秋季攻勢作戦 4
塹壕にこもる歩兵の撃滅は、すぐさま終わった。
後方では、味方歩兵が機関銃陣地の制圧に成功したようだ。
「各隊現状を報告せよ」
「大尉殿が一番遅かったですよ」
グルーバー中尉が取りまとめていた報告をしてくれる。無線には、各員から「ごちそうさまです」という元気な声がいくつも飛んできた。
「ヘルダー大佐から秘蔵の酒をかっぱらってくるよ」
今回クルトが一番遅くなってしまったのは、シャルロッテ姫殿下がいたせいなのだ。それならば、原因はヘルダー大佐にあると言ってもいい。大佐は、姫殿下の侍従でしかも師団参謀長として、師団長たる姫殿下のすぐそばにいたのだから、最前線に行こうとする姫殿下を止める義務があるはずだ。
たとえ姫殿下が勝手に抜け出してきたのだとしても、大佐には監督不行き届きの責任を取ってもらわねばならない。
「自分たちは、人の金でうまい酒が飲めるなら何でもいいですよ。貴様らもそうだろう?」
グルーバー中尉の意見に口々に同意の声が返される。
「任しとけ! 大佐のワインコレクションの中でも最高級の九十七年物をもらってきてやる」
クルトの言葉に大きな歓声が上がった。とても下士官の安い恩給で帰るような代物の酒ではないのだ。
姫殿下のお守りを代わりにやっているのだ。しかも、銃弾飛び交う最前線でだ。何が何でも手に入れなければとクルトは、決意を新たにした。
「この話はこのぐらいにして、もう一仕事やるぞ。残りのノルマもしっかりとクリアして夜のうまい酒をみんなで飲もうじゃないか」
仕事が終わればうまい酒が待っているとなれば、誰でもやる気が上がるというものだ。
「死んだ奴の分は、全員で山分けだ。飲まれたくなかったら、死ぬな!」
戦争では、生きる意志のないものは必ず死んでしまう。そういう奴に向かって弾丸は飛んでいくのだ。
クルトの知る人間には、死んでほしくない。それが、クルトの嘘偽りのない本心だ。
「心配性なんですね、大尉殿って。王国名誉騎士勲章をもらうぐらいだから、もっと立派な軍人なのかと思ってました」
クライシェ中尉の言葉は、その通りだ。軍人としては、クルトは失格なのかもしれない。部下に死んでくれと命令できる気がしない。
そうこうしているうちに後方の塹壕を確保し終えた歩兵がクルトの隣になだれ込んでくる。姫殿下も歩兵と共に塹壕にたどり着いたようだ。
「姫殿下。先ほどのようなことがこれからも続くはずです。今回は、運よく弾が当たりませんでしたが、次がそうとは限りません。少なくとも、うちの大隊の隊員に一対一で勝てるような技量が身につくまでは、指揮官先頭で戦わないでください。お願いします」
クルトたちが前進するということは、敵の反撃もどんどん強くなっていくのだ。これから先もクルトが確実に姫殿下をお守りすることができるとは限らない。
「分かったわ。クルトの言う通りにするわ。私のせいでクルトが死んでしまうのは王国のためにならないものね」
姫殿下も王族なのだ。王国の利益のことを一番に考えているのは、至極まっとうなことだ。
「ルイトポルトが来たら一緒に司令部に戻るわ」
「ありがとうございます。姫殿下の分も活躍してみせまする」
まさか、あのわがままな姫殿下が素直に後退すると言ってくれるとは、つゆほども思っていなかったクルトは、驚愕しつつも感謝の気持ちを述べる。
「司令部でクルトの活躍が聞けるのを楽しみにしているわ。さぁ、早く次の目標の奪取に向かいなさい」
「はい。無線に耳を傾けておいてくださいませ。では、失礼します」
クルトは、次の目標地点の指示を短く出すと、自らも前進を開始した。
姫殿下をかばいながらの戦いではなくなったクルトは、激しい敵の抵抗をものともせずに、次々と橋頭保を確保していく。
各中隊も「うまい酒効果」によって、割り増しされた士気のおかげか、ハイペースでダリアス陣地の攻略が進んでいった。
初日のうちに達成予定だった前進距離である、十キロメートルをはるかに超える二五キロメートルの前進を達成し、攻勢作戦の初日は幕を閉じた。
予定以上の大幅な前進により本来二日目以降になるはずだった、ダリアス共和国首都・ペチカに対する列車砲による砲撃が行われた。
一〇八キロメートルの射程を持つ列車砲による射撃は、制空権が確実になった夕暮れ時から行われ、合計二八発の砲弾をペチカに打ち込んだのである。
都市に対して無差別に行われた砲撃は、世界各国から非人道的な行いであるという声をあげさせた。このことがのちに王国に対する参戦の理由となり、王国の首を絞めていくことになっていくのであるが、このとき王国側では誰一人として大きく受け止めなかった。
世界情勢とは関係なく、クルトは、自らの発言通りヘルダー大佐から高級ワインをいただくことに成功した。さらに、姫殿下からも差し入れとして、各種アルコールが届けられたので、初日の宴会は大盛り上がりのうちに終わった。
本日も最後まで読んでくださり誠にありがとうございます。
次回から戦いは、さらに激化していきます。
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