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秋季攻勢作戦 9

 命令の下達が終わると早速、陣地変換のための準備に取り掛かる。準備と言っても、元々機動戦の最中だ。数少ない資機材を積み込めば準備完了となる。


 すぐに出発の用意は整うことだろう。


 クルトも下士官に混じって大隊本部の撤収を行い、予想通り本の小一時間で準場は整った。


 準備が整えば、後は時間が過ぎるのを待つだけだ。歩哨の要員以外に休息をとるように伝達する。

 クルト自身もテトラの機内にて出発までの三時間を睡眠にあてる。


二二五〇フタフタゴマルに起こしてくれ」

「了解しました。お休みなさいませ」


 テトラにタイマーをセットして、座席を可能な限り倒して目をつぶると、すぐさま睡魔に襲われた。


「ご主人様。お時間になりました」


 耳元でささやかれるきれいなソプラノの声がクルトを微睡の世界から現実へと引き戻した。


「ありがとう、テトラ」


 重い瞼をこすりながら体を起こす。いくら質のいい座席だと言っても狭いコクピットの中では、体の各所が痛くなっていた。


 クルトは、軍服の上着を羽織るとコクピットから降りる。


 事前に指示したとおりにすでに大隊は、出発準備を終え整列している。

 部隊の前ではグルーバー中尉が各種指示を飛ばしている。


「ご苦労、グルーバー中尉。ピクニックに行く準備は、万端か?」

「お疲れさまです。大尉殿。出発準備は既に完了しております。」


 クルトが声をかけると瞬時に答えが返ってきた。


「ただ、弁当の質の改善を要望したいのですが」

「それは、残念ながらできない相談だ。姫殿下がおられるおかげで他の師団よりも優先的に配達されているんだぞ」

「理解はしていますが、敵の攻撃よりもよほど兵員に損害を与えています」


 グルーバー中尉の言葉通りにレーションの品質は、どうしようもなく悪い。

 塹壕戦によって停滞していたころは、調理場を前線に近いところに作ることによって、まだ温かいレーションが食べられていたらしい。

 しかし今は、一日に何十キロと前進するために、調理場を設営することが難しく、後方に作られていた調理場からの輸送によって賄われているのだ。


 これがもう本当に食べ物なのかというぐらいまずい。


 缶詰に詰められた牛肉が数切れとカチコチのパン。さらに塩のききすぎた冷たいスープが付いてくる。

 これが本当に殺人級にまずいのだ。


「この作戦が終了すれば本場のダリアス料理のフルコースでも食べようじゃないか」


 世界三大美食に数えられるダリアス料理は、見た目もたいそう美しいらしい。せっかく本場に今から向かうのだから食べていこうというわけだ。


「それはいいですね。みんな聞いたか、大尉殿が作戦終了の暁には本場のダリアス料理をご馳走してくれるそうだ」

「おい、待て。おごるなど一言も…」

「「「ごちそうさまです!」」」


 クルトの声は、大隊全員の歓喜の声に打ち消されてしまう。


「師団司令部から遺物特別遊撃大隊は、師団先頭で行軍を開始されるように下達されました」


 通信兵の声が集まった大隊の人員に聞こえるように叫ばれる。

 ダリアス料理の件は、明日の夜まで持ち越しだ。


「おしゃべりはここまでだ。全員機体に乗り込め! 夜間行軍を開始しろ」


 クルトの声と同時に今まで談笑していた隊員は、一目散に機体へと乗り込んでいく。


 夜の静けさを打ち消す大型エンジンの音がそこら中から聞こえ始める。管制灯火を敷かれているために、どの遺物も微かな赤色のライト以外はつけられていない。それでも、しっかりとした隊列を作って集合する遺物は、練度の高さを物語っている。


