悪役令嬢?
「きゃっ」
すれ違うタイミングで小さな悲鳴を上げて転んでしまった生徒に思わず足を止めて振り返る。
すると、そこには転んでしまったヒロイン、リリアーナ・ネリウムの姿があった。
転んでしまったことが恥ずかしいのか、羞恥に頬を染めて、潤んだ瞳で周りを見上げている。
ふんわりとしたストロベリーブロンズの髪に若葉を思わせる新緑の瞳。薄桃に染まった頬に赤い花弁の様な唇。
うん、可愛い。
さらに小柄ときている。
これは男たちの庇護欲を掻き立てるのもうなずけるというものだ。
とはいえ、転んだまま立ち上がろうとしない彼女に周囲も少しざわめきだした。
もしかして足でも捻ったのかしら?
そう思って、声を掛けようとしたら、わざとらしい大きな声が廊下に響いた。
「まぁ、レティーナ様ったら、殿下の婚約者候補筆頭でいらっしゃるのに、殿下がご自分以外の女性と一緒にいるのが面白くなかったんですのね!リリアーナ様をわざと転ばせるなんて、酷いですわ!」
・・・。
私はいきなりそう言い放ってきた生徒の方へ顔を向ける。
そこには、殿下の婚約者候補次位であるカルミア・チューベローズがいた。
それだけで事態はすぐに理解できた。
おそらく彼女が魔法でリリアーナを転ばせたのだろう。
彼女は以前から殿下の婚約者にふさわしいのは自分だと吹聴して回っているし、筆頭になっている私のこともよく思っていない。
それでも、家も私自身も王子妃になりたいと思っていないし、周りの貴族たちが騒いでいるだけで、王家からそういった打診がされていないこともあって、今まで目立った嫌がらせなどは受けたことは無いけれど。
と、言うか家格的にも彼女が私に何かするなんて事はできなかったりするのもあったりする。
せいぜい、くだらない嫌味を言われる程度だ。
周りの生徒たちもそれをわかっているのだろう、特に貴族階級の生徒たちはカルミアの台詞をくだらなそうに聞き流している。
そんな事情など知らない平民出の生徒たちも自分たちより上の生徒が騒がないこともあり、こちらに不信そうな目を向けてはいるけれど、騒いだりはしていない。
私はそんなカルミアから、転んだままのリリアーナに視線を戻した。
そして、彼女が立てないでいる理由に気づく。
彼女のほっそりとした手が押えているスカートが破けているのだ。
下手に立ち上がっては足首が見えてしまうかもしれないと、動けないでいるのだろう。
女性が家族以外の男性に足を見せるのははしたないとされていることを考えれば、動けなくなってしまうのも頷ける。
ここは学園の廊下で、周りには何人もの男子生徒がいるのだから。
「貴様、リリィに何をしたんだ!」
周囲のざわめきが大きくなったのと一緒に、声高に叫んで私と彼女の間にハイドライドが割り込んできた。
「レティーナ様がリリアーナさんをワザと転ばせたのですわ」
そこに我が意を得たりとばかりにカルミアやその取り巻きの令嬢たちがハイドライドに先ほどのことを誇張して伝える。
それを聞いたハイドライドはレティーナを侮蔑を含んだ冷ややかな目で見下ろしてきた。
「私の婚約者になれないからといって、リリィに嫌がらせをするとは最低だな。そんな女は私の婚約者になれなくて当たり前だ!」
・・・。
いや、むしろなりたくないし。
嫌がらせしてるのは貴方の後ろでニヤニヤと口元が醜く歪んでるご令嬢方だし。
うんざりしながら、彼の背に庇われる形になったリリアーナを見て、私は内心首をかしげた。
どうみても、ハイドライドの言動に困惑、いや、うんざりしているといった表情を浮かべていたからだ。
もしかして、リリアーナが好きなのはハイドライドではないのかしら?
だからといって、彼の取り巻きで他の攻略者でもあるアンソリウムやコランバイルと親しいという噂は聞いたことないし・・・。
もしかしたら、やっぱりゲームに似ているだけの異なる世界、でしかないのだろうか?
大体、自分の存在自体がすでにゲームの設定からかけ離れていっているのだから、その可能性はありそうだった。
とりあえず、未だに色々と王子が口にするには少々どうなのだろう?と言う言葉を喚き散らしているハイドライドを無視して、レティーナは自分の上着をリリアーナのスカートの上に掛けてやる。
何をしているんだ、と言うように目を向けるハイドライドを横に押しやると、レティーナはリリアーナの隣にしゃがみこんだ。
「しっかり、押えててね」
その言葉に、きょとん、と自分を見てくるリリアーナにかまわず、レティーナは彼女を抱き上げた。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げて、リリアーナは慌てて膝に掛けられている上着を落ちないように押えるとそのまま身を固める。
自分だけこの場からさっさと退場してもよかったが、さすがにこの状態の彼女をこの場に放置するのもかわいそうかな、と思った結果の行動だった。
黄色い悲鳴が廊下に響く。
「なっ、リリィをどこに連れて行く気だ!」
「保健室ですよ。ネリウムさんは足を痛めて動けないようなので」
「自分で怪我をさせておいて、何を言ってる!」
「私が怪我をさせたかどうかはともかく、喚くだけで女性1人助けることもできない方はそこをどいてくださいな。邪魔です」
きゃんきゃんと、無駄吼えをするハイドライドにうんざりしながら、そう返すと、レティーナはその横を通り過ぎて保健室へと向かった。




