秋季攻勢作戦 10
「なぜですか? わざわざ前線に司令部を置く必要などないのではないでしょうか?」
クルトは、たとえどれだけヘルダー大佐に意見具申をしても変更などされないだろうと思う。
「それは、そうなのだが…」
「ここの方が戦力的に安全よ」
ヘルダー大佐の後ろから駆けてきたシャルロッテ姫殿下が口をはさむ。
「遺物大隊のあるここなら並大抵の攻撃なら返り討ちにできるでしょ」
やればできるでしょ、と言わんばかりに胸を張った姫殿下は、根本的なことをお忘れのようだ。
「確かに通常の攻撃であれば、機甲師団の一点集中突破でもない限り負けはしません。しかしですね、不意急襲的な攻撃を行われれば、偶然、姫殿下に弾が当たることもあるのですよ」
戦場では敵も味方も相手の裏をかくことを考えているのだ。想定外のことなど日常茶飯事に起きている。もちろん後方が必ず安全とは限らないが、最前線にいるよりも間違いなく安全なのだ。
「姫殿下の安全を考えれば、ここに師団司令部を置くことに小官は、反対意見を具申し致したいと思います」
断固たる意志の意見具申だ。
軍隊という厳正な階級社会で大尉ごときが将官に準ずる王族が発した命令に意見具申することは普通ならば抗命罪で銃殺刑にされてもおかしくないことだ。
それでも、言わなければならいこともあるのだ。
「自分の身ぐらい自分で守れるわ!」
子供が屁理屈を並べるのと変わらないことを姫殿下が言う。
「先日の戦場でご自分の力量を実感したばかりではありませんか」
「危険になる前に後方に退避するわ」
「それなら、元から後方に待機してくださる方が合理的です」
「クルトが守ればいいのよ」
「混戦時に小官が姫殿下のそばにいるとは限りません」
「第五中隊は、必ず私の周りにいるわ」
クルトは、これ以上は自分の力だけではどうにもならないと悟った。
「大佐殿からもおっしゃってくださいませんか?」
クルトよりもはるかに長く姫殿下に付き添っているであろうヘルダー大佐の言葉なら聞いてくれるかもしれないと淡い希望を抱いて大佐を見る。
「大尉。こうなった姫殿下を動かせるのは、私の知る限り国王陛下か王妃殿下ぐらいしかいないから、何を言っても無駄だぞ」
しかし、大佐の口からは、クルトの期待を裏切るあきらめと疲れの言葉だった。
「クルト、無駄よ」
姫殿下が大佐の言葉に便乗して威張る。もはや、完全に子供だ。
「分かりました。ご命令のままに」
これ以上食い下がっても意味はないなと思い、クルトは不測の事態に対応すべく思考を切り替える。
それならば、せめて陣地配置をクルトたちが守りやすいように進言する。
「師団司令部は陣地中央部に配置でよろしいでしょか?」
「任せるわ。ただし、私は陣地内を自由に歩かせてもらうかね」
姫殿下は、自分が全く無知な専門的な分野には、口を出してこない。そこが分別をわきまえない無能な高級将校よりも断然優れているところだ。
「了解しました。護衛を必ず付き添って出歩いてください」
歩き回るところは、反論するだけ労力の無駄なのでこれ以上ひどい方向にいかないように先回りをしておくことにした。
「姫殿下。軍司令部から通信が入っておられます。至急お戻りください」
護衛兼お世話係をしている第五中隊の隊員が姫殿下を呼びに来た。貴族の嫡子として幼少期から教育された、王族に対する礼は薄汚れた戦場で一際異彩を放っている。
「今行くわ。あとのことは、よろしく頼むわ、シュテファン、クルト」
金色の長く美しい髪をキラキラと舞わせて通信機の積まれた車両に向かっていく。
何気ない全ての動作が中世の騎士物語に出てきたかのような現実離れしたもののように感じる。
「姫殿下の警備は、すべてこちらで受け持つ。大尉は、いつも通りに行動してくれて構わない」
「了解しました。大隊本部の位置は、師団司令部横でよろしいでしょうか? 何かあった際にカバーがしやすいのでそうしたいのですが」
「問題ない。ただし、下世話な話は大声でしないように注意しといてくれ。見てわかると思うが、姫殿下は相当な箱入り娘なのだ」
軍人になるのは、一部の例外を除いて男でさらに下士官以下の兵隊は貧困層の学のないのであるから、話の流れが下世話になるのは宿命だ。
そんな汚い話を女性、しかも王族の女性が聞いてしまったら、そのまま意識をなくしてしまうかもしれない。
姫殿下だけでなくそば付きの侍女たちにも注意をしなくてはならない。
「分かりました。兵たちに徹底しておきます」
クルトの首が飛ばないためにも徹底しておかなければならない。
「頼む。それとこれは、まだ内密にしてほしいことなのだが、偵察に出ていた航空機からダリアス共和国のアートランチスの遺物が確認されたという情報が入っている。明日の作戦は、十分気を付けてくれ」
ヘルダー大佐からもたらされた情報は、とてつもなく重要なもので、クルトの脳のギアを一段上げるのには十分なものだった。
明日の作戦開始前までに敵の行動予測をもう一度見直さなければならい。
「兵たちにいらぬ心配をかけぬように作戦開始直前に情報を開示してくれ」
今教えてしまうと少ない休養の時間に休むことができなくなってしまうかもしれない。
クルトも大佐の意見に同意する。
「明日の作戦開始前の会議で伝えます。他に新規の情報は上がってきていますか?」
「現状では、上がってきていない。情報が上がり次第伝えよう」
「ありがとうございます」
新しく正確な情報を得ることこそが勝利への近道だということは、古から伝わる戦争の常識だ。味方の情報は可能な限り秘匿し、敵の情報は何が何でも暴き出す。この心構えが重要だ。
「伝えたかったことは以上だ。明日まで準備を整えておいてくれ」
ヘルダー大佐は、クルトにそう告げると別の将校の名前を探し始めた。
明日の作戦は、今回の大規模攻勢作戦の山場になるかもしれないとクルトは思った。
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