 クルトもテトラに搭乗すると大隊の最前列に並ぶ。


「行軍開始! 繰り返す、行軍開始!」


 無線封止がされていないため、出力を絞った無線で号令を出し歩き出すと、後方からも一定のリズムで踏み出される足音がしっかりと聞こえてきた。


「大尉殿、士気高揚のために行進曲を歌いたいとの声が上がっているのですがよろしいでしょうか?」


 クルトの真後ろを歩くグルーバー中尉から出された提案は、前線を移動する兵士としては、危機感にかけるものだ。しかし、今のダリアスに我々を攻撃する余力などないのは間違いないので許可を出した。


「大尉殿の許可が出たぞ。王国陸軍行進曲を歌うぞ。誰か音頭をとれ」


 誰かが持っていたハーモニカで伴奏を吹き始める。


「クライシェ中尉。いつ聞いても素晴らしい音色ですね」


 口々に贈られる賛辞と口笛から推測すると、どうやら第三中隊長のクライシェ中尉の音色らしい。いつもは、クールビューティーだがハーモニカの音色はとてもやさしく美しい。


 美しいハーモニカの伴奏が終わると、勇ましい行進曲の歌詞が大隊の暑苦しい猛者の声で歌われ始める。


 兵学校や士官学校で必ず覚える行進曲は、王国軍人なら誰もが歌える曲だ。勇ましい歌詞に軽快なリズムは、士気高揚にはぴったりなのだ。


 クルトもいつの間にか歌詞を口ずさみながら操縦をしていた。


「かっこいい歌ですね。私も歌わせていただきます」


 テトラもこの曲が気に入ったらしく、きれいな鈴の音のような歌声で口ずさみ始めた。


 夜間行軍を実施しているとは思えない音量になってしまっているが、また機会があればやってもいいなと思ってしまう。

 いつしか後方で行軍している歩兵部隊も歌い始めていた。


 曲がひと段落すると無線の内容は、戦場の与太話に移り変わっていた。


 無線によくわからない声が入るだの、いないはずの味方が現れて敵を蹴散らしたのだの、本当にどうでもいい話に花が咲く。無線から垂れ流されていた与太話を聞き流していたクルトだが、古参兵が体験したという心霊の話には食いつかずにはいられなかった。


 その内容は、その日の戦いで死んだはずの戦友が夜中にみんなで酒を飲んでいるとひょっこりと顔を出して一緒に酒を飲んでいた、というような内容だった。

 クルトは、もしも本当に幽霊が酒を飲みに来るのであれば、もう一度だけエトヴィンに会いたいと思う。


 あってあの時のことを謝って、経験に裏打ちされた操縦技術を聞きたいと思う。

 そんなことは、かなわないと頭では理解しながらも心では羨望している。こういう気持ちが戦場の与太話を作り上げているのだと思った。


「目的地付近です」


 テトラが教えてくれた通り、モニターに映る自機を示す点が目的地と重なるところで点灯している。


「大隊とまれ! 目的地に到着だ。陣地内を検索してから陣地構築を開始しろ!」


 クルトの指示で中隊ごとに塹壕内にブービートラップや敵兵が潜んでいないかの確認、いわゆるクリアリングが行われ、安全が確認されると設営が開始された。


 後続の部隊も続々と到着し、次々と陣地内に入っていく。


 その中で師団の最後尾として第五中隊に囲まれて入場してきたのは、我らが姫殿下の率いる師団司令部だ。この前の戦闘で懲りたのか最近は、師団長席にしっかりと座っているらしい。


「ベッシュ大尉はいるか」


 その師団司令部からクルトの名前を呼ぶのは、師団参謀長にして遺物特別遊撃大隊の大隊長のヘルダー大佐だ。


「はい。お呼びでしょうか、大佐殿」

「ああ。少し陣地の内容に変更が加わった。姫殿下たっての希望だ」


 いやな予感しかしない。


「師団司令部を大隊本部の隣に置く次第となった。よろしく頼むよ」


 ヘルダー大佐は、やれやれと言った口調でそう決定事項を告げた。

更新遅くなり申し訳ございません。

最後まで読んでくださった方々ありがとうございます。

中々、執筆の時間が取れず申し訳ございません。

作者が睡魔に負けないよう、感想、評価、レビュー、ブクマをしてくださるとうれしいです。


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