秋季攻勢作戦 5
ダリアス軍のアートランチスの遺物・エイコサ、通称ミノタウロスのパイロット、ポワブール少佐は、祖国の首都がローゼニア王国によって砲撃されたことに大きな動揺を覚えていた。
共和国の他のアートランチスの遺物は、すでにローゼニア王国に鹵獲されてしまっていた。
そのため、ポワブール少佐の指揮する部隊は、ペチカ防衛の最後の砦としていまだに、ペチカにある軍司令部にて待機を命ぜられていた。
「アルトー閣下! どうか我々にも出撃命令を出してください!」
昨日の夕方に行われたローゼニア王国の砲撃によってペチカの市民は混迷を極めていた。このままでは、王国軍が来る前にダリアスは崩壊してしまうかもしれなかった。
「ペチカを守れとご命令くだされば、必ずや祖国に勝利をもたらせて見せます!」
アートランチスの遺物を有するポワブールの部隊では、今の共和国において、極めて強力な戦力となるはずだ。
「祖国に勝利か…それは、この戦争での勝利を指すのか?」
ダリアス共和国軍、元帥エルキュール・アルトーは、分厚い雲が覆う窓の外を眺めながら呟く。ポワブールは、答えに詰まってしまう。それが答えとなってしまう。
「だろうな。貴様が前線に出ればその時だけ、勝利を手にすることはできるかもしれない。だがそれは、延命でしかない。そこに祖国の未来はないのだ」
その通りであろう。そんなことは、ポワブールにも分かっていることだ。それでもポワブールは、じっとしていられないのだ。
「閣下。そんなことは、わかっています。しかし…しかし、自分には死にゆく祖国を見守るだけなどできません」
祖国を愛する家族を守るために軍人になった。戦って、戦って祖国にあだなす敵から祖国を守るために軍人となったのだ。
「少佐。貴様の気持ちは、私にも十分わかる。だからこそ、今は耐えるのだ。時がこれば、貴様の力を必要とする時が来る。それまで、待っていてくれ」
アルトー閣下が窓からポワブールの方に振り向きながら、そう力強く言う。
「分かりました。その時が来るまでお待ちしております」
それ以上何も言えなくなってしまったポワブールは「失礼します」と敬礼して、アルトーの部屋を後にした。
「少佐殿! どうでしたか? 出撃命令は?」
ポワブールが出てくるのを扉の前で待ち構えていた部下たちが、扉がしっかりとしまったのを確認して詰めかけてくる。彼らも祖国のために戦いたいのだ。
ポワブールは、静かに首を横に振る。
「そんな…どうして、我々には出撃命令が出ないのですか! 一二四遺物大隊には出撃命令が出たというのに」
部下の目に涙が浮かぶ。皆、愛する祖国が蹂躙されることに耐えきれないようだ。仲間たちは、すでに祖国のために命を賭した防波堤になっているというのに。
砲撃によって麗しきペチカの街は、いたるところに赤レンガ造りの建物の破片が散らばっている。ポワブールの部下にも家族を今回の砲撃でやられた奴もいる。
それでも、軍人であるポワブールたちには、命令がなければ敵と戦うことすれできないのだ。祖国を守るために軍人になったというのに。
「しかしだ。アルトー閣下は、我々の力が必要とする時が必ず来るとおっしゃってくれた。それまでの辛抱だ」
これは、部下に言い聞かせるためだめでなく、ポワブール自身にも言い聞かせていた。
そう。時が来れば、ポワブールたちも愛する祖国のために戦えるのだ。
「それは、いつなのでしょうか? 今戦わなければ祖国は、なくなってしまうのではないのですか?」
「そんなことはない。ダリアスがなくなることなどない」
言い切っているが、このままいけばダリアスが独立国ではなく、良くて自治領、最悪で併合されるのは間違いない。
そうなることを見越した戦火の及んでいない国外への国民の避難はすでに行われていた。ポワブールの家族もすでに海の向こうの中立国に避難している。
「いつ出撃命令がかかってもいいように準備しっかりとしろ」
この命令をここ最近だけで何度繰り返したことだろうか?
「もうすでに準備は完璧です。あとは、命令があればいつでも出れます」
そこへ息を切らした伝令が走ってくる。
「少佐殿。出撃待機命令が出ました。至急、格納庫へお戻りください」
王国軍の攻勢が再開されたのであろう。
「聞いての通りだ。格納庫に向かって出撃待機だ」
ポワブールが命令を言い切る前に、我先にと格納庫に向けて駆けていく。ポワブールも部下の後を追って駆け出した。
格納庫に向かう道すがらに砲弾の破裂音が聞こえてくる。ペチカに対して行われているわけではないが市民にとっては大きな恐怖になるはずだ。
格納庫には、すでにいつでも出撃できる体制の機体が整然と並べられている。補給が間に合わず、装甲が欠けていたり、装備がそろっていないものもあるが、これでも共和国軍全体から見ればましな方なのだ。
昨日出撃した一二四遺物大隊は、機体が足りずに旧式の練習機で出撃を余儀なくされていたのだ。
ポワブールが出撃待機室に入ると、すでにすべての隊員がフル装備を身に着けてて詰めていた。
当直士官がポワブールの姿を確認して近づいてくる。状況の報告をしに来たのだ。
「現在、ペチカから約一一〇キロの地点で交戦が行われている模様です。しかし、共和国軍はすでに後退を開始しています」
王国軍は、この攻勢作戦を始動するにあたり、未確認のアートランチスの遺物を含む大部隊の投入と膠着した塹壕戦を打開するための新戦術を敢行してきている。
元から限界ギリギリのところで何とか拮抗させていた共和国軍は、新たな脅威に対する予備戦力など持っておらず後退をせざるおえないのだ。
「我々に対する出撃命令は、ありそうか?」
基本的に出撃命令があるときは、それとなく事前に伝えられる。
「いえ、少佐殿。その兆候は、確認できませんでした」
それがなければ、今回の出撃は、ここに敵が攻めてこない限りない可能性が高いということだ。
「報告ありがとう」
たとえ出る可能性が少なくてもいったん出撃命令がかかれば帰ってこれるかどうかは、怪しい。だから、各々家族の写真に最後の挨拶を投げかけたり、首にかかったロザリオに祈りをささげている。
ポワブールも愛する妻とまだ幼い愛娘の写真をそっと手に取った。
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