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5 長女ラウラの襲来







 ユウラと愛を語りあった翌日。

 この日も、早朝から起こされ水浴びさせられた俺は震えながらユウラの部屋に戻った。

 この時間なら問題ないわ。そう言って一人での行動を認められた俺だったがこの時間以外だと俺は死ぬような言い方をされた記憶があるため内心びくびくだったのは秘密だ。


「戻ったわね。とりあえずあんたはその辺に立ってなさい。」


「はい。」


 ユウラは紅茶を飲みながら、無表情執事のバルドに今日の予定を聞かされていた。


「今日は午後からラウラ様が戻られます。」


「っ…」


 ん?一瞬、ユウラが身構えたような…


「昼食を一緒に取りたいとの要望でしたので、時間を合わせて下さい。」


「わかったわ。」


 気のせいか?


「その際、ユウラ様の奴隷が見たいと仰られておりましたので、同行させるようお願いします。」


「………」


 あれ、ユウラ?


「……他には?」


「本日の予定は以上ですございます。」


「そう。下がってちょうだい。」


「…はい。では、用がありましたらお呼び下さい。」


 相変わらず、俺とユウラが二人っきりになるのが不快そうだな。まぁ、俺が逆の立場だったら、きっと素直に従えないと思うけど。


「ユウラどうかしたのか?」


 どうも、様子がおかしい。


「ティス…って、あんた震えてるじゃない。そこに座ってあんたも飲みなさい。」


そこ。ユウラに従い、俺はユウラの正面の椅子・・に腰を下ろす。そして、ユウラ手ずから淹れてくれた紅茶をすする。


「しみるわぁ…」


 あれから、ユウラの俺に対する態度が目に見えて軟化した。こうやって、誰もいない時は普通に人に対する扱いをしてくれる。

 まぁ、あの後すぐに昼食の時間になり、その後もバルド監視の下礼儀作法の勉強や宿題やらで時間が取れず、夜は夜でユウラがすぐに寝落ちしたため、ユウラのやりたいことや、なにやら溜め込んでいる様子については聞けなかった。


「で?ラウラってだれ?」


 明らかにこの人物に対して反応があったからな。


「……私の姉様よ。」


 おぉ?非常に嫌そうな顔だな。


「もしかして、いじめられてるとか?」


「姉様は悪くないわ!」


 テーブルを叩きつけて立ち上がるユウラ。いきなりのその剣幕には流石に驚いた。


「す、すまん。」


「あっ…ごめん。」


 ユウラは俺に謝って椅子に座り直すとゆっくりと息を吐いて続ける。


「姉様は悪くないの…私が出来損ないだから。」


「出来損ない?」


「うん。私、獣人魔法が使えないから。」


 そう言ってユウラは弱弱しく笑った。




 「では、ラウラ様をお待ち下さい。」


 午後、通常の昼食時間から数時間遅れて始まるユウラの姉、ラウラとの食事。

 俺は、いつも食事の時間はお留守番しているため初めて訪れた部屋だが、本来なら家族そろって食事が出来るように大きなテーブルと椅子が並んでいる。現在、席についているのはユウラだけ。俺はユウラの後ろに立ち、入り口付近にはバルドとこれまた無表情メイドのレイが控えている。他の家族は仕事の都合上、既に食事を済ませ家にいないらしい。

 テーブルの上に料理が運ばれてくる。野菜を中心とした実にバランスの取れた数品の食事。夕飯の事を考え軽いものを出すとの事だったが質素に見えないよう、よく考えられて工夫されているのがよくわかる。

 その間も、ユウラは黙ったままだった。まぁ、この場で話し相手が出来る者がいないということもあるが、それだけじゃない。出会って数日の俺でもわかる。ユウラは明らかに緊張していた。怯えているといっても過言じゃないだろう。ここで何か言ってやれたら良かったのだろうけど残念ながら良い言葉は浮かんでこなかった。仮に思いついたとしても立場上それをここで口にすることは出来なかっただろうが。


「すまない、遅くなったな。」


 そんなことを考えていると、扉が開くと同時に声が掛かる。振り向いた先にいたのはユウラを成長させて、ちょっと堅物そうな表情にした少女がそこにいた。身長は俺と同じ位で頭には犬耳がついている。


「お久しぶりですお姉様。お変わりなくご活躍とのことで」


「あぁ、そう言うのはいいんだ。久しいなユウラ。で、それがお前の奴隷か?」


 ガチガチの表情で挨拶しようとしたユウラをラウラはばっさりと切り捨てる。だが、態度はともかく、声を聞く限り、邪険に扱ったり嫌われているような感じは余りしなかった。だが、俺を見る目だけは違った。明らかに敵意の篭ったその視線は、初めて獣人に対して恐怖を感じるものだった。


「は、はい。これが私の奴隷です。名を」


「今すぐ捨てて来い。」


「えっ?」


「聞こえなかったか?今すぐ捨ててこいと言ったんだ。」


 おぉう、なんてご挨拶だ。

 ユウラも完全に固まってしまった。


「どうした?まぁ、お前が動かないなら、それはそれで構わないが。おい、つまみ出せ。」


 ラウラの指示でどこからか執事服を着たバルドとは別の執事が近づいてくる。


「え、あっ、待ってください!」


「なんだ?奴隷紋なら気にするな。金さえ払えば外してくれるし、山にでも捨てておけば魔獣の餌になるか拾われて逃亡奴隷として勝手に処理してくれるから心配することではないぞ?」


