最強の海軍 2
その重い空気を打ち払う声が狭い司令部内こだまする。
「これぐらいのことでそんなに重たくなる必要はないわ!」
声を発したのはシャルロッテ姫殿下だ。
「私は、ここにいるものの中で特に戦術、戦略、戦争について詳しいわけではないわ。どちらかと言えば何も知らない小娘よ。この体に王家の血が流れていなければ、今頃、町で花の売り子でもしていたのかもしれないわ」
凛と澄んだ声は、直接頭に入り込んでくる。
「でも私は、知っているわ。不可能だと思わなければ不可能なんてないということを! 次の一歩を踏み出す足場をあきらめずに作り続ければ、いつか勝利はやってくるのよ! さあ、その研ぎ澄まされた思考を使いなさい。落ち込んでいる暇はないわ!」
シャルロッテ姫殿下の言葉はいつも根拠のないものばかりだ。特に考えて発言していることではないのかもしれない。
しかし、それでも、どうしてこんなにも前を向ける言葉なのだろうか?
例え軍事について何も知らない子供でも列強を三カ国も相手に戦争をすることが自殺的な行為だと思うだろう。しかし、姫殿下の言葉にはまるであきらめが感じられないのだ。
常に前を向き続け、どんな困難さえも乗り越えらると確信している。
「あなたたちの研ぎ澄まされた思考は、敗北の言い訳を考えるためにあるのではないわ。勝利への道を考えるためにあるはずでしょ! シスリー連合王国が参戦したのなら、ロ―ゼニアに逆らえばどうなるのかを見せつけるだけよ!」
どこまでが姫殿下の本心なのだろうか?
「あなたたちが最初の一歩を踏み出すのをためらうのであれば、私がその背中を強引に押すだけよ。私たちには力なき王国臣民を守る偉大なる使命が課せられているのだから」
その言葉を最後に姫殿下は、司令部を飛び出して行ってしまう。
クルトの頭の中で最後の一言が繰り返される。
『最初の一歩を踏み出すのをためらうのであれば、私が強引に背中を押すだけよ』
つまり、クルトたちが作戦に向けて行動するしかなくなるよう何かを姫殿下が行うということだ。
クルトの思考がそこに至ったとき司令部の外から二三式のエンジン音がけたたましく鳴り響いた。
「まさか!」
クルトが急いで司令部の外に出ると二三式遺物が海岸線に向かって歩みだしている。すぐそこにノルドハイム中尉がいることを考えて、あれに搭乗しているのはまず間違いなく姫殿下であろう。
そう。姫殿下は、思考を停止した師団を動かすために王族である自らを死地に向かわせているのである。
「ノルドハイム中尉! 第五中隊を率いて姫殿下を引き留めろ!」
「言われなくても、分かっています!」
放心状態で突っ立っていたノルドハイム中尉も自らの機体のタラップを駆けあがっていく。しかし、姫殿下を乗せた機体は既にクルトの視界からは見えなくなっている。ついこないだまで歩行することさえ困難だったのに、どこかで練習を積み重ねていたようだ。
クルトは、ノルドハイム中尉が姫殿下の向かわれた方角に向かって機体を動かしたのを見届けると、意を決して司令部に戻る。
クルトが戻った司令部の中は、動揺に満たされていた。
いまだに何も決断ができていないことがすぐに伝わってくる。
王族であり司令官である姫殿下が自らの身を危険にさらしてまで動いているというのに、本当に精鋭の集まった師団なのであろうか?
「皆様、こんなところで油を売っている場合では、ありません! 姫殿下は、既に戦場へと向かわれています! 王族の方をお守りするための近衛師団が動かずに姫殿下が亡くなられてしまっては、本末転倒です! 戦闘の指揮をおとりになってください。小官は姫殿下をお守りするためにお先に行かせていただきます。失礼します」
クルトは、制帽と軍刀を手に取ると司令部から急いで出ていく。師団司令部脇に止めていたテトラに飛び乗るとすぐさま無線の回線を開く。
「こちらフェンリル〇〇!フェンリル一〇応答せよ!」
クルトの呼び出しにすぐさま威勢のいい反応が返ってくる。
「こちらフェンリル一〇。大尉殿の手柄はもう残っていませんよ!」
「それならちょうどいい。新たな目標ができた」
「新たな目標ですか? どのようなものですか?」
「共和国首都防衛軍主力とシスリー連合王国上陸部隊だ。既に姫殿下が単機で向かわれた。急行してくれ! 地点はデータで送る! 私は現地で合流する! 質問はあるか?」
無線越しにグルーバー中尉がつばを飲み込んだ音が聞こえる。
「了解しました。すぐに向かいます!」
「よろしく頼む」
機体外部を映し出すカメラが司令部から出てくる各部隊指揮官の姿を映し出す。やっと状況の整理ができたみたいだ。
クルトは、高級将校が車に乗り込むのを視界の隅にとどめて海岸線のある北に向けて機体を進めた。
「フェンリル〇〇、聞こえるか?」
スピーカーから聞こえてきたのは、本来の指揮官であるヘルダー大佐の声だ。
「はい、感度良好です」
「今、師団全体が行動を開始した。貴様は、遺物の機動性を存分に発揮して姫殿下に何としも追いついてくれ」
「もちろんであります。我らが姫殿下を連れ戻して御覧に入れましょう」
「貴様が部下でよかったよ。現在、他の部隊も動き出したがすぐには向かえない。厳しいかもしれないが頼んだぞ!」
「フェンリル〇〇、了!」
ヘルダー大佐との通信と入れ替わりにテトラがしゃべりだす。
「シャルロッテ姫殿下の位置を特定できました。画面上に移します」
テトラの索敵が姫殿下の現在地を見つけ出したことを教えてくれる。その後方一〇〇メートルには、第五中隊もいるようだ。
「既に一五〇〇メートル先を速度約五〇キロで移動中です」
このままいけば二時間後には、シスリー連合王国の上陸予想地点であるレベッカリン海岸についてしまう。
「姫殿下に合流できる最短ルートを表示してくれ。敵などの排除可能な障害物は考慮しなくても問題ない」
「了解しました。ルートを計算します」
ヘルダー大佐も先ほど言っていたが、歩兵や砲兵などはすぐさま移動することはできないはずだ。目の前にいる敵を排除しなければならない。さらに、移動速度も遺物とはくらべものにもならない。
この地域を任されている他の師団が動くのは、さらに遅いと考えてもいい。近衛師団であるこの師団は、通常編成されている師団よりも規模が大きい。二個師団に匹敵する戦力を保持している。
それほどの戦力を保持している我々が司令部をつぶされた敵にくぎ付けにされているのだ。他の師団は、さらに厳しい状況なはずなのだ。
共和国軍がシスリー連合王国との合流を見据えて海岸側に戦力を偏らせていたのだとすれば、敵の指揮官はよほど先の見据えられる男であろう。
「合流ルートの構築終了しました。自動運転で向かいますか?」
「いや、自力で向かう」
「了解しました」
クルトは、少しでも早く姫殿下に追いつくためにアクセルを踏み込んだ。
更新遅くなってしまってすいません。
読んでくださった方々に最大限の感謝を!
わがままな姫殿下の檄、とても悩みました。特段根拠がないのに前に向かって進んでいく言葉って難しいです。
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