秋季攻勢作戦 3
紅蓮の炎に包まれた戦車を後目に次の標的に向けクルトは、突き進もうと歩みを進める。
クルトに対して指向しているはずの敵戦車の砲塔があらぬ方向に向いている。
そう、姫殿下の乗る遺物の方へとである。
「砲塔の方向から、シャルロッテ様への直撃コースです」
クルトの予感がテトラの弾道予測計算システムによって裏打ちされる。
「姫殿下! 回避行動をとってください!」
すでに、テトラによって戦車に狙われていることは、姫殿下に伝わっているのは間違いない。しかし、クルトはそう言わずにはいれなかった。
「分かっている! 少し黙っておれ!」
姫殿下の機体がゆっくりとぎこちなく回避挙動をとり始めるが、あまりにも遅い。
戦車砲が姫殿下の動きに合わせて砲塔を回転させていく。
そして、爆音とオレンジの発砲炎を出して弾丸を打ち出した。
射撃の余波が空気を震わせ、小石がクルトの機体にもいくつかあたる。
「姫殿下! 大丈夫ですか!?」
発砲炎がクルトの視界をふさぎ、姫殿下を直視することができない。すぐさま、テトラが熱感知映像へとモニターを切り替える。
「問題ないわ! 間一髪のところだったわ」
どうやら、回避機動が功を奏して直撃は、しなかったようだ。
クルトのモニターにも倒れてはいるが、見た目上破損のない状態の機体が映し出されている。
今、発砲した戦車は装填までに少しの間が空く。クルトは、もう一両が発砲する前に撃破すべく駆けだした。
「姫殿下は可能な限り早く不規則に動いてください! それだけで、命中率を格段に下げることができます」
「分かったわ。やってみるわ」
姫殿下に対しても素早く指示を出す。もしも、発砲前に撃破できなかった際の保険としてこのぐらいは、やっておくことに越したことはない。
敵戦車もクルトに撃破されまいと黒煙を上げながら最大速でクルトから離れていく。速度に勝るクルトとの距離は、段々と狭まっていく。
敵の戦車も装填が終了し、砲塔が旋回を始めた。またしても、狙いは姫殿下のようだ。クルトを撃破しようとするのをやめ、少しでも相手に損害を出させる方針に切り替えたのかもしれない。
「照準が完了しています。来ます」
クルトが、距離を詰めるよりも前に照準が定まってしまったようだ。次こそあたっても不思議ではない。
「時間操作、二倍」
クルトは奥の手を使う。強烈な負荷がクルトの全身を襲う。短時間に二回連続で使うことは、できないこともないが、やはり体への負荷が大きい。
クルトは、右手に持った剣を大きく振りかぶる。
投擲された剣は、クルトの手から戦車に向けて回転しながら飛翔していく。
砲身に直撃した剣は方針を少しへこましただけで刺さることはなく地面に落下した。
「終了」
クルトと周囲の時間の進行速度が並ぶ。
そして、戦車は弾丸を吐き出すことなく爆発した。
弾が砲身内部でつまり、行き場を失った高温のガスが戦車内部を駆け巡ったためだ。
クルトの投げた剣は、もともとそれ自体で戦車の破壊を企図したものではない。精密にできた砲身にダメージを与えて、暴発を狙ったものなのだ。
テトラによる投擲補助を受けた剣は、うまく暴発を誘導することができたようだ。
体にかかった負荷のせいで呼吸が大きく乱れている。心拍も異常な鼓動を打っている。それでも、次の敵を倒さねばならい。
クルトの活躍に近衛師団の歩兵の命、ひいては、祖国の未来が少なからずかかっているのだ。
「テトラ、装填終了まであとどれくらい残っている?」
「今までの争点時間から算出すると、装填終了まで残り2.78秒秒です」
照準する時間を換算しても、残り一台が姫殿下に対して射撃を実施するには、八秒ほどしか残されていない。
今、暴発した戦車を撃破するために追いかけていたクルトと残りの戦車との距離が空いてしまっていた。残り時間で間に合うような距離ではない。
今もなお、姫殿下は回避機動をとっているにはいるが、ないよりはましという程度の代物なのだ。
もう一度、時間を操作するしかない。訓練においてクルトの時間操作可能な時間は一時間当たり、五分まで伸びている。
現在すでに三分二二秒もの時間を使ってしまっているが、使わないわけにはいかない。
「時間操作、二倍」
時間が止まるわけではないので相手からは、いきなりクルトが高速で動き出したように見えているはずだ。
戦車を行動不能にするためにまずは、ライフルで履帯を破壊することにする。
マガジンが空になるまで乱射された弾丸によって、履帯はズタボロになる。
「心拍数が危険域に到達しています! これ以上の時間操作の使用は、危険です。終了してください」
訓練中に行き度となく聞いた、セーフティーメッセージが声と文字で示される。
「そのまま、続行使用」
命の危険など塹壕で戦う歩兵の方がよっぽど大きいはずだ。このぐらいの危険で辞めたら二度と歩兵に顔を合わせられない。
肉薄した戦車の車長搭乗用ハッチにナイフを突き立てる。
派手に火花が飛び散ってハッチがゆがむ。最も薄い搭乗用ハッチでもナイフの威力では、一撃で貫通させることはできない。
さらにもう一度、突き立てる。今度は、ナイフが戦車にのめりこんでいく。
引き抜いたナイフの刃には、べったりと血がついていた。車長にちょうど当たったようだ。
開いた穴に拳銃の銃口を添える。
そして、引き金を躊躇なく引いた。
「終了」
エンジン音がむなしく鳴る戦車を後に、塹壕に残る歩兵を掃討するためにライフルのマガジンを交換した。
きれいな青い秋空は、いつの間にか分厚い雲に覆われて今にも雨が降り出さんとしていた。
今回も最後まで読んでくださった読者の皆様、感謝感激であります。
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