4 信じてみないか?
「落ち着いた?」
「うっさい。話しかけんな。」
布団に潜り込んだユウラは完全に拗ねてしまった。
そんなユウラをベッドの端から覗き込む俺。
さて、どうしたものか。
「なんか、ごめん。」
「ティスが悪くないのはわかってる。だから、黙ってて。」
とりあえず黙れと?お断りだ。
「俺はさ、確かに異世界転生を望んでたし、その夢が叶ってここにいる。」
「………」
俺が大事なことを話しているのがわかったのか掛け布団の隙間から、こちらを覗くように見てくる。目が合ったのでにこっと微笑んでみたら引っ込んでしまった。
「でもさ、俺はこっちに来て何がしたいかなんて考えてもいなかったんだ。
ただ、異世界に行きたい。チートを駆使して有名になりたい。可愛い女の子を侍らせたい。世界を救うような大きな戦いをしたい…ただし、痛いのは嫌。せいぜい、思い浮かべるのはこんなとこだ。異世界を望んでおきながら、こんな事を言うのもなんだが、なんて中身に現実味の無いことか。とりあえず、異世界に行きたい。俺の願いはそれだけだったんだとこっちに来て思い知らされた。次は何が起きるんだろう。とりあえず、何とかなるさ。流され思考で自分から行動を起そうともしない。転生した時点で俺は死んでたんだろうなぁ。現に、ユウラと出会わなければ、あのまま研究室とやらで研究材料として死んでいただろう。そんな俺が一つだけ、絶対にしようと決めてた事がある。」
「なによ?」
いつの間にか、ユウラは布団から出ており俺のことを見ていた。
それが、何となく嬉しくって。つい俺は命の恩人で、俺に命を吹き込んでくれる予定のご主人様の頭を撫でていた。
「転生して一番初めに困っている人に出会ったら、必ずその人の力になろう。って。」
「っ…」
異世界転生の鉄板だ。
「異世界転生したその日死んだ俺が生きるため、生き返るために、ユウラの力にならせてくれ」
「……して。」
ユウラはまた俯いて自分の頭を撫でる俺の手を掴んで下ろす。
嫌だったかな…とも思ったが、俺の手を両手で掴んで離す事は無かった。
「どうして、私が困ってるって思ったの?」
声が震えている。そのユウラの心境は俺にはわからないが。その質問に答えよう。
「いくら、俺の第一印象が良かったと言っても出会って二日で奴隷を続けるか否かって普通聞かないだろ。それに、間違ってたとは言え俺に対して高感度を上げようと頑張ってたみたいだし。」
「っ!!」
痛いよ。もっと優しく握って!
「それに、ユウラや家族に偏見や恐れが無い。そして、間違いを正し支えて欲しい。何か、成したいことがあるんじゃないのか?」
「………」
「それには俺みたいなやつの力がいる。まぁ、大した力なんて無いのは正直悔しいところだが。」
「そんなこと…」
「そんなことより!」
ユウラの言葉を遮る俺。まだ、大事なことを言ってないからな。
ユウラも俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに俺を見ている。
だから、俺もしっかり溜めをつくり、心を込めて伝えよう。
「ユウラみたいな可愛い子に、『そばにいてほしい』なんてプローポーズされて断れる男はいないだろ!」
「………」
来たぞ、この沈黙。きょとんとした表情をしているが、この表情が変わるまで、三…二…一…
「へぅあ?!」
そして、
「ぐぶぅあ?!」
まさかの右ストレート!
「待って!忘れなさい!そこだけでいいから忘れなさい!!」
「…あなたの意思で私を選んでほし」
「ああぁぁぁっ!!」
「かふっ!へぶっ!ごぱっは?!!」
ジャブ、フック、ストレート!
