作戦部隊
エディタの表示方法を変えたので今までと少し表記が違うものが出てくるかもしれません。
あしからず。
「おう!お前が期待の新人ってやつか!ちっこいな!飯ちゃんと食ってるか!?」
バンバンと見慣れない男に肩を叩かれている俺は今、コハクとともに護衛任務の集合場所に来ていた。あたりは既に夜の帳が下りきっていて、俺たち護衛以外の人影は見当たらない。唯一の光源である目の前のビルのエントランスから漏れた光は路上に深く影を落とす。
集合20分前に到着したのだが、それよりも速く来ていたのがこの暑苦しい壮年の男ともう一人の女性だ。
「いい加減にやめなさいよシセツ。ほら、困ってるじゃない」
「わはは!これは失礼した!新人が来ると荒州から聞いたもので少し厚くなってしまったぞ。名乗り遅れた。拙者、紫電流の紫雪と申す」
「私はフィオナ。このデカブツと一緒で荒州の古い友人と思っておいてくれればいいわ」
肩を叩いていた手をどかしてそのくすんだ短い赤髪を掻く。腰には大振りの刀を二刀ほどさしていて、いかにも侍という風情の出で立ちをしていた。対して桃色の髪の女性の方はガンマンを彷彿とさせるポンチョにウェスタンハット、ホットパンツから惜しげもなくさらされる肌色の両太ももにはホルスターが巻きつけられている。
このタイミングで名乗らないのは失礼だろう。
「社 蒼輝です。いろいろあって荒州さんにお世話になってます」
簡単に挨拶を済ませるとコハクにもそれに続くよう目で合図を出すのだが。
完全に不機嫌なのだ。顔も心も隠すことなく不機嫌というものを表している。さっきから口を開くどころか、瞑目して近くのベンチでふんぞり返っていた。
「あれは気にしないでください…」
コハクとの関係を知ってしまっている今、学校の時のような対応を取ることは俺にはできない。
どうしよう。
そんな考えが顔に出てしまっていたのか、フィオナと名乗った女性は首を傾げてから突然合点がいったようにポンと手を叩く。
「ん?ソウキくんは何か勘違いしてるわね。コハクは見知りだから別に紹介されなくても大丈夫よ?」
「それよりもあの不機嫌な態度ときた。これは残り一人があやつなのは、疑いようもない」
なるほど。確かに荒州さん繋がりという意味では知りあっていてもおかしくはないだろう。だが護衛任務についたのは俺含めて5人と聞いている。あと一人はまだ来ていない。剣客シセツの言う通り、コハクのあの態度はその残り一人に対するもののようだ。
ひとまず途中で買ってきていた飲み物を3人に配っていくことにする。集合時間まではまだ少し余裕があるので喉を潤して語り合うことにする。
「みなさんもその…憑依者ってやつなんですか?」
「そうだねー、私の場合は憑依者と呼んでもらえるかどうかも怪しいぐらいだけど、こっちの侍はちょっとすごいわよ。ソウキくんは憑依者っていうのをどこまで知ってる?」
憑依者とはどういう者なのか。ざっくりとはコハクから聞いていたがおそらくそのざっくりの範囲より外を今は聞かれている。最初の前置きがそれを示していた。
「ほとんど理解していないといっても過言じゃないですね。そもそも俺にも憑依能力があるらしいんですけど、うまく使えてなくて」
あれから柔術、剣術、精神鍛錬に至るまでぬかりなくこなしているはずなのだが、憑依能力に関しては一向に進歩していない。どころか最初に見えていた予知能力の片鱗すら最近は見えていないのだ。そのせいかそんな能力なんて持ってなかったんじゃないかとすら思い始めている。
「ふむふむ。憑依者っていうのはもちろん、起源から譲り受けた権能を行使する存在のことを指すわ。けれどそれは必ずしも起源から授けられている物とは限らない。例えば継承者なんかがそうね。代々脈々と受け継がれていくといった感じのものもあるわ。その中でもさらに特殊な強い者にどんどん乗り移っていくというジャガーノートみたいなのもあるみたいなのよ。そこの侍もその類」
「拙者、いろいろな者を斬っていくうちにいつの間にかそのひょういしゃとやらになっておった。それからというもの、剣線はさえるわ妙な力が使えるようになるわで大変だったわ」
「なるほど」
話の内容を頭の中で整理していく。つまり憑依者が使う神意というのは権能の一部であり、その権能にはそれぞれ特徴があって、シセツの神意のようにどんどん乗り移っていくそれもあればコハクや俺のように血で受け継がれていくものもあるということか。
では俺も継承者に入るのだろうか、と言うとそうではない。それこそ直系の子孫であるわけがないので、起源が神霊である場合は継承者という立ち位置自体がないそうだ。そうコハクがぼそぼそと不機嫌そうに語っているのを俺は聞いていただけだが。
「じゃあお二人の起源ってなんなんですか?」
「「それは当然秘密よ」」
“よ”の店長の方向性は全く逆だが意見は一緒らしい。
「でも俺らの起源を知っているなら教えてくれても」
「恨むならそこの白いのを恨むがいい。わはは!」
「むぅ…」
相も変わらず不機嫌そうなコハクに拍車をかけてしまったようだ。ジト目気味の目がさらに細められる。流石の威圧感にシセツの豪快な笑い声も少し筒小さなものとなっていく。
そんなコハクにさらに追い打ちをかけるように夜闇から声が響いた。
「護衛任務にも関わらず路地で駄弁るとはな。揃いも揃った雁首ども」
