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「どうやら地球が最期らしい」  作者: 見上まくら
5/8

晴れたらいいな

 ショウタは既にこの事に興味を無くしていた。テレビでもネットでもラジオでも新聞でも、何を見ても地球滅亡に関する事ばかり。本当のところはどうか知らないが、どうせ助かるのはほんの一握りの人間だけでその他大勢はきっと跡形もなく消えてしまうんだろうな、と思っているからだ。

 通学途中にあるビルに埋め込まれた大型テレビは、今までの日常では天気予報だったり新曲の宣伝だったり近くの飲食店の宣伝なんかもたくさん流れていたが、今となっては天気予報と地球滅亡まであと〇日というお知らせが大半を占めており、真新しい情報はとても少なくなっていた。情報過多な日常からは解放されたが、こう毎日同じような内容ばかりで、しかもそれがあまり進展しないとなると飽きも早いしなにより味気ないものでしかなかった。それでも彼は習慣のように大型テレビを横目で確認すると、今日は晴れのち曇りで地球滅亡まであと十九日となっている。


 学校は随分と閑散としていて、本当に勉強がしたかった人間なんてこんな人数しかいなかったんだと思わせるくらいしか登校していない。彼がいつもつるんでいた友人たちだって登校を放棄していて、SNS上では今日もどこかで楽しそうにしている写真がアップロードされている。優しい友人たちはSNSや電話で彼にも参加を呼び掛けたが、その都度「今日は気分じゃない」「今日は予定がある」なんて当たり障りのない返事を返しては参加を断っていた。それでも毎日のように連絡がくるのだから、自分は好かれていたし優しく良き友人を持ったなと嬉しく思っていた。

 ショウタはけして真面目なタイプではなかった。今までだって寝坊で遅刻をした事だってあるし、先生に怒られた事だってあるし学校をさぼった事だってある。勉強が好きというよりは友人たちに会う為に学校に行っているようなもので、将来的な不安はあれどとにかく遊ぶことが楽しくて仕方なかった。それなのに彼は今、これまでの自分とは相反する行動にでている。毎日決まった時間に学校に登校し、真面目に授業を受けて帰る。いや、真面目には受けていない事もあるが学校を欠席する事は無くなった。

 トントントンと静かな廊下に彼の足音が響く。これから彼が授業を受ける教室の隣の教室からは控え目な話し声が聞こえていて、それは何を話しているのか内容までは分からないが楽しそうな事だけは僅かにもれる声を聞いているだけでも理解できる。彼はその様子を怪しまれないように歩きながら前側の扉から横目でチラリと室内を覗き、真っ直ぐと進んで後ろ側の扉からもまたチラリと覗き見た。そして一人の女子生徒を見つけると気持ちが急浮上して今日も登校して良かった、と自然と笑顔になった。

 あまりやる気の感じられない教師の授業が淡々と進んでいき、まばらにある空席のおかげで風通しの良い室内は、窓からの心地のよい風をまた廊下側のショウタの席へと連れてきた。どんなに過ごしやすい気候でも環境でも今の彼が満たされる事は無く、彼が一番欲しいものは未だ手に入らずそれどころか近づくことさえままならないままだ。隣の教室にいるマエダさん。彼女とはついに会話する事どころか同じクラスになることさえなかった。しかし、ショウタは彼女に密かに思いを寄せていたのだ。派手な感じはなく、どちらかというと目立たないタイプの彼女は、以前校内で着物姿で歩いている所を目撃し、その清楚な立ち居振る舞いと目が合った時にふわっと微笑まれてしまってから、ショウタの心は彼女に奪われたままだ。後に彼女が茶道部の一員であると友人の友人の友人の友人伝えで知ったときは茶道の事はよく分からないが教科書の千利休のページだけをしっかりと暗記した。それで彼女と接点が持てたわけではないけれど。

 一向に進展しない自分と彼女の関係にモヤモヤして、今までどうやって女の子たちと友人関係を築いてきたのかさえ分からなくなって、彼女に近づきたい思いと諦めがせめぎ合う日々を過ごしている中、ついにその日が来てしまった。マエダさんが学校に来なくなった。


 通学路にある大型テレビには、地球滅亡まであと十四日と記されている。途中で休日を挟んだが十九日を最後に彼女の姿は見ていない。連絡先を知らない、家の場所も知らない。共通の近しい友人もいない。話したことすらない彼女の事を捜す術を、ショウタは持ち合わせていなかった。

 「マエダさん、いる?」

 これは彼自身も驚くことで、彼女とよく談笑している姿を見る名前も分からぬ女子生徒に声をかけていた。声をかけられた方も驚きでえぇっと、その、と言葉に詰まってしまっていて、二人で慌てている姿は周りから見ると怪しいものかもしれないが、そんな事を気にする人はこの教室に誰もいなかった。

