10 初めてのお留守番
俺が食事を終えてすぐ、バルドの呼び出しでユウラが退出した。何でも、この国の歴史のお勉強らしくユウラは何だか嫌そうに準備を始めた。
「俺は行けないのですか?」
その問いに一瞬嬉しそうな顔をしたユウラだったが。
「今日は城内で行われますので、奴隷として認められていないティスを同行させる事は出来ません。」
バルドに一刀両断。てか、城内って言ったか?なに?ロディア家って王家かなんかなの?
本当に、何も知らない…聞いてないからか、意図的に教えてもらえないでいるのか。何にせよ、ユウラの力になりたいのは本心だ。これはもっと自主的に行動すべきだな。
「と言うわけなので、この部屋から出ないようになさい。」
「……ご主人様はいつお戻りになられますか?」
「っ…夕刻には戻るわ。」
俺にご主人様と呼ばれるのがそんなに嬉しいか?
「では、ユウラ様。参りましょう。」
「わかったわ。ティス、姉様には気をつけなさいよ。」
「はい。ご主人様も道中はお気をつけて。」
「……ぅっ。行って来るわ!」
喜びを隠し通せないユウラたんマジ萌ぇ。
ここから、城までどの位距離があるか知らんが、護衛のバルドの前で道中の心配をしたのは間違いだったか?そこはかとなくバルドに睨まれてしまった。
「さて。」
しんっと静まり返る室内。
これから半日は一人きり。そう言えば、ユウラに買われてから初めて長時間一人になるのでは?……てか、ラウラに気を付けろとは最後の最後に盛大なフラグだったな。
「………」
「ユウラ様。」
「うひぃっ?!」
ノックと共にレウが声を掛けてくる。まさかのフラグ回収かと、変な声が出るくらいびびったぞ全く!
「ユウ……ご主人様は外出中ですよ。」
危ない。一応、レウ相手とはいえユウラを呼び捨てする訳にはいかないよな。
「あぁ、今日は城での勉強会でしたね。失礼しました。」
扉越しにそれだけやり取りすると去っていったのか足音が遠ざかる。
……ちょっと出てみるか?
バルドからは部屋から出るなと言われたが、我がご主人様はバイオに気をつけろとしか言われなかったしな。クラウスの弱点を探るためにもやってみるか。
「………」
扉から顔を出して廊下を窺う。前にユウラから死にたくなかったら一人で行動するなと言われたのを、ふと思い出す。だが、あれは、バイオやクラウスの脅威があったからであって、今は違う。クラウスはこの場に居らず、バイオはストッパーが効いて……るよな?うん。マジでバイオにだけは気をつけよ。
「さて、まずはどこに行くべきか。」
そもそも、この家には今現在誰が居るんだ?
まず、レイラ。そしてレイ。後はその他使用人と、バイオ。シリウスも居るのかな?正直、一人で会える相手なんて居ないんじゃ……バイオは論外。シリウスは正直、考えが読めないから単身で乗り込む勇気はない。レイラは寝込んでて、レイも仲良く世間話するような仲ではない……心細いですご主人様。
早くも心が折れそうだ。まぁ、適当にぶらつくか。時間はあるし、この家の間取りを覚えるだけでも無駄じゃあるまい。
そんなこんなで、まずは俺の風呂場でもある裏にはの井戸にやってきた。
「「………」」
そこには、肩にタオルを掛けたバイオとその奴隷のシュリが居た。二人とも手には木刀が握られ、先程まで訓練でもしていたのか二人とも汗だくだ。
「……ご機嫌麗しゅう。」
「獲らえろ。」
「っ」
俺は駆け出した。多分人生で一番スピードが出ていたと思う。そして、人生で一番必死になったと思う。でもダメだった。三秒で捕まった。結構距離が開いていたと思うのだが、バイオの指示で飛び出したシュリにあっという間に追いつかれ、飛び掛られ組み伏せられる。
「あだだっ、ちょ、痛い痛い!」
腕を背後に回され、地面に押し付けるように組み伏せられた俺は小柄な見た目の癖に全く抜け出せずにいた。
「いい子ねシュリ。後でご褒美を上げる。」
「ありがたき幸せ。」
もうね。嬉しいんだろうね。ご褒美って言葉で俺に馬乗りになったシュリの力が増して痛いの何の……てか、マジでフラグの回収に来やがって。これ、死んだんじゃね?
