あいたかったよ
サトルが帰ってくる頃には、トモヤはすでに眠っていた。しかしリビングは明るくて彼の帰りを待っていたトモヤの祖母であり自身の母であるヨシコは、ソファーに腰かけてテレビを見て笑っていた。
「あれ?父さんは?」
「トモ君と一緒に寝ちゃったわよ」
「また?」
そういってクスリと二人で笑うと、ご飯食べる?先に風呂入ってくる、とお決まりの会話をして、今日もいつも通りに話題はトモヤの事になる。今年幼稚園に入園したトモヤは、新しいお友達に囲まれて毎日充実しているようだった。
「トモ君、幼稚園で大人気みたいよ?」
「へぇ?そうなの?」
「えぇ、優しくてかっこいいって。絶対にアキホさんに似たのよ、家でも気の利くいい子だもの」
「・・・それって俺は気が利かないってこと?」
「・・・さて、明日の準備でもしましょうかね」
ヨシコはそそくさとその場を離れてしまって、言い返す相手がいなくなってしまった彼は不完全燃焼な気持ちのまま遅めの夕飯を口にした。それは長年慣れ親しんだ所謂おふくろの味なのだが、結婚する前にしっかりとアキホに胃袋を掴まれた彼はアキホの手料理も食べたいなぁ、なんて考えていた。
いつも通りに仕事をしていた彼は、夕方頃に自身のスマホを確認して今まで経験したことのない焦りに襲われた。画面には見たことないくらいに着信とメールの受信履歴が残っており、詐欺や迷惑メールの類なのではないかと最近の自分のインターネットの検索履歴を頭の中で思い返した。何もおかしなことはしていないはず、と自身を落ち着かせながら着信ボタンをタップすると、電話をかけてきた相手は延々と『母』もしくは『父』と表記されていた。いったい何事かと今度は別の不安が襲ってきて、今度はメールの受信ボックスをタップした。そこには数件のメルマガと、やはり送信者欄に『母』と書かれたメールが届いていた。その一番上にある最新のメールをタップして内容を確認すると、彼はいそいで仕事を切り上げた。職場の人たちもなんとなく事情を察して笑顔で送り出すと、スマホで母に電話をかけながら走り出した。
やっと会える、やっと会えると気持ちはどんどん急いていく。たどり着いた病院で彼は息を整えた。スーっと扉を開けて病室に入ると、自分の両親と息子のトモヤ、そしてベッドに座っている妻のアキホがいた。
「あら、お帰りなさい」
アキホが明るい声で言った。
「た、ただいま」
「ちょっと遅いじゃない!アキホさん頑張ったのよ!ねぇ!?」
「いいですよ、お義母さん。平日ですし、仕事あるのはわかってましたから。ねぇ、サトルさん明日は仕事休みよね?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「よかった。あなたにも早く会ってほしいもの」
「パパ!ぼくね、おにいちゃんになったよ!」
「そうよねぇ!トモくん、お兄ちゃんだからママのお手伝い頑張るんだもんね?」
「うん!おばあちゃんといっぱいれんしゅうしたもん!」
「さぁ、あんまり長居してもアキホさんも疲れるだろ。そろそろ帰ってまた明日来よう」
「ありがとうございます、お義父さん」
「じゃあね、アキホさん」
「ママ、また明日ね」
アキホのいる病室から両親と息子のトモヤが出ていく。それに続こうとしたサトルはしかし、もう一度アキホに向き直った。
「アキホ、お疲れ様。ありがとう」
「フフッ、どうしちゃったの?急に」
「いや、出産って本当に大変だって職場の人に言われて。お礼言っとけよって、それで・・・」
「それで律儀に言ってくれたの?ありがと。でもそんな裏話しないで、純粋に俺の気持ちって言ってくれたらもっとかっこよかったのにね」
「あ!そっか・・・」
病室には二つ分の笑い声がした。