攫われたようです
結論から言うと、卒業式もその後のパーティーも何の問題も起きることは無く、無事に終わった。
ゲームでは卒業式での断罪イベントの後、ヒロインと攻略者のその後が簡単にエンドロールとして流れ、スチルが表示されて終わっていた。
つまり、そのゲームのクライマックスでもある断罪イベントが起こることも無く、無事に卒業式が終わったということは、私の死亡エンドはもう起きないということだろう。
ここが、本当にゲームと同じ世界なら、という前提ではあるけれど。
しかし、現実はそんなに甘くは無かった、と言うか、予測の範疇を超える動きをされるとは思っていなかったというか・・・
うん、気を抜いてしまった私も悪かった。
それは認めよう。けれど、まさかパーティー終了後にいきなり襲撃されるとは思わなかった。しかも、これ、たぶん他の貴族が一枚噛んでる。
え、何でわかるかって?
きちんと統率が取れてたから。
きつい訓練がイヤで逃げ回ってた殿下に兵を動かすだけの能力はないもの。
でも、一番の問題はこの状況をどうするか、言うことなんだけど・・・。
そう思いながら、レティーナは自分が閉じ込められた部屋の中を見回す。
幸いと言うべきか縛られているのは手だけである。
とはいっても、その縛るために使われているロープが問題だった。
ご丁寧に魔力を封じる為のロープでレティーナの細い手首をギチギチに縛られている。
しかも、ここに閉じ込められているのはレティーナだけではない。
意識を失い彼女に寄りかかるようにしているのは、公爵子息であるギルバートだ。
彼は、レティーナが襲われる場所に居合わせ、彼女を救おうとしたため一緒に連れてこられてしまった。
だが、レティーナが襲われたタイミングとギルバートがそこを通りかかったタイミングがあまりにも良すぎた。もしかすると、ハイドライドに手を貸している人物は最初から二人を狙っていたのかもしれない。
そんなことを考えながら視線を室内へ向けながらレティーナは自分の肩を動かし、ギルバートの覚醒を促す。
「・・・っ」
小さく声をかけながら何度か動かすと、気がついたらしいギルバートが顔を上げた。抵抗したときに切れたのだろう、彼の口元には血がついている。他にも傷はあるのかも知れないが、長い前髪で隠されている為、それを確認することは出来ない。
「ラナンキュラス嬢・・・?」
「気が付かれました?どうやら二人とも捕らえられてしまったようです」
そう言ってレティーナは簡単に状況を説明する。ちなみに、レティーナが拘束されていたのは手だけだったが、ギルバートは足も縛られていた。
女だからと甘く見られて手だけだったのか、女性の足を見ないようにとの配慮なのか・・・。
いや、そんな配慮が出来るなら最初から襲ってきたりはしないか。
「すみません、せめて貴女だけでも逃がしたかったのですが・・・」
「・・・やはりギルバート様も狙われてましたの?」
「私も、と言うよりは、私が彼らの狙いだったと思うのですが・・・。ラナンキュラス嬢も誰かに狙われていたのですか?」
表情は見えなくともその声には心配の色が滲んでいる。
「狙われているというか、いないというか・・・。あくまで憶測でしかないのですが・・・」
言葉を濁すレティーナに誰か思い当たったのだろう、ギルバートがなんともいえない声を出して口元を歪めた。
「とりあえずはここからどうやって逃げるかですね」
「そうですね・・・」
レティーナの言葉にギルバートが申し訳なさそうに同意した。
レティーナは室内を改め見渡してみるが、生憎二人を拘束している縄を切る為に使えそうなものは落ちていない。
ハイドライドだけならまだしも、彼の協力者はそこまで馬鹿ではないようだ。
二人が閉じ込められているこの場所が廃墟なのか、使われていない別荘のような場所なのかは分からないが、室内には埃が積もっていて、自分たちを運んできたときに出来たのであろう複数の足跡が残っていた。
どうしたものかと首をかしげたレティーナは自分の動きに合わせて微かに聞こえた音に、今の自分の格好を思い出した。
彼女は卒業式のパーティの後に襲われた為、身に着けているのは普段は着ないようなドレスといくつかの装身具。そして、いつもは下ろしたままにしている髪を結い上げている髪飾り。
「ギルバート様、私の髪飾りを取ってください」
「髪飾り、ですか?」
「はい。一番大きな飾りを抜いて、私の手の上に落としてください」
そう言って、レティーナはギルバートに背を向けた。そんなレティーナに、ギルバートは戸惑いながらも彼女の髪に顔を近づけると、言われた髪飾りを口に咥えて引抜いく。その拍子に他の髪飾りと共にレティーナの艶やかな銀髪が解け落ちた。
ギルバートはなんとか身体を後へずらすとなるべくレティーナの手の上で髪飾りを落とす。
「あぁ、すみません。少し外れてしまいました」
ギルバートの申し訳なさそうな声にレティーナは軽く首を振る。
「いいえ、大丈夫です。それに無理を言ったのはこちらですから」
そう言って、レティーナは自分の指先に触れている髪飾りを確かめるように手繰り寄せ、握ると、それを自分の手首を縛る縄に押し当てると動かし始めた。




