暗雲の鼓動
「俺は、妹を殺されました」
「…失礼した。ご冥福を祈る」
瞑目。それをすぐに終えて話の続きを促す壮年の侍に、少しためらってから言葉をつづける。
「…妹を手にかけたやつもこの目で見てしまった。でもそいつは今もどこかで息をしているんです。許せないんだ」
黒いナニカは心の中に今も巣食っている。奴を殺せ。邪魔するものは断てと。ただ、いまはちゃんと制御できていた。
「許せないとは、その妹君の仇か?」
「いや」
深い深呼吸をする。
「守れなかった、仇を討てなかった自分が許せないんです。だから俺は剣を取る。自分の罪過が払えるまで。自分が自分を許せるまで」
やっと自分の言葉で表したそれは確固たるものとして俺の中に刻み込まれていく。それはやがて鎖となって、今まで不安定だった黒いナニカを拘束したように感じた。
シセツはうむうむと頷くと目の前のビル、サンクリエイト本社の入り口の方を向く。俺もそれに倣うと自動スライドドアから荒州さんが歩み寄ってくる姿を捉えた。
「おや、珍しい取り合わせだね。どうだいシセツ、新しい僕の友人は」
エントランスの階段をこつこつと踵で響かせるとおどけて見せる荒州さん。それに壮年は立ち上がると紳士で爛々とした瞳で口を開く。
「まっすぐでよい。若き己を影写ししそうになるな」
「君は力試しと言って剣嘩をふっかけていただけなんだろう…」
「わはは!そうかもしれぬな!」
シセツよりも30前後の荒州さんのほうがどう見ても年下だ。その辻斬り紛いに付き合っていたとも思えないし、おそらくずっと前にシセツがそう荒州さんに話したのだろう。
それはそうと、荒州さんがここに来たということは任務の始まりを意味する。フィオナも
仲の悪い二人をようやく説得できたようで、一応の握手は交わしていた。握る手に力がこもりすぎていることはこの際無視しよう…。
荒州さんの先導に続いて自動スライドドアをくぐると、エントランスホール脇のエレベーターの下矢印をタップ。間もなく横に三台並んでいた金属ドアの内、真ん中の物が到着の合図を知らせる軽快な音とともに開いた。すでに人気のないこのビルで箱の中から下りてくる者もいない。荒州さんが上層から降りてくるときに使ってそのままここで待機していたのだろう。いいやつだ。
“さぁ乗って乗って”とエレベーターのドアが閉まらないように手を当てる社長の意を汲んで俺を含めた5人は中へ。最後に荒州さんが乗り込みB2へ降下する指示を出すと、直ちに金属ドアを閉めて移動を始める。
現在位置のランプがB1を経由して目的の階へ。ドアが開くとそこは広大な駐車場だった。しかしあたりに停まっている車は2台しかない。一台はトラックだ。あれが要人を乗せた車であろうことは間違いない。ということは憑依者関係の何か重要な情報を持ったものだろう。もう一台は普通の藍色スポーツカーに見えるが、ここは荒州さんのおひざ元だ。強化装甲はもちろん何らかの改造がされているに違いない。
「さて、割り振りを決めようか。トラックが二人、こっちの装甲車に4人だ。もちろんこっちは僕が運転するよ?」
蒼い金属光沢を放つボンネットをこんこんと叩く。つまりは残り5人がどう別れるかだが。
「免許を持っているのが私とそこの槍兵よね」
流石に無免許運転とあっては護送どころの話ではなく警察に捕まってしまう。となるとクレッド、またはフィオナともう一人ということになるのだが、クレッド本人が運転をする気はないといったことにより即班割りが決定された。
トラック:シセツ、フィオナ
満を持して任務遂行に移る、そう思えたのは束の間だ。選択権すらないコハクがこれに不満を覚えない訳がない。かろうじて口には出ていないがそっぽを向いてさっさと車に乗り込み、隣の運転席の後部席をぽんぽんと叩いて俺を急かす。一つため息をついて、目の前の青年に声をかけた。
「俺は社 蒼輝だ。まだまだ未熟だがよろしく頼む。ただひとつだけ、さっきみたいな襲撃は二度としないでくれよ?」
「どうやらあの女狐とは違うようだ。以後善処しよう。クレッド・トライヘッド。クレッドでいい」
その言葉に頷きを返すと、ものの30秒も待てずに業を煮やしているはとこの隣へ。車の座席とは思えないほどふかふかのシートはいつぞやの襲撃を思い返させる。俺に続くように助手席にクレッド、運転席に荒州さんが乗り込んだ。
いざ出発と行きたいところだが一つ懸念事項がある。万が一の敵襲があった場合、俺たちだけでなくこのビルや最悪リアちゃんまで襲われかねない。
「本社は空けてしまっていいのか?」
「リアに関しては心配しなくていい。自分の身は自分で守ることくらいはできるよう育てたからね。ここも大丈夫だろう。缶詰の職員はそりゃいるけどその中に憑依者だっているし、緊急自動防衛機構も動かしてきたから」
その声から少なからず自信を感じた俺はそれ以上の追及をやめる。同様の懸念をしていたクレッドとともに息を吐き出した。程なくしてトラックのライトも付き準備が整ったので任務開始となった。
「ポイントE-08、出てきたぞ」
「敵影は2台だ。乗ってるのは…4、いや6だな。おそらくほとんどが《神持ち》だろう。どうする?《竜喰らい》」
「俺たちの人数だけ見れば制圧は可能だが…」
部下たちが情報を交し合っている声がインカムから聞こえる中、《竜喰らい》と呼ばれた少年はサンクリエイト本社よりも少し離れたビルの屋上から東神夜を睥睨していた。
軽く息を吸うと、ポケットに突っ込んでいた右手をインカムの上に当てる。
「予定通りに行くぞ。《血華》と《白狼》は俺と来い。それ以外はサンクリエト本社を襲撃せよ」
「―了解―」
命令伝達を終えると獰猛な笑みを張り付けて高さ約200メートルのビルの屋上から飛び降りる。狂気の沙汰としか言いようがないだろう。
そう、すでに少年は狂気に落ちているのだ。
「さあ、始めようじゃないか。終わりのない憎しみを」