ナイスコンビネーション……燃え尽きたぜ…真っ白にな。
「わかった。よぉくわかった!あんたは私をからかってるんでしょ!そうに違いない!」
「ちょっ、俺は本気だって!」
「もういいっ!何も聞きたくない!」
「こら、待てって!」
本心ながらも余計なことを言ったせいでユウラが部屋から出て行こうと立ち上がる。そんな、ユウラを俺は抱きしめ…いや、抵抗が半端なくって、もはやしがみ付く勢いで止める。
「んなっ?!は、離して!離しなさいよ!」
「いや、離さないね。俺は嘘なんか一言も言ってない。現時点で、痛くもかゆくも無いのがその証拠だ!」
「っ~!……離して。」
「嫌だ。」
「命令するわよ?」
「気絶しても離さないからそのつもりでどうぞ。」
「……さすがに、これをバルドに見られたら庇ってやれないわよ?」
「うん、俺も丁度その危険性を考えてた。てか、この部屋って防音なのか?」
結構、お互いに大きな声を出したと思うんだが。
「…ノックしてしばらくと、テーブルの上にある鈴の音以外は通さないようになってるらしいわ。」
観念したのユウラの抵抗はいつの間にか無くなっていた。そのせいで、俺は気づいてしまった。
「ユウラっていい匂いだな。しかも小さいからすっぽり納まるし、柔らかくって抱き心地が半端ない。」
「…離しなさい。」
「っ!」
ピリッと来た。今、ピリッて!
思わず条件反射で離してしまった俺。
逃げ出すかと思ってユウラを見ると、ユウラはその場でうずくまって、何やら呻いていた。
「…だいじょ」
「回れ右!!」
「はいっ!」
またも命令。俺は素直に従うも、ちらりとユウラの顔が見えたが、なにやら真っ赤になっていた。
さっきの発言は流石に俺も恥ずかしいな。
「……自由が無くなるわよ。」
今にも消え入りそうな小さな声。
俺は恐る恐る振り返り、でも、はっきりと答える。
「自由に動き回るより、ユウラの力になりたい。」
「少なくとも一年は奴隷のままよ。私にも立場があるしきっと、ティスが望まない事を命令することがあると思う。」
「どうしても嫌なら、ユウラの迷惑のならない程度に抵抗してやるから気にすんな。」
「奴隷から開放できても、ティスが私の元を去るのはきっと許されない。そんな私にはやりたいことがあるから、きっとたくさん引っ張りまわして、無理させるかも。」
「無茶、無理、苦労は承知の上。連れまわしてくれるなら、いろんな所を見れてラッキーだね。去る気は無いし、むしろ離す気もないなら一生養ってくれよ?」
「ぶっ!…く、あはは。養えって、なにそれ酷すぎ。」
「その時までに稼ぐ力が俺にあればいいんだけど、現時点で俺は無能のタダ飯食らいだぜ?養ってくれるんなら足くらい喜んで舐めてやるよ。」
「んなっ、どうしてまたそんな事言うのよ!」
ここで、ユウラが立ち上がり、俺を睨みつけてくる。だが、頬の赤みは消えておらず、ちょっと微笑ましい表情だ。
「俺を信じてみないか?」
俺はユウラに手を差し出す。
「信じていいの?」
ユウラは俺の手を掴むかどうかで迷うように手を動かす。
「後悔はさせないよう努力する。」
「そこは、言い切ってはくれないのね。」
ゆっくりと近づき、あと少しのところで止まる。
だから、俺からユウラの手を掴んでやった。
「転生五日目で首すら据わってないおこちゃまだぜ?今の俺には今からしかないんだ。努力は報われるって言うし、いつかきっと今日この日に俺を信じて良かったと思わせてやるよ。」
「……そう。だったら信じてみようかな。ティス、貴方の事を。」
お互いしっかりと手を握り、笑い合う。俺も、今日、この日をきっといつまでも忘れないだろう。そして、俺の異世界転生生活は今、ここから始まるのだ。
Fin
「あ、そろそろ手ぇ離して?ユウラ強く握りすぎ。ちょっと、いや、かなり痛い。」
「あんたって最後にふざけないと死ぬ病気でも患ってるの?」
まだまだ、続きます。