「・・・ご、ごめん。やっぱりなんでもない」

その一言を口早に伝え教室を後にして、ショウタは自分の教室に戻りてきとうな席に着くとその場で突っ伏した。あぁ、これは大失敗だ、と後悔するとともに明日は友人たちと遊びに行こうと意識を他にそらすことに徹した。


 「あの・・・」

 ショウタの近くで女性の声が聞こえて、見ていたスマホから顔を上げた。そこにいたのはいつも遠くから見つめるだけだったマエダさんで、ショウタは今、驚きで返事をする事も忘れて頭の中をたくさんの疑問符で埋め尽くしたままかける言葉一つ見つけられない。なぜ彼女がここにいるのか疑問に思っても口はポカンと開いただけ。そんなショウタを見つめるマエダさんも頭に疑問符を浮かべているようで、彼からの言葉が無いと分かると彼女の方から口を開いた。

「急にごめんなさい。私に何か用事があったみたいだって友達から聞いて・・・。なんだったのかなって思って聞きにきたんだけど、きっと人違いだよね?私の事知らないでしょ?」

 初めて間近で聞いたその声は見た目通り優しくて、想像通りだな、と思っている間に彼女は話終えてしまっていた。急に話しかけてごめんね、と最後にまた謝ると、彼女はショウタに背を向けてしまった。すると彼は慌てて立ち上がり自分でも思った以上に大きな声で彼女を呼び止めた。少ないクラスメイトが一斉にショウタを見つめたが、今の彼にはマエダさん以外視界に入っていない。呼び止められた彼女がこちらを向く。こんなチャンスは二度と無いのだ、無駄にするものか、とショウタは深く考える事なく思ったことを口にした。

「間違いじゃないです!あなたと話したかったんです。・・・ちょっとだけ、いいですか?」

 すると彼女はチラリと腕時計を確認すると、いいよ、と一言返事をして微笑んだ。時計はもう少しで次の授業の始まりを伝えようとしていたが、ショウタにとってそれはもうどうでもよかった。


 「学校、出よっか」

 そう提案したのはマエダさんのほうで、優しい声色と清楚な見た目に反してその口から紡がれた言葉はどことなく妖しい雰囲気を纏っていた。自分の心臓がバクバクと脈を打っている事が手に取るように分かるショウタは、この鼓動がマエダさんにも聞こえているのではないかと錯覚する程に緊張しているし口も渇く。何も気の聞いた事は言えなくて、ただただ彼女についていくだけのショウタは、本当なら彼女の前を歩いてリードして、彼女の興味を引きそうな話もして、自分といると楽しいと思ってもらいたいのだが、現実はそうはいかないらしい。第一、彼女の興味を引きそうな話題なんかをショウタは知らないのだから。

 「ここでいいよね?」

 二人がたどり着いたのは近所の公園で、普段なら少し先にある保育園の子供たちと保育士さんたちが散歩の休憩などに使用している場所なのだが、生憎こんな御時世じゃあ誰もいない寂しい空間になっていた。

 「それで?私に何の用事だったのかな?」

「えっ!いや、あの・・・えっと・・・」

 マエダさんは楽しそうに言った。ショウタは視線をさ迷わせながら一生懸命に言葉を探す。好きです、の一言がどうしても口から出なくて、あれ?告白ってこんなに緊張するものだったっけ?という言葉だけが頭の中を支配した。

 言葉が出てこなくてもマエダさんは何も言わない。ただ一人で滑り台を滑り、うんていを三本目まで進んで諦めて、今はブランコに揺られている。ブランコの対象年齢から大きくずれてしまったらしい彼女には、それは少し小さくて上手く漕ぐ事が出来ていないがそれでも彼女は揺れていた。その後は砂場で小さな山を作り、一人でシーソーに座って、最後に鉄棒の前に来て前回りをしようとして止めた。

 ひとしきり遊んで満足したのか、それとも飽きてしまったのか、それは彼女にしか分からないが、何の前触れもなく彼の隣にあったベンチに腰かけると、空いている隣をトントンと叩きショウタを見上げて、そこでようやく彼を意識したかのように彼に向かって話しかけた。

「ねぇねぇ、こっちに座りませんか?」

「あ、はい」

「・・・それで?覚悟は出来ましたか?」

「ッ!」

 マエダさんは全てをお見通しですよ、と言わんばかりにショウタを見つめている。いよいよ後にひけなくなったショウタは生唾をゴクリと飲み込んだ。言うしかないんだ、と何度も自分に言い聞かせる。言わなきゃ後悔する事も分かっている。結ばれればラッキーだし、フラれてしまっても地球だってあと少しで無くなるんだから傷は浅いだろう。大丈夫、大丈夫。あとは好きの二文字を言うだけだ。

「あ、あの!マエダさん!ーーーー



 顔を真っ赤にした少年に少女は優しく微笑んだ。

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