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「どうやら地球が最期らしい」  作者: 見上まくら
2/8

誕生日だけどさ、

 朝からバタバタと家を出て行こうとしているのはタカトの姉、エリカだった。

「あんた何も今日まで出勤する事無いんじゃない?」

 母が玄関で靴を履いている自分の娘に向かって呆れたように言った。

「だって今日火曜日じゃん。普通に仕事あるし」

 ピシッとスーツで決めた彼女は出勤する気満々である。初めて入社した会社は彼女にとってやりがいを感じさせてくれる場所らしく、辛い事もあれど仕事が楽しくて仕方がないのだ。

「会社はどこも休みだろ」

 外を眺めていたままの父が声をかけた。

「お父さんもそんな事言うの?だいたいねぇ、みんなデマ情報に振り回され過ぎなの!そんなわけないじゃん。私、もう行くからね」

「ちょっと、エリカ!?」

 両親の声は届かず、彼女は職場へと向かってしまった。


 ノシノシノシと階段を降りる音が聞こえて母は斜め右を振り返ると、クタクタのスウェットに身を包んだ息子のタカトがまだ寝惚けた顔で坊主頭をかきながら二階の自室から降りてきたところだった。

「おはよう、ご飯出来てるわよ」

「食うわ」

「はいはい」

 寝惚けたままでも食欲旺盛な自分の息子を見て微笑ましく思った母は軽い返事をして涙を必死に堪えた。あんなに小さかった息子は、今は自分の身長も簡単に追い越し、愛する旦那と同じ背丈になった。昔は引き締まった体格でかっこよかった旦那は、今はその面影もなく中年太りしてしまったが、結婚記念日や誕生日に花を買ってきてくれるところは今も昔も変わらない。

 黙々と食事を進める息子とは対照的にゆっくりとコーヒーを啜る両親は、普段は付けているテレビを消してカチコチと響く最期に向けた時の流れを何を言うでもなく聞いていた。もうすぐ最期かもしれない、そう思っても両親の定位置は変わらない。母は年季の入ったソファーの上で、父はお気に入りの座椅子の上で。近くもなく遠くもない距離感を保ったまま過ごしていた。


 「ご馳走さま」

 腹が満たされ眠気も覚めたタカトがまた部屋に戻っていく。

「タカト、最期くらい一緒に居てくれてもいいんじゃない?」

「着替えてくるだけ」

 そう言ってまたノシノシと階段を上っていく。普段は部活部活の毎日で、部活が無い日は友達と遊び歩くようなタカトは、今日だけは家族の側に居てくれるみたいだった。前日の夜急に、明日はどこにも行かないから。と告げたタカトに対して両親は呆気にとられたものだった。二人とも、明日はタカトは友達と一緒に居ると思っていたからだ。

「なんか、すっかり逆になっちゃったみたいね」

 母が言う。

「そうだな」

 父はどこか寂しそうに答えた。エリカが就職する前は、彼女はあまり家族から離れたがらない子供だったからだ。人と接する事が苦手で、他人の輪の中に一人で入っていく事も出来なくて、よく両親のどちらかの後ろをついて歩くような子供だった。それが今じゃエリカが外へ、タカトが中へ。昔と全く逆になってしまったみたいだった。


 カチコチカチコチ時計が刻む。

 ポツリポツリと会話をするくらいで、あとはゆったりとした時間が流れるだけだった。タカトは両親と会話をしながらもスマホは手放さず、やっぱり友達と居たかったのかな。なんて両親は少し申し訳なく思うと同時に自分達を選んでくれたことに感謝した。


 時計の針が重なりそうな昼前、突然ガチャガチャと鍵を回す音がした。

「全く、みんなしてデマ情報に踊らされすぎ」

 仕事に向かったはずのエリカが帰宅したのだった。その表情は全く納得しておらず、眉間にはシワがくっきりと見てとれ、結局は仕事など出来る状態ではなかったのだろう。

「着替えてくる」

 不満を隠しきれない顔のまま衣類用の消臭スプレーを手に持って自室に向かったエリカを見て、母はクスリと笑ってしまったし、父はどこか嬉しそうな顔をした。

 ラフな格好に着替えたエリカは、消臭スプレーと一緒にひとつの小さな黒い紙袋を携えてやってきた。

「エリカ?何、それ?」

 最初に気がついたのは母で、その一言で視線がエリカに集まる。すると彼女はなんでもないかのような顔と声でそれをタカトの前に差し出した。

「誕生日、おめでと」

「え・・・どうも」

「あら!なになに?何買ったの?」

「いつの間に買ってたんだ?」

 祝われたタカト本人よりも興味を持ったのは両親の方で、母はキラキラした目で早く開けないの?とタカトを急かした。言われるがままに袋から取り出したタカトの目の前に現れたのは、紙袋同様に長方形の黒い箱でずっしりと重量感を感じさせる物だ。明らかに高そうなソレを見て幾分か緊張しながら箱を開けると、中には上品そうな、しかし男性が身に着けても華奢にならないデザインの腕時計が収められていた。

「コレ、高かったんじゃないか?」

 普段はあまり表情の変わらない父が少しだけ目を見開いて言う。

「高いかもね。でもいいんじゃない?来年は大学生だしちょっとくらい高いもの着けてても」

 エリカは本当に値段の事を気にしていないようで、タカトが開封するのを見届けると冷蔵庫にあったお気に入りのジュースを取り出していた。

「あんたずいぶん奮発したわねぇ」

「だから、本当にそんなんじゃないってば。・・・まぁ、この時計買うために貯めてた部分もあるけどさ。でも大げさなんだよ、お母さんもお父さんも」

 タカトは早速腕時計を着けてみると、やはりそれは少し大人びていて今の彼には不釣り合いな物に見えたが、来年には今より少しでもこの時計が似合う男になっていたいな。なんて密かに思っていた。無論、気恥ずかしくてそんな事彼の口からは言えないのだが。

「・・・てかさ、来年なんて来ないんじゃね?」

「あー!タカトまでそんな事いうの!?」

 まだ来年は来る!と言い張るエリカに対して呆れた表情をした父とタカト。母もはいはい。と軽くあしらった。そして話題を変えるかのように母が冷蔵庫から大きな誕生日ケーキを出すと、誕生日を迎えたタカトより甘いものに反応したエリカが歓声をあげて、中学生の頃以来の家族揃っての誕生日会がスタートした。

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