すぐに戦闘準備に入る。シセツと同じように、俺の腰にある一振りの鞘に収まった太刀の柄を握る。声は俺が向いている方向の前方から…いや、それは不思議と反射してどちらを向いていても前方から聞こえるように感じた。
…来る。
なんとなくそう感じ取った俺は敵の姿を黙視する前に剣を振る。方向は真正面。振られた剣閃は過たず突撃してきた神速のスピアを跳ね返す。突然のことだったが鍛錬のせいか、どうにか対応することができた。あと一歩、数瞬遅れていたら俺の首から上は吹っ飛んでいたことだろう。その証拠と言わんばかりに刃が当たってもいない頬に一筋の紅が滴った。
次の攻撃に間に合うように構えを戻すと、俺たちの目の前に一人の青年が闇を白銀のスピアで振り払って現れた。
「期待外れかと思ったが、まあ悪かねぇ。一応は合格といったところか」
自らの得物を肩に担ぐと不遜な態度でそう呟いた。一体何者なんだこの黒髪の青年は。護衛任務だの合格だのと言っているところを見ると一応のところ味方という判断はできるが、いかんせんこの敵対行動が腑に落ちない。
なぜ、どうしてと考えているうちに俺の脇を一陣の風が吹き抜けた。白い残像と閃いた剣閃が黒髪の少年に向かって、音速も各屋というほどのスピードで突っ込んでいく。それがコハクだと分かった時にはすでにことは始まってしまっていて…。
「…はぁあ!」
「…ふんっ!」
濃密な夏の夜の空気に剣閃と槍痕が幾多にも重なって作り上げられるウェポンアート。黒髪の青年と白髪の少女はそんなことも気にせず、両者一進一退の、されど一歩も譲らない攻防を続ける。青年のスピアが空気を割り、少女の大剣が風を割く。互いのクロスレンジでは絶え間なく獲物が交錯しあっていて、押されれば押し返す、いなされたらいなし返すを繰り広げるほぼ頂上戦のような有様だ。
シセツとフィオナにどうすればと目で伝えてみるのだが、二人もほぼお手上げのようだ。興味もなさそうにふらふらとどこかへ行ってしまうシセツとフィオナ。どうやら敵ではないようだし、すでにこの展開を知っていただろう二人がそう言うのであれば眺めているしかない。
どこか座れる場所を探して頬の紅一文字を手で拭う。かすり傷程度のようだ。
金属音が響き続けることおよそ10分。しのぎを削りあっていた二人が突然間合いを取って対峙する。一体何事だろうか。
「相も変わらず雑な剣だ。お前があいつの師だというなら、あいつの行きつく先も知れるというものだな」
「いきってるお前に言われたくない。さっきの、3手無駄がある。山奥で修業し直して来たら?」
お互いに相手を罵ると装具をあるべき場所に収めた。青年はくるくると槍を回すと柄の部分がどんどんと短くなって、最終的にほぼ石突と穂先のみになる。それを確認すると腰の金具に釣った。同じようにコハクの大剣はカタカタと音を立ててショートブレードほどの大きさになって、腰の剣帯にぶら下がっている鞘らしき物にガチャリと差し込まれる。
これは荒州さんの会社、サンクリエイトの開発部製作の代物だ。企画当初は様々な機材を手軽に持ち運ぶための変形機構だったそうだが、今ではこの通り軍事転用である。特段決まった名前はなく、量産もできないので荒州さんが身内に渡す際に適当に付けてしまうそうだ。
それにしてもコハクがここまで嫌う相手は珍しい。少なくとも俺と一緒にいた期間ではこういうことはなかった。”お前”だとか”いきがって”なんて言葉が綺麗な唇から零れ落ちるとは…。
頃合いを見計らっていたのかフィオナとシセツが戻ってくる。シセツは俺の隣にどっかりと腰掛けると缶コーヒーを手渡してくれる。
フィオナは二人の元へ。どうやらそろそろ仕事の時間になるからやめなさいとでも言っているのだろう。白と黒は相も変わらず相手にさっきを飛ばしてはいるが、どうやら一時の収まりは見せたようだ。
「あやつらのことが気になるか?ソウキ」
「ああ。何者なんだ?常識人でないことは分かったけど」
その返答にわははと豪快に笑うと季節にそぐわない温かそうな緑茶を一口すするシセツ。
「あやつの名はクレッドと言う。クレッド・トライヘッドだ」
非常識者リストにその名を刻みこむ。今のところそのリストに入っているのはクレッド含め5名だ。詳細は省略する。
「個人情報とやらは守ることにして、コハクとクレッドは旧知の中だ。それも悪い方のな。とにかくそりが合わぬ。片方がああと言えばもう一方はこう言う。拙者があやつらと出会ったのも今日のような任務の日であったが、その時も言い合いで収まらずに刃まで交えておったな。ま、そんな関係よ」
生理的に合わない相手がいるのはごく普通のことだが、コハクに関しては変なところで我がつよいし、クレッドもだいぶ変なやつだ。混ぜるな危険であることは容易に想像がつく。
缶コーヒーを一口煽ると口の中に甘さが伝わった。よく見ていなかったが微糖かカフェラテの類だろう。懐かしむように濡羽色一色の夜空を眺めていたシセツは、一息つくと俺に視線を合わせた。
「さて、今度はおぬしの話す番だろう?なぜあんなのと一緒に?それなりの理由がない限り、その腰に刺さった一品を抜くことはないのではないか?」
腰に刺さった俺の装具。それは今日荒州さんから送られたものだ。銘は銀閃ツキギリ。そいつの柄をそっと軽くなでると、金属らしい感触と冷たさを俺の手に返してくれる。意を決してシセツに向き直った。




