かふぇたいむ
俺の家がある西神夜とは反対方向の、”東神夜駅”の方へ向かうこと徒歩10分。
駅前の人気ドーナツ店の階下にその店はある。裏道にぽつんとできた階段を下りドアを開けると、今日も今日とて知る人ぞ知る感を出していて客足はスッカスカだ。
室内には緩やかなジャズが流れていてとても落ち着ける店なのだが、いかんせん立地が悪すぎる。本当にこれで利益が上がっているのだろうか。
「お、蒼輝君か。今日は始業式だっけ?ご苦労さんなことだねぇ」
そう声をかけてくれたのは紳士然としたここの店主である荒州さん。大人っぽいメガネが似合っているこの人こそ、俺に開発途上のパーツを譲ってくれた人だ。なんでもカフェは副業で、本業はパーツメーカーのCEO、最高決定権を持った人らしい。そちら方向の知識では当然エキスパートで、知識マニアの親父とは気が合ったらしい。親父が紹介してくれた、数少ない常識人だ(一般人ではないが)。
「こんちはっす。この前はありがとうございました。電源がぶっ飛んでたのは分かってたんですけど、まさかCPUがいってるとは思いませんでしたよ」
「僕もびっくりだった。そのメーカーの人から裏話とかも聞いてみたんだけど、原因不明だってさ。僕はソケット規格のずれが歪みをもたらしてるんじゃないかと思うんだけどね。旧作も対応させたのがまずったのかなぁ」
僕のところも気を付けないとねと苦笑する荒州さんにメープルラテを頼むと近くの席に鞄を下ろす。コハクもそれに続いて反対側の席に。
「おや、蒼輝君が友達連れとは珍しいね。それも銀髪美少女とは。お嬢さん、お名前は?」
「社 狐白です。ソウキのはとこです」
「なるほど。んで、たまたま転校してきたってわけかい?役得だなぁ蒼輝君は」
「そんなこと言ってないで、速く注文とってくださいよ。コハク、何にする?」
「じゃあ、ソウキとおんなじので」
「かっしこまりー♪」
あ、これ絶対面白がったやつだ。荒州さんがふざけるときは決まって人が慌てたり驚いたりする時。今回は前者だろう。
「なんでそんな恥ずかしい注文の仕方するんだよ…」
「? メニューを見るのが今回の目的じゃない」
「そうですか」
ぶれないなあ。確かにここに来る途中でホットドックの屋台が出ていたので、それを二つ買ってコハクと食べている。故にメニューを端から端まで見る必要はない。30秒足らずで出てきたメープルラテを一口啜って余計な思考を一緒に飲み下す。うん、うまい。30秒とは思えないおいしさだ。きつすぎない甘さが思惑通り頭を整理してくれた。コハクも口をつけ終わったところで今回の目的とやらを話してもらうことにする。
「んで、その今回の目的っていうのは?説明しなくちゃいけないこととか言ってたけど」
「ん。説明しなくちゃいけない。いろいろ」
「何を?」
「いろいろ」
「具体的に頼む」
「神意、憑依者、社の家系、冒涜者、現状、神代戦争、貴き光の方針、その他」
「…ん?」
コハクの口から飛び出る数々の言葉に、全くついていけない。シンイ?冒涜者?アル…アル?とりあえず一般会話で使う単語じゃないことはわかった。まずはその単語が指し示すものから説明してもらうことにしよう。頬に冷や汗をかきながらコップの中身で口を湿らせる。
「えっと、全く持ってわからない単語ばっかりづらっと出てきたんだが。一番最初から、バカの俺でも分かるように、細かく、はっきりと、説明してくれ」
「ん。最初からそのつもり。私たちのひいおじいちゃんのこと、覚えてる?」
高祖父のこと?たしか山奥の神社で神主をやってたはずだ。すでに亡くなっているが、何か関係があるのだろうか。興味が湧いた俺は首を縦に振ることで先を促す。
