秋季攻勢作戦 7
格納庫の大きな扉が開かれ、真っ赤な西日が差しこんでくる。深紅の機体がさらに赤く映し出される。
「各員、私に続け!」
戦場に向け一歩を踏み出す。格納庫が歩調に合わせて震える。
ポワブールの後に副官、副長、その他、各中隊の順に行軍が開始された。
「副長、詳細な状況を説明してくれ」
目的地の大まかな情報を入力してオートパイロットに切り替える。
「今回の出撃命令は、左翼を抑えて海岸線に続く道を確保せよとのことです。すでに、出撃している第四一遺物大隊によって王国軍のアートランチスの遺物を含む、攻勢部隊の撃破に成功している戦場に対しての出撃になります」
コレットたちの遺物大隊は、本当に大活躍をしているようだ。
「味方部隊の状況は?」
「第十二軍と第二十九軍で構成された守備部隊が展開しておりますが、すでに三分の一の損耗を抱えており、限界に近付いている模様です」
通常であれば撤退を行うべき損耗率だ。これで最もましな戦線の状況だというのなら、他の戦線は本当に地獄と化しているのだろう。
「一般守則以外の特別守則はあるか?」
どんな時でも守らなくてはならない一般的な規則を定めた一般守則のほかに、戦闘の状況などを踏まえた、特別守則が戦闘部隊には発せられる場合がある。
「本作戦における特別守則は、死守命令と弾薬等の補給が難しいため節約に努めるようにとのことです」
「補給物資の節約をしろだと!」
ついつい、無線の向こう側にいる副長に声を荒げてしまう。副長は、命令を復唱しているだけだというのに。
防御戦闘でさらに自国の領内での戦闘だというのに補給が滞るなど普通ならあり得ないことだ。
「はい。すでにペチカ上空以外の制空権は、完全に王国軍が掌握しており、鉄道線が機能していない模様です」
線路の上以外を移動することのできない鉄道は、航空戦力の格好の的になる。しかし、軍中枢でもそれぐらいのことは、理解しているはずだ。現に開戦前に空軍の設立をしたぐらいだ。
「空軍は、何をしているのだ!」
「空軍は、壊滅状態になっているとのことです」
「ついこの前まで互角に戦っていたはずだ」
王国による大規模攻勢が始まる前まで間違いなく、戦線の上空を確保していたはずだ。格納庫にも予備戦闘機がいくつもあった。
「壊滅しているということ以外の説明は、されませんでしたので自分には、分かりません」
「了解した。各員に弾薬と燃料の節約を徹底しろ。私も現地にて補給物資の確保を模索してみよう」
知り合いの将校がいる兵站部隊に頼み込んで調達を試みなくてはならないと覚悟する。最悪でも代替えの利かない燃料だけは、手に入れなくてはならない。
「それとアルトー閣下から伝言を預かっております」
「なんだ?」
「貴様らの奮戦には、祖国の未来がかかっている。追って通達があるまで必ず陣地を確保せよだそうです」
どうやらアルトー閣下には、まだお考えがあるようだ。どんな無茶にも耐えられるように覚悟しておかなければならないだろう。
戦線左翼につく頃には日も暮れ、辺りはすっかり夜の暗闇に包まれていた。しかし、塹壕内では走り回る兵士や明日のために攻撃に備えて新しい土嚢をくみ上げる兵士などで静寂とは程遠い。
ポワブールは、大隊の配置場所を聞くために前線司令部に向かった。
「ポワブール少佐、入ります」
簡易的な天幕を塹壕の中に建てた半地下の前線司令部の中に足を踏み入れる。部下たちは、砲撃でやられた塹壕の再構築の支援に向かわせている。
「よく来てくれた、ポワブール少佐。私が第十二軍を指揮する、ディディエ・ガエル・モノ大将だ。アートランチスの遺物に乗る貴官がいれば千人力だよ」
柔和な顔からは、想像もできない死のにおいを漂わせる高級将校が口を開いた。
モノ大将は、予備役から戦争の激化に伴って復帰した将軍だ。現役時代は、数々の作戦を成功に導き、ダリアス共和国の植民地拡大に多大な貢献をしている。
「モノ大将閣下にそのようなことを言っていただき、うれしい限りです。単刀直入に伺いますが、我々はどこに配置につけばよろしいでしょうか?」
「貴官らには、遊撃隊についてもらいたい。各所の支援が主な任務になる。他に何かあるかね?」
遺物は、本来高い機動力を生かした戦闘が向いている。遊撃戦を命じるということは、そのことをしっかり理解している指揮官であるということだ。
さすがは、歴戦の将軍である。
「了解いたしました。しっかりとした働きをして見せます。これは、お願いなのでありますが、燃料と弾薬を分けていただきたいのですが、できませんでしょうか?」
遊撃隊として機動戦を行うのであれば、なおさら燃料は必要不可欠になってくる。
「もちろんと言いたいところだが、わが軍の備蓄も少なくなってきてしまっている。十分な量は約束できないが必ず手配しよう」
「ありがとうございます」
燃料と弾薬不足はこれで少なからず解消されたと言える。
「もう一つ伺いたいのですが、今朝、増援としてきた第四一遺物大隊は、どこに配置されているのでしょうか? 士官学校の同期がおりますので顔を出しておこうとおもうのですが」
コレットたちは、今日、アートランチスの遺物を破る大活躍だったのだ。酒の差し入れに行くためにも配置を聞かなくてはならない。
しかし、司令部は沈黙に包まれてしまう。外の作業を指揮する士官の声がしっかりと聞き取れてしまうほどに。
「第四一遺物大隊は、もう存在しない」
モノ大将が静かにつぶやく。
「そ、それは、どういうことでしょうか?」
「アートランチスの遺物を足止めし、巻き込まれることを承知で砲撃要請を送ってきたのだ」
今度は、ポワブールが絶句する番だった。
「砲撃に巻き込まれ敵と共に一人残らず全滅したよ。そうか、貴官の同期だったのだな。これからが期待できるいい将校だったよ」
ポワブールは、理性を総動員して涙をこらえる。軍人たるもの仲間の死にも動じない強い精神力が必要なのだ。
「そうですか。同期として誇りに思います」
それだけ言うのがポワブールには、精一杯だった。
ポワブールは、その後、詳細な敵の配置と塹壕戦の確認を参謀から聞いたのちに、司令部を後にした。
凄惨な戦闘が行われているとは、思えないような星空が戦場を覆っていた。
最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
今回でポワブール少佐目線でのお話は、一区切りにさせていただきます。
次回からは、クルトたちの目線に戻ります。
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今後もよろしくお願いします。




