9 決戦前のご褒美回?
翌朝。
「ユウラ様」
「起きてるわ。」
結局、昨夜は食事の間に良い作戦が決まらず、それっぽくはぐらかして食事を終えた。その後、睡眠時間を削って作戦を練ろうと考えていたら緊急事態が発生した。
「今日からティスはここで寝なさい。」
そう言ってご主人様がベッドに寝転びながら自分の隣をぽんぽんと叩くのだ。
どうやら、二度の魔法の言葉で高感度がうなぎのぼり。添い寝を許してくれる程となってしまったらしい。
もちろん、奴隷は命令には逆らえない。俺は、大人の社会人として少女を諌めたかったのだが仕方なく。そう、仕方なく、致し方なく!ご主人様の添い寝をするのだった。
だが、実年齢二十三歳の男ティスは女性と付き合った事はおろか女の子と手をつなぐなど幼稚園生の遠足の時位しか経験がなく、少女とは言え日本ではお目に掛かる事のない程の可愛らしさを持ち、更にケモミミなのだ。触れるか触れないかの距離で無防備にその身を晒すその少女を意識しない方が無理なのだ。
心臓は早鐘のように脈打ち思考は纏まらない。そして余り気にしないようにしていたが普段からユウラはほんのりと甘い匂いを漂わせている。それが、毎日何時間も接しているベッドとなると、もうあれだ。全身ユウラ祭り。俺は完全におかしくなっていた。そんな時、俺は気づいてしまった。
「ぅぅん…」
目を瞑りながらも、隣でもぞもぞと落ち着かない様子のユウラ。彼女もまたこの状況に戸惑っていた。きっと、勢いで言ってしまったに違いない。ユウラも人知れず眠れずに居たのだ。今日はいろいろあって疲れているだろうに。可哀想やら申し訳ないやら……それ以上にそんなユウラが愛おしいと感じてしまった俺はきっと病気なのだろう。
何はともあれ、ユウラは寝せてあげたい。俺は、遥か昔の小さい頃に寝付けない俺に対して親がしてくれたようにユウラの胸の辺り……断じてセクハラ目的ではない。そもそも、厚めのお布団で感触なんて一切ない!まぁ、その辺りを一定の間隔でぽんぽんと優しく叩いてやった。最初は目を瞑ったまま驚き、身を硬くしていたものの疲れが酷かったのもあってか、あっという間に寝息を立て始めた。
それを見て、俺は自身も落ち着いている事に気づきちょっと笑った。
ユウラの為に作戦を。
それから俺は懸命に考え、いくつかの対抗策を練った。確証はないがそれなりに自信のある策が出来たと思う。おかげで寝不足だが問題ない。明け方、突然目を覚ましたユウラが寝ぼけて俺を蹴り落としたが、まぁ…問題ない。
そして、そのまま目が覚めてしまった俺達は作戦を話し、一緒に練り直した。
大まか、俺の策をそのまま使用する事になり、ややユウラは不満そうだったが無事決まった。
その後、いつもの起床時間。レイが起こしに来て今に至る。
「ティス、準備はいいかしら?」
「いつでも。」
ユウラの着替えを終え、俺達は食事の会場に向かった。
そして扉の前で待機する。勝負は今日の午後。一先ず、ここで俺達はクラウスに宣戦布告を行う。
「ふぅ…行くわよ。」
「おう。」
扉を開けるためバルド待機しているが、何やら言いたげな目で見てくる。こいつはシリウスの奴隷だからな。俺達の顔を見て何かを察したのだろう。だが、何を言うでもなく静かに扉を開いてくれた。
時間はいつもの朝食の時間より僅かに遅く来た。きっと皆が揃っているはず。
「遅いっ!時間も守れないとはどういうつもりだ!」
真っ先に噛み付いてきたのはバイオ。
そして、室内のテーブルの席についているのはユウラを除いて二人だけ。
「お姉様とお兄様だけ…?」
そこに、レイラとシリウスの姿は無かった。
「どうした?いつまでそんなところで立っているつもりだユウラ?早く座りなさい。」
先程までの叱責モードはあっという間に鳴りを潜め、呆けてしまっているユウラに不思議そうに声を掛ける。
「とりあえず座ろうぜ?」
居ないものは仕方ない。俺はユウラに耳打ちし、一先ず食事を取らせることにした。
「一晩経って頭は冷えたかユウラ?」
結局三人で始まった朝食。
こちらを見ずにそう言ったラウラの言葉には棘を感じ、余程俺が気に入らないのか時折、非常に冷たい視線を送ってくる。
「昨晩、感情的になった事については反省しております。ですが、私は意見を曲げるつもりはありません。」
「そうか。」
おや?ユウラもきょとんとしているがこれは意外だ。昨晩はこれでもかと噛み付いてきたのに、やけにあっさりとしているな。
「なんだ?」
「い、いえ!」
それにしても、クラウスとレイラはどうしたのだろうか。
「父様は前線に戻られたぞ。」
「えっ?」
きょろきょろと落ち着きのないユウラにラウラが心を読んだかのように答える。
「元々その予定だったのだ。私は置いていかれたがな。」
ちょっとばかり、落ち込んだ様子のラウラ。勢いがなかったのはそのせいか?
