秋季攻勢作戦 6
「各員は、宿舎にて次の命令があるまで待機せよ! 解散」
ポワブールは、部下に宿舎にて待機という名の休憩を命じた。王国の攻勢が始まってから常時緊張状態にあるのだ。次の命令がいつあってもいいように休めるときに休まなくてはならない。
自らの装備を手に取ってぞろぞろと待機室を出ていく部下の背に続いてポワブールも待機室を後にした。
宿舎に続く廊下歩いていると、反対側から見知った顔の士官が待機室に向けて歩いている。士官学校で同じ釜の飯を食ったマクシミリアン・コレットだ。教場の一番後ろで授業をさぼっていたやつだ。
「久しぶりだな。コレット」
すれ違いざまに片手をあげて呼びかける。下を向いたコレットは、呼びかけに反応して顔を上げた。
「おぉ、ほんとに久しぶりだな。三年ぶりか? 知らない間に少佐かよ。偉くなったな」
神妙だったコレットの顔が少し穏やかになる。
「南方での訓練以来だからそんなもんだな。座学で寝てばかりだったお前が大尉か。部下がかわいそうだ」
一緒に汗水たらしてきっつい訓練で教官にしごかれた大切な仲間だ。こうして久しぶりに会っても皮肉を言い合える同期の存在は、かけがえのないものだ。
「上の人たちが死んでっちまったから、こんな俺でも大尉さ。やんなっちまう」
将校を狙った狙撃などが活発に行われたことによる将校不足がポワブールたちの中堅の将校の階級を通例よりも早く上げている。
「ポワブールは、待機命令の解除か?」
「ああ。お前らが交代の部隊か?」
「いや、俺たちは六分後に出撃だ。戦線の左翼を支えろって命令だ」
少し悲しげに遠くを見てそう答えた。
つまり、死んで来いと言われたのだ。
「そんな顔すんなって。俺が野蛮な王国人をぶっ潰してダリアスの英雄になるのをこっから見といてくれ」
どうやら、顔に気持ちが出てしまっていたようだ。今から戦場に向かうやつに逆に励まされてしまった。
ポワブールは、無理やり笑顔を作る。
「楽しみにしてるよ。凱旋したらまた飲みに行こう。お前のおごりで」
「それおかしいだろ! 俺の凱旋パーティーを俺が払うんだよ」
「気づいたか。タダでうまい酒が飲めると思ったのに」
そこまで言ってポワブールとコレットは、大きな笑い声で笑い始めた。
腹を抱えて笑っていると伝令兵がコレットを呼びに来た。どうやらもう時間のようだ。
「最後にお前に会えてうれしかったよ。もしも、俺の家族に会えたらよろしく言っといてくれ」
「任せておけ。戦争が終わったら英雄になったお前のところに同期みんなでたかりに行くからな」
コレットは、ポワブールのセリフに少しだけ笑って、先に向かった伝令兵を追いかけて走っていく。これとの横顔は、今まで見たことのない精悍な軍人の顔だった。
「死ぬんじゃねーぞ!」
離れていく同期の背中に向かって叫ばずにはいられなかった。
コレットは、振り向きもせずに手を振って待機室の中に消えていった。
ポワブールは、同期が消えていった扉を少しだけ見てから、宿舎に向けて歩き出した。目から頬を伝って一滴の涙が地面を濡らした。
廊下を抜け、格納庫の外に出ると、どす黒い雲から大粒の雨が降り出した。
宿舎に向かうポワブールの横を遺物が大きなエンジンを轟かせながら走り抜けていく。塗装が剥がれ落ち、ところどころ錆びた機体は、とても美しかった。
ポワブールは、宿舎につくと装備を放り投げ軍服のままベッドに飛び込んだ。雨に打たれた軍服は、ぐっしょりと濡れていたが、そんなことは気にならなかった。
頭に浮かぶのは、今さっき会話をしたコレットの笑顔だ。
学校の成績も操縦技術も機体の性能も間違いなくポワブールの方が上だ。それでも、今この時点で祖国のために戦っているのは、コレットなのだ。
なんと無力なのだろうか。
水を吸った軍服がポワブールの体温を奪っていく。それに合わせて、ポワブールは微睡の中に落ちていった。
「少佐殿! 起きてください、少佐殿!」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「司令部から出撃命令が出ています! 起きてください、少佐殿」
出撃命令という言葉がポワブールの意識を瞬時に覚醒させた。
「今すぐに行く! 先に待機していてくれ!」
ベッドの脇に立ってポワブールを揺り起こしていた伝令に声をかける。
「了解しました。五分後に出撃です。詳しいことは、待機室で副長にお聞きください」
かっちりとした敬礼を後に伝令は、駆け出していく。
ポワブールもベッドから飛び起きると床に転がっている装備を装着していく。軍服は、寝ているうちにしっかり乾いたようだ。
装備のつけ忘れがないことを確認して勢いよく宿舎を飛び出した。雨は、すでに止んでいる。空は、真っ赤に染まっていた。
ぬかるんだ道路を全速力で駆け抜け格納庫に向かうと大隊の隊員は、整列して待っていた。
「すまない、遅くなった。手短に状況の説明を頼む」
ポワブールに代わって部隊の統率をしていた副長に声をかける。
「少佐殿、お待ちしておりました。大隊には、戦線左翼に即時展開するように命令が出ております。左翼は、アートランチスの遺物を戦闘不能に追い込むことに成功し、局地的にわが軍有利の状況になっている模様です」
我々には優位な状況を維持せよとの命令が出ているようだ。
ポワブールは、大隊の前に出ると檄を飛ばす。
「ダリアスは、どうやら風前の灯火のようだ。すでに首都の目の前に敵が押し寄せている。戦線の左翼は、崩れかけている。中央は、もう持たない。撤退は許されない。状況は最高。これより反撃開始だ!」
隊員たちの闘志が宿った眼光がポワブールに突き刺さる。
「貴様ら、その手に剣をとれ、銃をとれ! 大地を敵の血で染め上げろ!」
皆から大きな歓声が上がる。誰もが死地に行くことを恐れてなどいない。
「各機搭乗せよ!」
きれいに整頓されていた隊列から隊員が自らの機体に向け、一斉に走り出す。
「副長、搭乗後に詳しく聞かせてくれ」
「はっ! お任せください」
ポワブールも愛機、アートランチスの遺物に乗り込んだ。
皆様、お久しぶりでございます。
最後まで読んでくださった方々に厚くご御礼申し上げます。
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