最強の海軍 6
更新が大変遅くなってしまい申し訳ございません。
漆黒の闇がすべてを覆いつくしていた。
静まり返った大地からは、光が失われ、あるのは闇だけ。
シスリー連合王国海軍の上陸船が押し掛ける予定の海岸であり、ダリアス共和国政府と軍が国の未来をかけて亡命する海岸は、いつも以上に静まり返っていた。
完全に灯火管制された海岸には、既に共和国の首都から向かってきた軍勢四万人が息を殺して、連合王国の上陸船が向かってくるのを待っているはずだ。
真っ暗な映像をコクピットから眺めていたクルト・ベッシュ大尉の所に偵察から帰ってきた部下からの報告が入る。
「フェンリル二〇からフェンリル〇〇へ。前方のナディア海岸には、所狭しと共和国陸軍が群がっています。適当に撃っていても簡単に当てることができそうなほどです」
クルトの予想通り敵は、遮蔽物のほとんどない砂浜にいるようだ。
しかし、クルトたちにはすぐさま攻撃に入ることのできない理由がある。
現在この場所にいるのは、クルトが率いている大隊総勢五十二名と足手まといでしかない姫殿下一人を合わせた五十三名しかいないのだ。
近衛師団の本隊は、いまだに敵の足止めを受けて前進準備すらできていない。その他の師団も同じような状態であることは、容易に想像することができる。
いくら一騎当千の遺物であってもこの人数差で、さらに敵の遺物がいると考えられる状況下で攻撃を開始するのは自殺行為である。
「フェンリル〇〇、了。引き続き定点監視を続行してくれ」
「フェンリル二〇、了」
クルトの搭乗するアートランチスの遺物には夜間でも昼間と同じように行動することができるように暗視装置が搭載されている。微弱な光源を増幅し、夜間でも視界を確保することができる。
しかし、今日に限って微弱な光源の発生源である月や星を覆うように分厚い雲が空を覆っている。
「クルト、いつ攻撃を開始するの? 適当に撃っても当たるのなら私も戦闘に参加できるわ」
全く状況を理解できていない姫殿下から攻撃を促す無線が入ってくる。
「毎回言っていますが、無線では官姓名ではなくコールサインをお使いください。オーディーン〇〇。戦力差の大きさから味方部隊が到着するまで、ここで敵の動きを監視しながら待機をします」
敵の動きを監視していると言ってもモニターに映る映像は、黒一色しかない。
「こんなところで待っているだけで、共和国と連合王国が先に動き始めたらどうするのよ! 王国が戦争に負けてしまうかもしれないでしょ!」
確かに姫殿下の言う通り共和国軍が連合王国内に撤退することは看過することのできない重大な問題なのだ。もしも、味方部隊が間に合わなければ現有戦力だけで戦闘することもクルトは視野に入れている。
しかし、それは最悪の事態だ。できる限り待つべきであろう。
「最悪は我々だけで戦闘に移る予定でいます。しかし、オーディーン〇〇は、この場にて待機していていただきます。オーディーン〇〇にもしものことがあれば軍、しいては国民の士気にも関わりますゆえ、何卒ご理解くださいませ」
「いやだ! 私の行動は、私が決めるの。誰からも指図は受けないわ!」
いつものごとく姫殿下の我が儘が始まってしまう。不遜極まりないが、王族とは、皆これほどにも自分勝手なのであろうかと思ってしまう。
「ですから先ほども申し上げた通り、オーディーン〇〇にもしものことがあれば今後の戦局に影響が出て来てしまうのです。これは、指示や命令などでは決してなく、部下からの頼み事です」
「クルトが守ってくれれば問題ないわ。いっぱい練習したから、あなたの後ろにくっついていることぐらい造作もないわ」
数日前の遺物操作技術からは考えようもないほど練度が向上しているのは、否定することはできない。ここまでの移動中に歩行と走行は、及第点をとっている。そこだけであれば、兵学校を卒業できるレベルに到達している。
「しかし、戦場では、砲弾、地雷、戦車、遺物による攻撃からの回避行動がとれなければなりません。問題なく回避行動がとれますか?」
「任せなさい。昨日練習したばかりよ」
「それでは、遺物操典二二九ページに書かれている敵砲弾落下時における回避行動と防護動作についてお教えください。これにお答えできれば帯同をお認めします」
クルトの出した問題は、現役の士官候補生が卒業試験で最も苦戦する問題だ。遺物操典に書かれている回避行動と防護動作は、エンジン性能から分厚い装甲を乗せることができなかった時代に書かれたものであり、操典通りの挙動は、現在では行ってはならないことが常識となっている。
「えーっと、砲弾落下音が聞こえたのであれば、すぐに後方に伝達を実施したのちに、砲撃落下地点からいち早く脱出するのよ」
姫殿下は、完璧でしょと言わんばかりに威風堂々と遺物操典に書かれている通りの回答を出した。
「残念ながら、まだまだ前線に立てるだけの知識と技術をお持ちになっておりません。その回避行動では、敵の思うつぼになってしまいます。フェンリル四〇、正しい回避行動をお伝えせよ!」
一番若いガウス中尉の力量を試す意味も込めて、正解を言わさせる。
「はっ! 僭越ながら私がお答えいたします。報告までは、おっしゃられていることで問題ありませんが、回避機動は、操典別冊一二八ページに示されている重装甲遺物の回避要領を行わなくてはなりません。この回避要領は、曵下射撃による鉄片の威力よりも遺物の装甲が固い場合は、堅固な地物を利用して通常の砲弾をやり過ごします」
一度も答えに詰まることなくガウス中尉は、続ける。
「曵下射撃は極めて広範囲に攻撃を加えることが出来るため範囲外からの脱出は困難です。曵下射撃に耐えることができるのであれば、時節混ざる直接地面に着弾する砲弾の被害を受けないように隠れるべきであるとされています。どうでしょうか?」
「完璧な回答だ。よく勉強できている」
クルトは、ガウス中尉の完璧な回答に一安心する。
「別冊があるなんて知らなかったのよ! 卑怯だわ!」
「戦場では、知らなかったではすまないのです。知らなければ、それはすなわち『死』を意味するのです。私は、もう誰にも死んでほしくないと思っています。戦場では、贅沢な願いかもしれませんが、本当にそうあればいいと思っています」
こんな理想を掲げていては、将校失格かもしれないなとクルトは、自ら思っている。将校とは時に作戦の成功、ひいては国家の勝利のために部下に『死んで来い』と言わなくてはならないのだから。
「分かったわ。今回はここに待機しておくわ」
姫殿下が、ぽつりと自分の意見を曲げる発言をする。
クルトが知る限り姫殿下が主張を曲げたのはこれが初めてのことだ。
若干十八歳の姫殿下が少しだけ大人になった喜びをかみしめる暇もなく、偵察に出ていた第三中隊から緊急連絡が入ってきた。
読んでくださった方ありがとうございます。
最初にも書かせていただきましたが、現在、現実世界での生活が大変忙しくなっており、執筆がなかなかできない状況です。
少し更新頻度が遅くなるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。