「前線…」
「そうだ。一月近くは戻らないそうだ。」
ん?って事は俺の考えてきた作戦は無駄になるってことか!
「だが、父様が居ないからと言って安心するのは早い。私はそいつを認めていないからな父様の変わりに私が追い出してやる。」
「っ!」
そうか、バイオも敵なんだ。なら、全くの無駄と言うわけではない。
ユウラもラウラの言葉で身構える。
始まるのか?こんないきなり。
「一先ず食事を始めませんか姉さん。それに、ユウラの奴隷の件については母さんか父さんの居るとき以外に勝手なことはするなって言われましたよね?」
「っ…別に、何の警告もなしにいきなり襲うつもりはない!」
「報告しますよ?」
「……分かった。」
シリウスがお目付け役か。ほんと、この兄姉関係はよくわからん。
「今日の恵みに感謝を。」
ラウラの声に続いて異世界風いただきますをする二人。
その場で一番偉い奴が音頭を取るのか?俺を含め、奴隷は主人の後ろで待ての状態。バルドやレイは入り口に控え、他の使用人たちも壁際に待機している。
あと、シリウスの奴隷を見るのは初めてだな。トラかな?幼女にしか見えないがシリウスはそっちの人なのか?そして、相変わらず無表情で人形だと言われたら納得してしまいそうだ。
「お兄様。」
「なんだいユウラ?」
このまま静かな食事が続くのかと思っていたらユウラがシリウスに声を掛けた。敵対したラウラに比べ、悪感情を感じられない中立……悪く言えばユウラに興味がないシリウス君。まぁ、おかげで誰に頼まれたのかラウラのストッパーになってくれている事には素直に感謝だな。
「お母様はどうなさったのですか?」
それは、俺も気なっていた。昨日の去り際に「起きられない」とか何とか言っていたが、
「体調を崩されて、今日は一日部屋で療養に専念するそうだ。」
「そう…ですか。」
案の定か。てか、なぜお前が答えるバイオ。
「初めの頃に比べたら大部良くなっていると聞いたから、そこまで心配するほどではないよ。」
「はい、ありがとうございますお兄様。」
フォローを入れるシリウス。
そして、律儀にお礼を言うユウラとなぜか不満そうなラウラ。言いたい事があるならハッキリと言ったら……いや、やっぱりお前は黙ってろ。
にしても、レイラはユウラの味方だからラウラの暴走を止めてくれるとしてクラウスが帰ってくるのが一月程先。それまでにより確実性のある策を練らねばな。
「はぁ。」
朝食が終わり部屋に戻って来た俺達。テーブルの上にはバルドが用意してくれた俺の朝食が乗っていた。鶏肉と数種の野菜が盛られたサラダに硬くない白いパンと昨晩の残りのスープ。ユウラたちのものに比べたら格段に質は劣るものの量もあって十分に上手そうだ。
「いただきます。」
部屋に戻ってすぐにため息を吐いてベッドに突っ伏したユウラが俺の声に反応してこちらを見る。なんだ?日本の挨拶がそんなに珍しかったか?…うん、うまい。しっかりと味の付いた鶏肉にしゃきしゃきのレタスと玉ねぎ。ドレッシングも独特だが嫌いじゃない。パンからはバターの風味が漂っており、スープはジャガイモとにんじんがごろごろと。肉はないがポトフに似た味がするな。意外と日本でも食べられそうな味付けで実に満足である。
「本当においしそうに食べるわね。」
「実際、おいしいからな。」
てか、ずっと見てたの?やめてよ恥ずかしいから。
「いいわね。私は全く食べた味がしなかったって言うのに。」
恨めしそうにこちらを見てくるユウラ。
「これは俺のだぞ。」
「取ったりしないわよ。はぁ、私も今度からここで食べようかしら。」
そう言ってユウラはうつ伏せに寝転んだまま俺を見続ける。
「楽しい?」
「ううん。」
「なら、恥ずかしいから見ないでくれ。」
「嫌よ。」
なんでだよ。
俺はなんとも言えない気持ちで食事を続けたが集中出来ないでする食事はなんとも味気ないもので、少しだけユウラの気持ちが分かってしまったのだった。