秋季攻勢作戦 1
「フェンリル00より各指揮官へ。準備状況を報告せよ」
クルトたちは、一カ月に及ぶ訓練を終えダリアス戦線に派遣されていた。
複雑に入り組んだ塹壕と各所に配置された機関銃陣地によって防御を固めた戦線は、大量の砲弾と数多の将兵の命を浪費しても一進一退を繰り返す不毛の大地になっていた。
「フェンリル一〇、各員の配置完了しました」
「フェンリル二〇、いつでも出れます」
「フェンリル三〇、こちらも大丈夫です」
「フェンリル四〇、いつでもどうぞ」
各中隊の準備が完了したことを確認したことクルトは、作戦概要について再度徹底することにした。
「砲兵による支援射撃が終了するまでの間、もう一度、作戦について周知徹底する。本作戦は、秋季攻勢作戦の初戦だ。我が大隊は、ダリアス戦線中央部においての塹壕線突破を主たる任務としている」
クルトたちが展開を命じられたのは、ダリアス戦線でも最も熾烈な消耗戦が繰り広げられている戦線中央部である。
「ダリアス側の防御陣地の脆弱部に向かって小隊規模で攻勢に出て、橋頭保を確保する。橋頭保を確保したのち、後続の歩兵部隊の支援を行いつつ重要拠点を孤立、殲滅せよ! 諸君らの活躍が本作戦の成否を握っている!」
冬に入る前にダリアス戦線を収束させたいとする参謀本部の考えによって立案された本作戦は、短期間の間で敵防御線を突破することを考えた作戦だ。
機関銃陣地などの防御陣地を避けて、攻撃を仕掛け防御陣地を包囲したのちに各個撃破してくと言う、至極単純なものである。
すでに、小規模な試験的運用において十二分に効果を発揮している。現にクルトたちがいる塹壕も昨日まで敵の陣地だったものだ。
「支援射撃終了まで六〇秒。各員装備の確認とシステムチェックを実施せよ」
クルトも自身の装備を確認する。
この作戦においてクルトたちは、敵砲兵が味方への誤射を恐れて攻撃できなくなる至近距離での戦闘を行う。近接戦闘を行うために選ばれたライフル、剣、盾、拳銃、ナイフを今一度点検する。
「システムオールグリーンです」
テトラが自己診断結果を教えてくれる。
装備の不備も機体の不備も見られない万全な状態でなくては戦争に勝つことはできない。
この時点で異常があれば、今からの戦闘に大きな支障をきたすことになるのは、必然である。
「支援射撃終了まで、五、四、三、小隊ごと目標に対して攻撃を開始せよ。姫殿下に誉れあれ!」
「「「姫殿下に誉れあれ!」」」
クルトも支援砲撃の音がやむと同時に塹壕を飛び出していく。そのあとに続いて一から四小隊がそれぞれの目標に向かって攻撃を始めた。
塹壕を出たクルトたちに対して濃密な銃撃が加えられる。敵も陣地を死守することに必死になっているのだ。
鋼鉄でできた分厚い盾を体の前に構えて防御をしながら突き進んでいく。いくら人による射撃がほとんどダメージをこちらに与えられなくとも、塵も積もれば山となるだ。
盾に当たった銃弾が火花を散らして跳弾していく。
「敵遺物、迎撃に来ます!」
敵も攻められるのを静かに見ているだけのお人よしではない。こちらの数を上回る遺物で迎撃を行ってくる。
遺物特別遊撃大隊の二三式は、性能においてダリアス軍の遺物を圧倒的に凌駕している。
攻撃三倍の法則も性能において圧倒的に凌駕していれば問題ではない。
「小隊ごとの連携を保って近接戦闘において撃破せよ」
機体性能が重要となる近接戦闘において二三式は、その他の追従を許さない。さらに、搭乗するのも王国のエースパイロットたちである。負けるはずがない。
