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始まりの戦い 4

 迫ってくる鈍色に光る切っ先に書かれている古代文字が見える程に。


 それが突如、くすんだ茶色で視界が覆われた。

 そして、クルトのいるコクピットを貫くはずの肉厚の剣は茶色の壁を代わり貫いて止まった。


「しょ、少尉殿、戦場で油断するなと教わらなかったんですか?」


 かすれがすれの声は、ビンデバルト二等軍曹のもの。


 コクピットに剣が深々と刺さった目の前の機体も軍曹のもの。


 その客観的事実を脳が咀嚼するとクルトは、現実を認識する。


「軍曹、何をしている!」

「何をって、しくった新米小隊長殿の尻ぬぐいです」


 真っ赤なオイルが剣を伝ってこぼれ出ている。まるで、命が抜けていくかの如く。


「軍曹、そんなこと命令していない!」

「これは、いうなれば義務です。命令じゃなくとも古参兵の義務ですから。気にしないでください」


 エトヴィンの機体の両腕が剣を抜けないようにがっちりと掴んだ。


「少しの間、時間稼ぎますから小隊長殿も早く立ち直ってください」


 大きく深呼吸をする音がスピーカーを通してクルトの耳に流れてきた。


「そんなことは、いいから脱出しろ」


 微かな笑い声とともにエトヴィンは、「できません」と短く言う。


「このおいぼれの最後の話をどうか聞いてください」


「ああ、後でいくらでも聞く。だから今は、静かにしろ。これ以上しゃべるな」


「小隊長殿といられて本当に良かったです」


 クルトの命令などなかったかの様にエトヴィンの言葉は続く。


「覚えていますか? 小隊長殿が着任なされて、一カ月ほどたった日です。ちょうど今どきの季節でした。新型遺物レリックの欠陥を報告しに装備課長殿のところに行った日です」


 ほとんど声が声にならずにそのまま空気として出てくる声でエトヴィンは、なおも続ける。


「報告の内容を聞き終わった装備課長殿が自分の名前に変えて、上にあげようとしたときに『それはビンデバルト二等軍が発見したものです。彼の功績を奪わないでやってください』って言ったんですよ」


 クルトにもその記憶が思い出される。


「あの日まで士官っていうものはみんな己の出世のために部下を食いつぶすものだと思っていました。でも、小隊長殿は違いました。部下のために動ける本物の士官なんだってその時思いました」


「違う」


「違いませんよ。自分は、小隊長殿についていこう。この人のために頑張ろうって思ったんです」


 そこでいったん区切ると、もう一度大きき大きく深呼吸をしたのが伝わった。


「小隊長殿は、こんな小さな戦場で死ぬべき方ではありません。いつか、もっともっと大きな戦場で国民のため、国王陛下のため、祖国の未来のために戦うべき方だと確信しています。そんな方を守ったのです。ヴァルハラで仲間たちに自慢できるというものです」


「何いってんだ。これからも口うるさく説教しろ。命令だ」


「ありがとうございます。小隊長殿とともに戦場に立てたことうれしかったです。柄にもないことをべらべらとしゃべりすぎてちょっと疲れました。小隊長殿、少しだけ休憩させてもらいます。アレクシスも今まで口うるさくて済まなかったな。お前じゃ少し頼りないが小隊長殿をよろしく頼む…ぞ…」


 最後の一言とともに剣から腕が滑り落ちる。


「任せてください、軍曹殿。この身に変えても必ず守って見せます」

「おい、軍曹! 返事をしろ、軍曹! 頼むから返事をしてくれ!」


 たとえどれだけ呼びかけようとも、エトヴィンからそれ以上応答がなくなる。


 アートランチスの遺物ミノタウロスがコクピットから剣を引き抜くと、機体はバランスを保てなくなり前のめりに地面に倒れた。


「小隊長殿、立ってください。軍曹殿の命を無駄にしないでください!」


 スピーカーから流れるアレクシスの声が頭で繰り返される。


 エトヴィンが死んだ。


 あいつが殺した。


 クルトは、モニターに映るアートランチスの遺物をにらみつける。


 殺す。


 絶対に殺す。


 エトヴィンの死を悲しむのはこいつを殺してからだ。


 こいつを殺して、エトヴィンの墓の前で思いっきり泣けばいい。


 深紅の機体が今度こそ確実にクルトを殺すために剣を振り下ろす。


 クルトの体は条件反射で、その攻撃をかわす機動をとる。


 エンジンの回転数が一気に跳ね上がり、甲高い悲鳴を上げる。それは、まるでクルトの代わりにエトヴィンの死を悲しんでいるかのように聞こえた。


 クルトは、そのまま立ち上がると損傷状況を素早く確認する。

 さっきの横なぎの影響か左腕は、油圧が極端に低くなっている。動かせるのは一回が限度に思える。

 その他にも、剣は半分から先がない。エンジン圧力も低下を始めている。


 クルト自身も、体中に激しい痛みが発していた。頭部のどこかが切れているのか右目に血液がかかってほとんど意味をなしていない。

 それでもクルトは最後の武器である右腰にある、ナイフを構えた。


「伍長、軍曹の敵討ちだ。絶対にあいつを殺すぞ!」

「もちろんです。小隊長殿。援護します」


 アクセルをベタ踏みする。エンジンは最後の力を振り絞るかのようにガタガタと機体を揺らしながら加速させた。


 風切り音を連ねて、縦一文字の攻撃がクルトに迫ってくる。

 よけずに、左腕でいなす。

 肉厚の大剣は、軌道を変えて地面に突き刺さる。

 左腕は、粉々にはじけ飛んだ。


 それでも、間合いは大剣ではすでに意味をなさないほど縮まった。


 クルトは、片刃の軍用ナイフ深紅の機体に押し込むが、火花を散らしてナイフの方が跳ね返された。


「小隊長殿、右です」


 アートランチスの遺物ミノタウロスの援護に来た機体により、クルトは、バックステップを余儀なくされる。


 アレクシスも援護しますと言ってはいたが、すでに二機の相手をしているため、手を放す余裕はないようだ。


 二機による連携の取れた斬撃がクルトを襲う。


 回避機動をとるが、エンジン出力が低下しいつも通りの挙動ができない。

 よけきれずにいくつかの斬撃を受けてしまう。

 その都度、装甲板が削られ、駆動部が損傷し、動けなくなっていく。


 損傷を知らせる警告灯が点滅していない部位はなくなっていた。いまだに機体が動くことの方が奇跡に近かった。


 彼我の戦力差は、絶望的なまでのものになっていた。


 最後まで読んでくれた方ありがとうございます。

 現実の戦場に奇跡なんてほとんど起きません。たとえ、どんなに願ったところで。

 エトヴィンのために感想、ブクマ、評価、レビューを書いていただきたいです。

 よろしくお願いします。

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