8 俺を信じろ!
「ねぇティス。」
「ん?」
あれからすぐに部屋に戻った俺達。
テーブルの上にはサンドイッチと果物が置かれており、ごたごたのせいで昼から何も口にしていなかった事を思い出す。入れ替わりに部屋から出て行ったバルドを見送り、ユウラはベッドに突っ伏したまま俺に声をかけてきた。
「私、どうしたらあなたを守れると思う?」
思いつめたような声だった。
会議の結果は散々だったからな。ユウラもまともやりあってもクラウスはおろかバイオにすら勝てないことは分かってるのだ。でも、逃げるわけにはいかないと。
「俺はユウラの力になりたい。この気持ちに嘘はない。でも今回は諦めよう。」
「っ?!」
俺の予想だにしない答えに驚いたのかユウラはベッドから跳ね起きて俺を睨んだ。
「嫌。」
ただ一言そう言った。
「勝てるのか?」
「…負けはしないわ。」
「それは相手が諦めるまで耐えるってことか?」
「そうよ。」
「そんなの、俺は認めない。」
「っ!別にあなたに認めてもらう必要はない!」
「確かに俺の許可が必要ないのは分かるが。ユウラも分かっているんだろう?いざ、始まったらお前の親父がそう簡単に諦めることも、手心を加えてくれる事も無いってことが。」
「………」
「だから聞いたんだろ?何か言い方法がないのかって。」
「でも、諦めるのは嫌。」
「一つの手ではあるんだぞ?奴隷と言う立場でなくても力に」
「……やっぱり奴隷は嫌?」
「は?」
俺も考えていた。何か方法があるんじゃないかって。その間ユウラから視線を逸らしていたらしく、気づけばユウラが目の前に居た。
俺の胸元を掴み、見上げてくるユウラは小さく震えており、不安そうな目には涙が溜まっていた。
「こんな可愛いご主人様の奴隷が嫌なわけないだろ?」
本心だ。でも、可愛いというとユウラは顔を真っ赤にして嫌がる。今回は落ち込み気味のユウラが少しでも調子を取り戻してくれたらと思って敢えてその言葉を選んだのだが。
「だったら、諦めるなんて言わないでよ!」
「っ!」
「奴隷じゃなかったらここに居られないのよ!ニンゲンと言うだけで生き辛い国なのにどうやって私の力になってくれるって言うの?!」
どうやら選択を間違えたらしい。
「私はあなたと離れたくない。近くに居て欲しいって昨日も言ったのに…何で分かってくれないの?」
「………」
ついに涙を流して俺の胸に額を押し付けると、静かに泣き出したユウラ。
これに対して俺はただただ驚いた。俺は俺が思っていた以上にユウラに好かれていたらしい。
…いや、嘘が付けず、命令には逆らえない俺。そんな俺しかユウラには居なかったんだ。無条件に頼れる相手が。
たった数日とは言え、俺はユウラが不安な時に都合よく、都合のいい言葉を掛けて、都合の良い相手として傍に居た。生まれた家系のせいで偏見と恐れを抱かれ、魔法が使えず出来損ないと罵られ、家族にも気後れし。それでも、成人の為の課題は果たさなくてはいけない。そんな生活の中、ユウラは何かを成したい事を見つけた。やらなくてはいけない事ばかりで味方も見つけられず、出切る事も限られている。不安だったに違いない。助けて欲しかったに違いない。頼り、甘えられる仲間が欲しかったに違いない。そして見つけた俺。
獣人に恐れが無く、ロディア家に偏見が無く、ユウラのことも知らない。そんな、まっさらな存在でありながら、「力になりたい。信じてくれ。」と甘い言葉に釣られて信じた傍から、死にそうになったり、今まで敵ではなかった家族と完全に敵対したり、今まで信じてきた事実が違ったり。揺さぶられに揺さぶられてパニックになり掛けている所で「諦めよう」と言う俺の裏切り。
「俺、最低じゃん。」
俺はユウラを強く抱きしめた。
「ふにゃっ?!」
「ユウラ。俺は決めたぞ。」
「何を?っと言うか離して!」
俺は覚悟を決めた。
抵抗するユウラに負けないように更に力を込めて抱きしめる。
「戦おう。一人でダメなら二人で!」
「な…にを…って、ダメよ!父様もニンゲンが嫌いなの!あなたが相手なら父様は本当に死ぬまで戦うわ!」
「そんなこと知らん!」
