となっていたことも。

 彼らの存在が俺にとって心身ともに支えとなり、俺が彼らに引っ張られていたことも


 全部、わかっていたことだ。

 だから、彼らと離れる必要があった。


 昨日の戦いでその事実が波となって俺たちに襲いかかってきた。

 例えばもし俺が、おっさんの消耗に気付いて突っ込むのをやめていれば。

 魔法使いの援護を意識した立ち回りができていれば。

 恐怖に打ち勝ち、聖女の回復でおっさんが戻ってくるまで時間を稼ぐようなそんな立ち回りでいれば。


 普段からああしていれば、あそこでこうしていれば。

 今となってはもう遅い反省だ。

 だがそれでも、強く感じてしまったのだ。


 俺が考える頭を持っていれば。

 敵に立ち向かう勇気があれば。

 俺に、力があれば、と。


 そう思ったからこそ、俺がパーティを追放される必要があった。

 もし仮に、あの時あの場所で、俺ではない誰か、俺より強い誰か、俺より頭を使って、俺より話を聞く誰かがいれば、あんな醜態をおっさんに晒させずに済んだだろう。

 だから、おっさんに意味不明な理論で責任を押し付け、魔法使いと聖女の技量不足をがなり立てた。

 まるで俺には力があったかのように。

 あの場に立つのに、俺だけが相応しかったのだとでも言うように。

 本当は真逆なのに。


「…悪いこと、したなぁ」


 特に聖女は箱入りなだけあって、人から向けられる悪感情に慣れていない。そんな中で普段からともに行動することの多いパーティメンバーからあんな態度をとられてしまえば、号泣して心が折れてもおかしくはない。

 その点で言えば魔法使いは大丈夫だろう。俺に色々と言っていたし。表情は見ていないが、俺がいなくなって清々していることだろう。

 おっさんは…


「やっぱり、わかってんのかね」


 俺の意図を、意志を正確に読み取り、その上でのあの行動かもしれない。おっさんなら、それくらいわかっていそうだ。


 次に会った時には、きちんと謝ろう。

 悪かったのは俺で、三人は悪くない。全部俺の独断で、おっさんは何も関係ない。


 そうだ、これが俺の選択だ。

『人生は選択だ』ってのは、おっさんの人生論だったか。いや、何かの本の引用だったな。


『何かを選び、何かを選ばない。選ぶことで何かを得るなら、選ばないことで何かを捨てることと同義である』


 俺は強さを選んだ。もう誰も傷つかないように。

 俺は仲間を選ばなかった。もう甘えてしまわないように。


 求めるなら目標がいる。途中で挫けないような、でも手が届かなくて諦めることがないくらいのもの。

 物語の英雄譚は壮大で憧れもしたが、俺が目指すには高すぎるし、何より具体性がなくて曖昧だ。

 だったら、身近な人にしてみよう。


 そう思い、真っ先に浮かんだのが、いつも前を歩く大きな背中だった。

 俺に父親はいない。顔も知らない。

 けれど、だからかそれは、俺にはとても大きく見えた。

 目の前に立ちはだかるように、激流を遮る壁のように。

 いつも目の前にはおっさんの背中があった。


 いつか、胸を張って堂々と言えるように。

 あんたの背中を追いかけたんだと、誰から見ても恥ずかしくないように。


 俺、知ってるんだぜ。母さんがあんたを見てたこと。

 あんたも母さんを見てたこと。

 いつか、本当にそうなれたら。


 その時は、褒めてくれたら、嬉しいかな。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