クルト自身のところにも中隊規模の敵遺物が迫ってくる。一機に対して一二機でという通常であれば撤退さえままならなくなる危機的状況でもクルトは、笑みを浮かべるだけの余裕があった。
アクセルをふかして、ジグザグ走行をしながら距離を詰める。すでにその動きに敵はついてこれていない。
展開していた、盾とライフルをしまい代わりに背中から引き抜いた二本の剣を構える。
モニターにはテトラが導き出した敵の行動予測線が映し出されている。
先頭にいた敵に対して速度の乗った一撃を繰り出す。それぞれの剣が頭部と胸部に大きな穴をあける。
クルトは、敵の機体を盾代わりに使いながら次の攻撃準備に入った。散発的に放たれる射撃は、クルトのスピードに対して照準が間に合っていない。
両手から剣を放す。鈍い音共に盾代わりに使っていた敵が地面に崩れ落ちた。
ライフルを引き抜いてマガジンが空になるまで連射する。燃料に引火したのか、機体から炎が上がったと思うと周りの機体を巻き込んで盛大に爆発した。
「残り六機です」
テトラが親切に残りの敵の数を教えてくれる。
三機の敵が連携をとりつつクルトに接近してきている。他の機体もクルトの動きを制限するための援護射撃を行ってくる。連携のうまさは、賞賛に値するレベルだ。
通常であればもはやよけることのできない必殺の攻撃。しかし、それは通常であればの話だ。
「時間操作、二倍」
モニターの外が急激にスローで映し出される。
先ほど敵と共に落下した剣を抜き取ると、三方向から繰り出される突きを回避しながら、装甲の隙間を貫く正確な一撃をお見舞する。
「終了」
引き延ばされていた時間が急速に戻っていく。本来クルトに突き刺さるはずだった敵の攻撃は、クルトがその場にいなくなったことによって、味方同士の相打ちへと姿を変えていた。
これで、敵の損耗率は約七〇%になる。ダリアス軍の撤退基準に該当する損耗率だ。
しかし、敵は今なお、クルトに対して無意味な攻撃をしてくる。敵には死守命令でも出されているのだろうか?
部隊が壊滅してもなお、攻撃してくる敵を無造作に斬り倒していく。
「周囲に敵影ありません」
今なお、現行の技術では復元ができない広範囲に及ぶ索敵で周囲の安全をテトラが確認してくれる。
クルトは、今まで敵の陣地だった塹壕に砲兵の的にならないように身を隠す。塹壕の中には、砲兵の射撃にもろに当たった敵の肉片が放置されたままになっていた。
各中隊長からは続々と目標の確保に成功したとの一報が入ってきている。
最後の中隊から目標の確保ができたとの報告を受けて、長距離無線のスイッチを入れた。
「こちら、フェンリル〇〇。HQ、応答せよ」
「こちらHQ、おくれ」
「地点一二四八の確保に成功した。歩兵部隊の派遣を願う、おくれ」
「了。歩兵部隊に進軍命令を下達する。歩兵部隊到着までその場にて待機せよ」
「了」
歩兵が入ってくれば、機関銃陣地などの強固な防御陣地を包囲して制圧すれば、この塹壕は、完全に王国の陣地になったことになる。
「フェンリル〇〇から、各機へ。損傷状態を報告せよ」
「大尉殿、これぐらいで損害を受けるような奴なっていませんよ」
グルーバー中尉が大きな笑い声と共に返答してくる。他の隊員も「そうですよ」と笑う声がテトラのコクピットの中にこだまする。
「確かにこのぐらいで根を上げるような繊細な奴は、うちの大隊にはいなかったな」
損害が皆無だったことが伝わってきた。
最後まで読んでくださった皆様誠に、感謝感謝です。
今回から、新章に突入しました。
悲惨な塹壕戦を少しでも感じてもらえたら幸いです。
無残に散っていった兵士に対する手向けとして、感想、評価、ブクマ、レビューを書いてほしいです。
よろしくお願いします。