俺はなぜか勢いで抱きしめていたユウラを開放する。だが、今度はユウラが俺を掴む手を離さず詰め寄ってくる。
「あんたは私の奴隷よ!だからその時、あんたが戦うなんて言おうものなら命令してでも黙らせるからね!」
「好きにするんだな。俺はやると決めたら絶対やるぜ?その命令でどんなダメージを受けようとな!」
「っ…なんで分かってくれないの!!私はあんたを失いたくないから、傷ついて欲しくないから戦うことを決めたのにあんたまで出てきたら父様の思う壺じゃない!生かすも殺すも自由な戦いであんたが出てきたら父様は間違いなく殺しに来るわよ!」
ユウラが必死に俺を止めようとする。まぁ、そうだろう。だって、そうなったら本末転倒もいい所だもんな。だから、俺は言ってやった。
「だからなんだ?」
「なん……。だったら何度だって言ってあげる。あんたの戦闘は許可しないって!」
「知ったことか!奴隷なのに庇われ、守られ、それでお前が傷つくなんてもうこりごりだ。だから、俺はどんな目に遭おうが何が何でもお前と同じ土俵に立ってやるからな!」
「…なんでよ……なんで言うこと聞いてくれないのよ……私はあなたを守りたいだけなのに。」
「それは俺も同じだね。目の前でお前が傷ついてるのに俺は何もしないなんて状況は絶対に耐えられない。」
「……どうしたら言うこと聞いてくれるの?」
「俺のことは諦めろ。それが嫌なら、俺が諦めるのを諦めろ。」
ユウラの声からだんだん力が抜けていく。でも、俺の最後の言葉がどうやらユウラにとって許せなかったらしく手にも力がこもりキッと俺を睨みつけてきた。
「諦めろなんて簡単に言わないで!!」
「………」
それを黙って見つめる俺にユウラは追撃を掛ける。
「私は今までいっぱい諦めてきた!力が無いから。ただそれだけの事でいっぱい諦めてきた!!自分で何も決められず!大切にしていたティスだって救えず!あなただって認めてもらえない!それが済んだら次は私の人生……もう、これ以上、何も奪われたくない!諦めたくない!!」
「諦めたくないなら俺を信じろ!!」
「っ?!」
ユウラは言葉を失い俺を見つめてくる。
なってやるさ。都合のいい言葉で都合のいい存在になった俺だ。だったらとことん都合のいい存在になってやる。俺は異世界に来てユウラに出会った。きっとそれが無ければ俺はそこで死んでいた。感謝している。だから、恩返しだ。それに何より、こんなタイミングで言うのもなんだが俺は獣人が好きだ。ケモミミ万歳だ。そんなケモミミのご主人様が泣いているならどんな手を使ってでも笑わせてやる。
一度信じてくれた相手だ。後悔なんか絶対させねぇ。
「……ずるいよ。私が欲しい言葉を欲しいときに言うんだもん。ティスはずるい。」
さっきまでの勢いは完全に無くなった。なぜなら、諦めたくないユウラにはそれしかないから。最初に聞いたはずだ。「どうすればいい?」と。ユウラ自身、負ける気は無くとも勝つビジョンが全く浮かんでないのだ。だから、聞いたんだ。僅かにでも勝利に近づける方法が無いかと。
それに、ユウラは一度信じて俺の手を握ったんだ。二度目で迷う事なんてあるもんか。ある意味これはユウラに対して魔法の言葉だな。
魔法の使えない俺に対して、なんと皮肉な事か。
「ずるくもなるさ。俺は一度ならず、二度も命を捨てかけたんだ。ずるくなるくらいなんて事無い。」
転生前を含めれば三回も命を懸けてんだ。ずるもずるで卑怯な手だって使ってやる。
「はぁ。なんだか疲れちゃった。それにお腹すいた。」
ユウラが俺からそっと離れそう言うと、ふらふらとテーブルに着く。
「ティスも一緒に食べましょ?そして、聞かせてちょうだい?あなたを信じた私が何も諦めずに済む方法を。」
憑き物が落ちた、とは言いすぎだが。実に久しぶりにユウラの笑顔を見れたな。
俺は、ユウラの手招きに従い席に着くと上手そうなサンドイッチを手に取り噛り付いた。
絶対に、ユウラの望む未来を手に入れてやる。その為にも……早急に何か良い手を考えねば。
そう、俺はこの時、勢いばかりで口が先行し何の手も思いついていなかったのだった。