「違います!私はこの奴隷を、ティスを手放す気なんてありません!」


「ティス…?お前、まさか昔飼っていたペットの名前を付けたのか?」


「っ…」


 いろいろ突っ込みたい。でも、立場が許してくれない…なんて、やるせないんだ。


「はぁ、ユウラ。」


「…はい。」


「ペットと奴隷は違う。」


「わかっています。」


 なんだか、ラウラの声が冷たいものに変わった。ユウラもそれに気づいたようで緊張から完全に怯えるような表情に変わる。


「わかってない!」


「っ!」


「奴隷とは主が全てだ!感情や意思は必要ない!なのに、なんだその奴隷は。完全に腑抜けているではないか!そんなもの奴隷ではない、今すぐ処分しろ!」


 腑抜け…


「い、嫌です!」


「っ!…まさか、お前がそんな反抗的な態度を取るようになっていたとは。家を長く空けすぎたらしい。」


 ラウラから滲み出す覇気。もはや、殺気とでも言うべきか俺に向けられているわけでもないのに足が震える。


「躾をし直す必要があるな。」


 そう言ってラウラがゆっくりとユウラに近づいていく。対するユウラは真っ青になり冷や汗を流している。これが、姉妹の対話か?違う。これでは、まるでユウラはラウラの……。俺は、意を決してユウラの前にで


「止まれ!」


「なっ?!」


 ようとした瞬間、ラウラが強い口調で命令する。

 そして、気づく。思わず止まってしまった俺の首元にナイフが当てられていつ事に。


「何のつもりだ?」


「主に対して敵意を感じましたゆえ。」


 俺にナイフを突きつける者が口を開く。

 年はユウラと同じ位で、性別はギリギリ男。中世的な顔立ちで黙っていたら自信を持って答えることは出来なかっただろうが、声は高めでも明らかに男だった。この場合は男の娘とでも言うべきか。頭には犬…いや、狼の耳がついている。そして、首には奴隷紋…こいつがラウラの奴隷か。

 ユウラは言っていた。この家の奴隷は完全に調教済みで感情が極端に薄く、機械のように状況をみて行動する従順なものだと。確かに、ラウラの命令で動きを止め、質問に答えてはいるが、こいつはその間も俺を視界から外さず許可が出たら即座に始末できるようにしている。そして、何より目が合っているのにその目…いや、その表情からは何の感情も読み取れない。声色も一定でまさしく機械みたいなやつだ。正直、殺されかけたことよりもここまで人間味が無いことにぞっとした。


「そうか、良い。戻ってこいシュリ。その方法ではせっかくの綺麗な部屋も、隣にいるユウラまで汚れてしまうからな。だが、私のために行動したことについては褒めてやる。」


 ラウラの指示で開放された俺。シュリと呼ばれた少年はナイフを腰に戻すと、一瞥もくれずに戻っていく。


「平伏せ。」


 ラウラの近くまで戻ったシュリに下された言葉。「平伏せ」それに従い土下座に近い格好になるシュリ。

 なにが起こっているのかわからない俺は思わず見入ってしまう。


「よくやった。」


 そう言って、シュリの頭をグリグリと踏みつけるラウラ。それに対してシュリは、


「有り難き幸せ。」


 喜んでいた。先程の人間味の無い表情から一変。僅かに高い声と、小さく揺れる尻尾。ユウラが俺を踏みつける原因の一片を垣間見た瞬間だった。

 ラウラもそんなシュリを見つめながら僅かに頬を緩めているところを見るにこの家系はSなんだろうなと思ってしまった。


「さて、私は寛大な姉だ。だから出来損ないのお前に選択肢をくれてやるとするか。」


「選択肢…ですか?」


 と、いきなり寛大な心を持っているらしいお姉様がこちらを見る。


「そいつを、お前の意思でこちらに渡せ。でなければ、二度と反抗できないよう躾けてやる。」


 躾けた後、もしくはその間に俺を処分。どちらにしろ選択肢とは呼べない命令を口にするラウラ。何様のつもりだこいつ。もはや、俺の中でこいつに対する高感度はマイナスだ。


「どうした?素直に渡せば後は自由だぞ?新しい奴隷を買うなり好きにするといい。だが、渡さないと言うのであれば……わかるな?」


 ラウラはシュリを踏みつけたまま脅迫を続ける。一体どこの魔王だこいつは。


「いや…ティスは渡しません!」


 だが、ここでハッキリとラウラの要望を拒否したユウラは俺の腕に抱きついてラウラを睨みつける。


「……ほぉ」


 ラウラの顔から表情が消える。よっぽど不快だったのか、足に力が入っているらしくシュリが小さく呻く。それに反してシュリの尻尾の振り幅が大きくなったのはこの際、見なかったことにする。


「そんなにそれが大事か?」


 ドスの効いた声。


「私が決めたパートナーです。もう二度とお姉様には渡しません。ティスを……あんな凶悪な魔物がひしめく山に捨てられたティスと同じ目には遭わせません!」


 初代ティスはラウラの手に掛かっていたのか?!

 なんて凶悪な女だ…


「……お前は私の言うことを聞いていれば良いのだ。ペットや腑抜けた…何よりニンゲンなどと唾棄すべき下等生物の奴隷などお前には必要ない!私が居ない間に戦に出せなどどとほざいていたらしいが出来損ないの貴様には不可能だ。貴様は腕や剣ではなく大人しく肌でも磨いていろ。さすれば、適当に強い雄を見繕ってやる。出来損ないの貴様でも子を生んで貢献するくらい出来よう?」


「っ……」


俺の腕を掴む力が強くなる。目に涙を溜め、震えるユウラ。だが、この震えはきっと恐怖によるものではないと俺は思った。



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