「そのひいおじいちゃん、…もう面倒くさいからじじぃって言うけど、学生のころに妹を殺人事件で失ってるの」
随分と荒い略し方ですね…。そこを突っ込んでも話が詰まるだけなので放っておく。
「そうなのか。ずいぶんと物腰の柔らかい爺さんだったと思うんだけどな」
「当時は自分がそばにいなかったからって、相当落ち込んだらしい。それだけ仲が良かったんだと思う。で、ここからが重要」
そう言ってテーブルに左手をついて身を乗り出し、顔の前で右手の人差し指を立てる。雪のように白い真っ白な肌の精緻な顔が、すごく近い。が、あっちは気にしていないようだ。一瞬動揺したが、それを気取られないようにコホンと咳払いを一つ。
「これから起こる身の回りのことをすべて把握したいと願ったじじぃは、ある時、ふと現れた神から未来視の神意を授かる。神は言っ」
「いやいや、まてまてまて。未来視ってなんだよ!?この世界、この町はそういう異能系ラノベの舞台じゃねえぞ?ほら、上見りゃタービン回ってるし、下見りゃ道路かパイプ、または海だ。どうせなら軍事系のほうが流行るだろ。ミッションイン○ッシブルとかさぁ」
「だから神から授かったって言った」
ソファにどっかりと身を沈めて口を尖らせ、頬を膨らませるコハク。どうやら彼女の琴線に触れたようだ。正直、今の話に興味はそそられるが、まともに信じる方が馬鹿だろう。この世界に神など存在するはずがない。もしも存在するなら、いろいろなことがもっと合理的かつ円滑に物事が進むはず、だと思う。
「よくわからんがすまん。今の話、にわかには信じられない」
「そう」
プイと顔をそらすしぐさもすごくかわいい。何とか機嫌を直してもらうべく、荒州さんに”今日のデザート”なるものを注文した。当然、俺の奢りである。これまた30秒で戻ってくる荒州さん。この人その辺の執事よりも手慣れてるんじゃね?小さ目の平皿に乗っていたのはデザートケーキを模したティラミスのようだ。
「毎回思うんですけど、これどっから調達、調理してるんですか?」
「それは企業秘密だから、リア充には教えられないなあ」
「今のこの状況が、リア充に見えます?」
そっぽを向いているコハクへと視線を移すと、それを荒州さんが追って…。
「どう見てもご機嫌直しにしか見えないけどw?」
そうですよ!その通りですよまったく!心の中でそう叫んで、自分を落ち着ける。ステイクール、僕。
「分かってるならコハクの前に置いてあげてくださいよ…」
そこの美少女、さっきから平皿の上の甘味に興味津々といった具合でチラ見してるじゃんか。はいはいと荒州さんがコハクの前に平皿を置くと、いままで無表情に近かった顔に初めて花が咲く。
「ソウキ、ソウキ。これなんて言うデザート?私こんなの見たことない」
「まあティラミス、なんじゃないか?アイスクリームみたいなもんだよ」
「厳密にはケーキに近いけどね。食感はいわゆるケーキと程遠いからなあ、今のは」
という訳で、ティラミス=ケーキだそうだ。なら生ケーキと言っても差し支えないだろう。一体何をどうしたらこれが30秒で出てくると言うのだろうか。
コハクは既にフォークを握っており、その紅玉のような目は輝いている。そのまま右手を下ろして突き刺し、削り取った部分を口に運んだ。
「はむ…。~~~~~!」
なんだこういう顔もできるのか。
ここに来るまでというもの、表情の変化が乏しかったがそれは俺に原因があるようだ。ごめんなはとこ、つまらんはとこで。気づけば荒州さんはバーカウンターのようなところで、グラスを拭きながらいつも通り客を待っていた。カフェって言っときながら酒も出してるこの店は一体何なんだろう。
コハクが食べ終わるのを待ってから、話を進めることにした。