「………」
「………」
無言で見つめあう俺とバイオ。いや、俺は睨まれているのだが。
どうなる?どうする?生き延びる手段が思いつかない。そのまま十数秒経った頃。バイオの右手が輝きだした。その光が収まる頃には鋭い爪が…きっとあの爪を軽く振るだけで俺の首はころりと落ちるんだろうな。
「貴様…こんな所で何をしている?」
「……散歩っす。」
バイオの右手が俺に近づく。
「何を企んでいる?」
「たくらむなんてとんでもない…」
バイオの右手がぐっと近づく。
「貴様はユウラをどうするつもりだ?」
「…俺はユウラのやりたい事の手助けがしたいだけだ。」
バイオの右手、爪の先が俺の首に突きつけられる。
「ニンゲンが獣人に従うはずがない。」
「首輪が付いてて従うもクソもないだろ。」
痛い…僅かに刺さった所から血が流れる。
「ユウラの前から姿を消すんだ。素直に従うならこの安全な場所まで逃がしてやる。」
「余計なお世話だ。それに俺はユウラの力になるって決めてんだよ!」
「………」
長い沈黙。次の瞬間には首が裂かれるのではと若干身構えたものの、バイオがこちらを睨んでいる間は絶対に視線を逸らしてやるものかと、精一杯強がって睨み付ける。
「この状況でお前は助けが来るとでも思っているのか?」
「知るかよそんなの。だが、脅されて逃げるくらいなら死ぬまで抵抗してやるよ!」
俺はがっちりと決められた肩に力を込める。
「っ」
悲鳴が出そうになるが歯を食いしばって耐える。このまま無抵抗に首を裂かれて死ぬくらいなら腕の一本位追加したところでどうと言う事もあるまい。死ぬ前に絶対逸し報いてやる。
「離してやれ。」
「はっ。」
覚悟を決めた。なのに、すんなりと俺を解放するラウラ。
俺を秘密裏に消すなら絶好のチャンスだったはず……余裕のつもりか?
「この状況でそこまで虚勢を張れるニンゲンは初めて見た。父様はそんなニンゲンもいると言っていたが、私は劣勢になると情けない声を上げて逃げていく奴しか見た事がなかったからな。」
……何が言いたいんだ?
「昨日もそうだ。私に啖呵を切ったときもお前からは恐怖を感じなかった。技も力無いまるっきり素人のお前から戦士の匂いを感じた。まぁ、実際素人以外の何者でもながったがな。」
うるせえやい。
「さて、お前がユウラの力になりたいと言う言葉が薄っぺらなその場しのぎの戯言でないのはわかった。少々、評価を改よう。」
偉そうに。
地べたに座り込む俺をバイオは腕を組んで見下ろしてくる。
「だが、私は薄汚いニンゲンであるお前も、力もないのに意見を通そうとするユウラも認めるつもりは無い。薄汚いニンゲンらしく今朝から何事か企んでいたようだが、生半可な策では父様を余計に落胆させるだけだから止めておけ。ユウラも…出来損ないなら出来損ないらしく大人しく従っていた方が幸せだと早く気づくべきだというのに。」
「っ…ざっけんな。」
「うん?」
「実の姉であるお前がたった一人の妹を出来損ないなん…っぐあ?!」
顎を救い上げるように蹴り上げられた俺。数メートル吹き飛び、受身も取れずに地面に叩きつけられ意識が飛びそうになる。
「ぐぅっ…」
何とか起き上がろうと力を込めるが、手足はガクガクと震え力が入らない。視界も定まらず、何とかバイオを視界には収めているものの追撃があれば何の抵抗も出来そうにない。
「ずっと気になっていたのだが、貴様は薄汚いニンゲン奴隷という立場をちゃんと理解できているのか?口の利き方には注意しておかないと痛い目を見るぞ?」
この程度は痛い内には入らないと?
「父様からの命でもあるし、今回はこの程度で見逃してやる。貴様もあいつも素直に従う気が無いならせめて大人しくしておくのだな。長生きしたかったら。……そして、貴様ごときが私達の関係を語るな…次は殺すぞ。」
ぼやけた視界の中、長々と語ってくれたバイオ。奴の、去り際の表情はわからなかったら、その背中は何だかやけに小さく、寂しそうに見えた。
てかヤバイ…全身痛いし気分も最悪だ。このまま少し回復するまで横になっておこう。