最強の海軍 7
遅くなり申し訳ないです
「フェンリル三〇からフェンリル〇〇へ! 至急応答願う!」
クルトは、姫殿下との無線を切り、より秘匿性の高い暗号無線に切り替えた。
「こちらフェンリル〇〇おくれ!」
いつもは感情を表に出さない第三中隊長のクライシェ中尉が既に緊迫した声で呼びかけていることからよほどの事態が偵察中に起こったことが伺える。
「数分前にシスリー連合王国のものと思われる上陸用舟艇が多数ナディア海岸の砂浜に着岸されており、続々と共和国軍兵士を沿岸の輸送船に向かって輸送しております」
二三式遺物には、遠赤外線を感知するサーマルグラフィーの暗視装置が搭載されている。鮮明な状況を見ることはできないが、何がそこにあるのかは見ることができるのである。
クライシェ中尉からもたらされた情報は、クルトの予想よりも早い連合王国と共和国の合流の知らせだった。
「輸送状況は、どうなっている!」
「数えられないほどの量の上陸用舟艇が海岸に押し寄せています。海岸周辺には大隊規模から連隊規模程度の遺物部隊が警戒しており、うかつに攻撃をすることができないと判断しました」
やはり、遺物部隊が警戒に当たっている予想は、的中した。クルトの予想は、悪い方にばかりあたるようだ。
「了解した。フェンリル三〇及びその指揮下兵士は射程延伸弾を使用し、その場から砲撃を実施したのち速やかに後退。所定の位置に交代後待機せよ!」
クルトは、速やかに命令を下達する。野戦砲や榴弾砲以外の兵器では最大の射程を持つ射程延伸弾による攻撃だ。いやがらせ程度の射撃かもしれないが、いつどこから撃たれるか分からない状況を作り出すことは、作業効率を遅らせる一定の効果を見込める。
「フェンリル三〇、了」
無線が途切れたのち、一瞬の間合いを開けて闇夜にいくつかのマズルフラッシュが開花する。暗闇に咲いた花は、クライシェ中尉等の第三中隊の輪郭を暗闇から浮かび上がらせた。
第三中隊がもう一度黒に塗りつぶされるのと入れ替わるように有効射程六キロを有する射程延伸弾が砂浜に炸裂し、真っ赤な大きな花を咲かせる。続けざまに放たれた弾丸のいくつかが可燃物に紅蓮の炎を着火させ、砂浜の状況を照らし出した。
光源が生まれたことにより、テトラの微光暗視装置がその性能がいかんなく発揮された。
真っ黒だったディスプレイに、黄緑色で風景が映り込む。
風に揺れ動く、草の葉や、砂浜に打ち寄せるさざ波まで見ることができる。もちろん、砂浜で逃げ惑う、共和国兵士や沿岸に向けて慌てて発進する連合王国軍上陸用舟艇もはっきりと視認することができる。
もはや、昼間と変わらない視界を確保することができている。
この後は神出鬼没の強襲を繰り返すことによって、恐怖心をあおり続けることで後退を遅らせ、本隊が来るまでの時間を稼ぐことだけを考えていればいい。
しかし、クルトの思考とは裏腹に状況は悪い方へと向かって行く。
「フェンリル〇〇! こちらフェンリル三〇! 敵の攻撃を受けている!」
牽制攻撃を成功させ後退を開始し始めていたクライシェ中尉から、またしても緊迫した無線が届いた。
視線を向ければ、どこからともなく現れた中隊規模の敵から第三中隊が攻撃を受けている。
通常の戦闘であれば間違いなく、一方的に蹂躙するであろう敵に対して、第三中隊が大きく後れを取っている。
奇襲攻撃であったために、十分な反撃体制が執れておらず、各人の連携もできていない。それに対して敵は、周囲の地形地物を巧みに利用しながら各個撃破を確実に行っている。
クルトが第三中隊の使用している周波数に合わせると、無線は混乱を極めていた。いくつもの情報が飛び交い、成り立たない会話の応酬がされている。
そして、ついに、執拗に攻撃を受けていた一機が盛大に爆ぜた。
装甲板のすきまを縫うように繰り出された刺突がエンジンまで到達し、ピストンシリンダーを破損させ、圧縮された燃料がそこから漏れ出て周囲の火花に引火をした結果だと推測された。
「第三中隊に下達! 戦闘を放棄し各機オーディーン〇〇が待機する地点まで後退せよ! 第二中隊は、第三中隊の支援に急行せよ! 深追いはしなくてもいい。負傷者の救護が最優先だ!」
これ以上、第三中隊だけで戦闘を行っていても、被害が拡大するのが目に見えている。混乱している人間に対する命令は、単純明快なものでなければならない。
「フェンリル一〇、フェンリル四〇は各中隊を指揮して、砂浜を強襲せよ。強襲後は、速やかに離脱ののち、再度別地点に強襲せよ! なお、敵との不期遭遇戦が予想される。各中隊は、周囲の警戒を厳とし、連絡を密にせよ!」
「「了」」
ばらばらの場所に息を殺して潜伏していた遺物がエンジンを始動させる。
「フェンリル一〇よりフェンリル〇〇。照明弾の使用は可能ですか?」
「自己位置を暴露する照明弾の使用は許可できない。無線での連携を重視し、同士討ちに注意して戦闘せよ」
本来の作戦では、照明弾を活用しての戦闘を行うことにしていたが、今の状況では使用した際のデメリットの方が大きくなってしまっている。
「フェンリル二〇より、フェンリル〇〇。敵を見失いました。引き続き第三中隊の後退支援を続行します」
敵は、ゲリラ戦に徹することにしているとクルトは確信する。
小規模戦闘を繰り返し、クルトらの進撃速度を低下させる遅滞戦闘だ。ここから推測させられることは、敵の部隊規模が大きくないということだ。
部隊規模が大きければ、横隊に展開して全面防御を行い、安全に撤退を支援することができる。しかし、実際にはゲリラ戦を展開される方がクルトとしては、戦いにくいことこの上ない。さらに現在クルトたちも、十分の戦力があるとは言えない。戦闘行動を行っている敵の数と同等かそれ以下と推測されるのだ。
戦闘において防御側が有利なのは、明白なのだ。それでも、今後の戦争のことを考えればここで撤退することは考えられない。
「不稼働の機体は、回収せずに爆破処理を行うように。負傷者は、一人残らず後退させよ!」
「フェンリル二〇、了」
機体まで回収しているだけの余裕は、今のクルトたちにはない。
「ご主人様、周囲に熱反応があります」
状況は、予断を許さない。
「熱反応数、四。既に包囲されています」
クルトは、大きく息を吐く。
興奮した意識が冷静になっていくのが感じられた。
これからあとがきにて小説内の兵器の諸元を書いていきたいと思います!
プルート型試作機PT-04(テトラ)
全長 5.28m(頭部から地面まで)
重量 37t(装備無し)
最高速度 120km/h
装備(神聖ローゼニア王国装備) 30㎜23式突撃銃、50㎜19式狙撃銃、指揮官機用拳銃、銃剣
装甲厚(最大) 鉄鋼換算200㎜以上
エンジン オクタウィアン式質量エネルギ型エンジン




