最強の海軍 3
複雑に掘り進められた塹壕や幾重にも張り巡らされた鉄条網を乗り越えて姫殿下に合流するべく機体を動かしていく。
激しく動く機体に合わせてコクピットの中のクルトも大きく揺さぶられる。激しく揺れる視界はクルトの平衡感覚を容赦なく奪っていく。
これでも、現在、生産されている他の遺物に比べればサスペンションと姿勢制御システムの性能が段違いにいいはずなのだ。
「ご主人様、大丈夫ですか? 血圧の低下が確認されています」
「問題ない。気にするな」
「ですが…」
「本当に大丈夫だ。これしきの事でなんてことない」
実際には、今にも吐きそうなのだが、そこはぐっとこらえるしかない。
戦闘機動の方が激しい振動に襲われている。しかし、ここまで単調で長い振動にさらされる経験はあまりないのだ。長距離高速行軍の訓練の必要性をクルトは、あらためて認識する。
「分かりました。姫殿下という方は、ご主人様の思い人なのですか?」
あまりにも唐突な一言に、クルトの思考が一瞬フリーズする。
「唐突に何を言うかと思えば、そんなことあり得ないからな、テトラ。姫殿下は、雲の上のお方だ」
姫殿下に恋心路を抱くなんて不遜にもほどがある。姫殿下は王族でクルトは卑しい貧民なのだから。
「なるほど! ご主人様は、身分を超えた恋愛をなさっているのですね! さすが私のご主人様です」
テトラの思考回路には、致命的な欠落があるようだ。
「いいか、確かに俺は姫殿下に好意を寄せている。しかし、それは臣下の関係での好意だ。男女の関係ではない!」
姫殿下は、今後の王国の未来を背負って行かれる方だとクルトは思っている。身分の差に関係なく接してくださる姫殿下は、少しずつ目を出し始めている誰もが平等な世界をいつしか実現してくれるとクルトは確信しているのだ。
「無我夢中で否定するところがますます怪しいです。私のプログラムソースには、男が女のために動くときは『愛』という感情が必要不可欠だと刻まれています」
まさか、鋼鉄の殺戮兵器の口から『愛』などという言葉が出てくるとは思いもしなかったクルトは、吹き出してしまう。
「どうして笑うのですか? 何かおかしなことを言いましたか?」
「いや、すまない。『好意』という言葉が出てくることも驚きだが、『愛』という言葉がテトラから出てきたことが予想外すぎて、つい笑ってしまったのだ」
「私だって、一応、女の子なんですから『愛』ぐらい言います」
確かに今までも、歌を口ずさんだり、声に出して笑ったりと喜怒哀楽の感情をのぞかせていた。もしかしたらこの戦闘機械には『愛』という感情も備わっているのかもしれない。
「すまなかった。配慮に欠けた発言だった」
「分かってもらえればそれでいいのです。ご主人様とのお話はとても楽しいのですが、そろそろ合流地点に到着します。姫殿下に対しての『愛』のお話は、また次の機会にしましょう」
すでにモニター上の姫殿下を示す光点とクルトの位置はほとんど重なっている。
周囲を見渡しても砲撃や爆撃によって無残に破壊された敵味方の戦車、遺物の残骸が散乱していて、姫殿下の姿を見ることはできない。
いまだに散発的な銃声が聞こえてくることからも姫殿下の身を案じればすぐさま合流すべき状況だ。
「こちら、フェンリル〇〇。オーディーン〇〇応答せよ」
テトラの索敵精度は、疑いようもなく正確ではあるが天候や周囲の状況によって少なからず誤差を受けている。確実に合流するためには、姫殿下本人と直接連絡を取ることの方が手っ取り早い。
「クルト、来てくれたのね! 今どこにいるの?」
クルトの呼び出し無線に元気溌剌な少女の声が答えた。
もちろん、姫殿下本人である。
「オーディーン〇〇、現在地付近はいまだに敵が残る戦闘地域の中です。官姓名ではなくコールサインをお使いください」
無線には、暗号がかけられているがいつ解読されてしまうかは分からない。そのため、軍隊では敵側に情報が漏れることを防ぐために様々な情報にコードネームが付与されているのだ。
もちろん、官姓名にもコールサインと呼ばれるコードネームが付けられている。部隊を最初の単語で表し、その後の数字で個人を特定しているのだ。
「いちいち、うるさいわね。以後気を付けるわ。それで今どこにいるの?」
「今、赤い発煙筒を上げますのでそこに来てください」
クルトは、地点指示用に規定されている赤い発煙筒をすぐ近くで発火させた。
赤い煙は日が傾きつつある戦場の空に向かって上がっていく。周囲の残骸から上がる真っ黒な煙と空高くで混ざり合って、流れ出た血液のような色になっている。
「見えたわ。今から向かうわ」
「お待ちしております」
無線からの声が聞こえた直後にクルトは、第五中隊を引き連れた姫殿下の姿を視認した。どうやら、砲弾の落下によってできたクレーターによって見えなくなっていただけで、本当にすぐ近くまで来れていたようだ。
「ご無事で何よりです姫殿下。姫殿下の行動のおかげで師団全体も移動のために行動を開始しております」
姫殿下との距離が分かったことによって傍受される危険の少ない近距離通話用無線に切り替える。
そして、姫殿下の乗る二三式の前でクルトは、テトラの片膝をつき頭を垂れた。
「ご苦労様。すぐさま向かいましょう」
「了解しました。私が姫殿下を先導いたします」
「任せるわ」
その他に残燃料やその他の異常がないことを確認してクルトたちは動き出した。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
乗り物酔いってなかなかつらいですよね。
続きが気になると思ってくださった読者様、ブクマ、評価、感想、レビューをよろしくお願いします。
勝手になろうランキングの方もよろしくお願いします




