脱出1
こんな相手に触れられていることへの嫌悪感にレティーナは顔を歪め、自分の顔を覗き込んできているモンステラ卿の顔に向かって、唾を吐きかけた。
「っ、小娘が!」
それを避け切れなかった、モンステラ卿がレティーナの頬を強かに殴った。レティーナは殴ってきた相手から視線を逸らすことなく冷やかな侮蔑を含んだ眼差しで睨み返した。
「家柄と容姿しか取り柄のない小娘が!・・・まぁ、いい。後でそんな態度を取ったことを後悔させてやる。行くぞ!」
そう言い捨てると、モンステラ卿は男たちを連れて部屋を出て行った。
去っていく足音が二つなことから一人は見張りとして残っているようだった。
おそらく先程まで見張りを置いていなかったのは二人が気を失っていたからだろう。
それでも私だったら見張りは置いておくけど・・・。
口の中に微かに広がる血の味に顔を顰めながら、レティーナはなんとか手を動かして、縄を解いた。先程、殴られたときに、隠し持っていた髪飾りが手から離れてしまっていた。それでも、なんとか無理やりにでも解けるくらいまで細くしておくことが出来たのは、偶然とは言え、助かったとレティーナは思った。
無理やり解いたせいで手首には縛られていた跡だけではなく擦り切れて血が滲んでいたがそんなことを気にしている場合ではない。
見張りに立っている男をどうにかしてここから逃げ出さなければならないのだから。
それにしても、モンステラ卿のギルバートへの態度はとても血の繋がった子供にするものの様には見えなかった。そして、言っていた内容も気になる。普通に考えたら王が健在で王太子も健在、その能力にも問題がないと言うのに、何故第二王子のハイドライドが王位につけると思えるのか。まして、王族として問題があるのはハイドライドの方である。
そして、もし間違ってハイドライドが王位についたとしても、現王妃がモンステラ卿のモノになると言うのは絶対にあり得ない話である。
妄言・・・。
そうだとしても、口にするだけでも不敬罪に問われる内容ではあるが、あの感じではレティーナやギルバートを拉致監禁することよりも大きなことを起こす気でいるようにしか、思えなかった。あるいはすでに起こしているのかもしれないが・・・。
レティーナはなるべく足音を立てないように、蹴り、殴られ、床に転がされるままになっているギルバートをそっと助け起こすと、彼の手足を縛る縄を、取りだしたナイフで切る。
「ギルバート様、大丈夫ですか?」
「はい。それより、どうやって縄を・・・?」
「これで。これでも殿下の不興を買っていますので」
手の中のナイフを見せながら、わざとふざけた様に答えればギルバートは強張ったままだった表情を微かに緩めた。
しかし、すぐにその表情は暗く沈む。
「見ましたよね、僕の顔・・・」
気持ち悪いでしょう?と、ギルバートは呟くように言った。だからずっと隠していたのだ、と。
そんな彼の言葉を否定するように、レティーナはゆるゆると首を横に振った。彼の傷を見たときから、ズキズキと頭が痛かった。
だが、今はそんなことを言っているときではない。とりあえず、見張りをどうにかして、ここから出なければならないのだから。
レティーナは俯いてしまった、ギルバートの頬に手を添えると彼を上向かせた。前髪の隙間から変色した肌がレティーナの目に晒される。どこか辛そうに顔を歪めるギルバートの前髪をかき上げると、そっとその変色した肌へ唇を寄せた。
微かにレティーナの唇がギルバートの瞼に触れて離れる。
「いつまでもここにいるわけにはいかないのですから、何とか逃げましょう」
何が起こったのかわからないというように呆然と自分を見つめてくるギルバートにレティーナは声を落としたまま言った。
その言葉にギルバートの表情が変わる。
彼としても、父親にこのまま好きにさせる気は無いのだろう。
二人はなるべく音を立てないように部屋の中を物色したが、生憎と使えそうなものはたいしてなさそうだった。




