全てを消す消しゴム
目を覚ますと、茶色の封筒が枕元にあった。
中には消しゴムと白い手紙が入っていた。
その手紙には、こう書いてあった。
「この消しゴムはなんでも消すことのできる消しゴムです。
我が星の政府による厳しい審査の結果、貴方に与えることになりました。
この所持権は貴方にあります。
使っても、捨てても、どうしてもかまいません。
どうぞご自由に、そして貴方の幸福を願います。」
と。
何をふざけたことを、と思ったが、何時誰がどのようにして自分の元まで持ってきたのか。
不思議だったが、その消しゴムは普通の消しゴムで、怪しい感じはしない。
何の心配もないだろうと、とりあえず紙に鉛筆であいうえお、と書き消してみた。
よくよく考えれば消しゴムで字が消えるのはあまり前か、とやってることが馬鹿らしくなってきたが、字を消した。
その時、私は目を疑った。
紙も消えてる。
あいうえお、の文字はもちろん、その周辺の紙まで消えていたのだ。
まさか。
試しにテーブルの隅っこをその消しゴムでなぞって見る。
どうしたことか、テーブルの隅っこが消えてしまった。
少し離れた所にある壁に掛かった時計も消しゴムでなぞると、やはり消えた。
遠隔操作できるようで、遠くの物も消せるらしい。
私は外に飛び出した。
電柱にカラスが二匹鳴いていた。
うるさいのでカラスを消しゴムで消した。
やっぱり消えた。
生き物も消せるのか。
近所の八百屋にある苦手なトマトを消してみた。
消えた消えた。
ついでに八百屋の野菜全てを消してあげた。
面白かった。
向かいに住む不潔なおじさんも消した。
礼儀知らずのヤンキーも消した。
不格好に生える邪魔な雑草も消した。
気持ち悪い虫も消した。
イチャつくカップルも消した。
騒音が迷惑な空港も消した。
テレビに映る口だけの政治家も消した。
雨を降らせる雲も消した。
暑苦しい太陽も消した。
気に入らない物は全て消した。
消したくて、消したくてたまらない。
物があると、無性に嫌悪感が身体中を駆け巡り、消したいという衝動に駆られた。
だから消して、満足のいくまで消した。
消しゴムの残りがあとわずかになった。
気づくとこの世界はほぼ空っぽだった。
物がなかった。
衣食住に必要な物も、便利な物もなくなった。
草花や木々もほぼなくなり、呼吸が苦しい。
自分以外の生物は見当たらず、世界は驚くほどの静けさに溢れいた。
後悔した。
元に戻したい。
何もない世界なんて、つまらない。
でももう遅かった。
全てを消した自分が嫌いになった。
そうだ、気に入らない物は消してしまえばいいのだ。
そして消しゴムの残り全てを使って、自分を消した。
「成功しましたね、王さま。これで我が星の領土拡大に一歩踏み出しましたね。」
「うむ、地球を征服するには、単純に攻撃するだけでは難しいと思ったのじゃ。
だから特殊な全ての物を消せる消しゴムを、地球を支配している生物、人間に渡すことで自滅へ導いたのじゃ。
まぁ、消しゴムを渡すのにぴったりな人間を探すのには苦労したがのう。
人間は変わった生き物で、もっと調べてみたかったが。
しかし嬉しいのう、わっはっはっ。」
宇宙の何処かで、地球征服の喜びの笑い声が不気味に響き渡っていた。