海の底に消えた少年
ああ、雷鳴の如くいなないている鳥。
きっとあれはカモメ。僕が今から死ぬ所を見届けようとしている。
僕を催促するように崖を叩く大波が「早く来い」と喚いている。
待ってよ、今からその波に揉まれるのだから。断崖絶壁の泡が弾け飛ぶ。
白い波が寄せては返し寄せては返し…ゆらりゆらりと誘っている。
怖いのか?自分の中の何者かが聞く。「怖くなんてないさ」僕の足は震えている。
いざ、荒波の中へ。僕は飛んだ。カモメのように。落下する体を包むように風が吹いてゆく。
無重力の中に放り出される体。もう抵抗はできない。
死を予感して固く目を閉じる。神様、どうか少しでも痛くありませんように。
最後の命乞いを胸に残す。
あ、という間に僕は飲み込まれて泡の中でもみくちゃにされる。運のない事に僕の意識はまだそこにあった。しかしそれも一瞬。
氷が溶けるように意識を失い運命の渦の中で、来世を願い、眠りにつく。
「少年よ…」耳に囁く声が僕を急に揺り起こした。
誰…?口を動かして泡ごと喋る。海の底に光が見えた。
その瞬間僕は呼吸が出来るようになっていた。
手足はヒレに変わり体は縮み、水の中を自由に動けるようになる。泡を吐き出したその時記憶は消え、一匹の魚は海の底に消えた。