新たな戦友 8
「これで、本会議は終了する。本日は、宿舎にてゆっくり休養してくれ」
会議室に集まっていた士官がぞろぞろと出ていくのに続いてクルトも退室しようと出口に向かう。
しかし、出ていくクルトに対して大佐から声がかかった。
「ベッシュ大尉は、参謀本部のフリーデル少将閣下がお呼びだ。至急向かってくれ」
「了解いたしました」
クルトは、もう一度、大佐に正対して返事をする。
フリーデル少将からの呼び出しならば間違いなく「あれ」のことだろう。
足早に退室すると参謀本部の入る建物に向かって歩を進めた。
参謀本部装備部部長室のドアを三回、コンコンとノックする。
「入れ」
室内から低い威厳のある声が入室の許可を出した。
「ベッシュ大尉、入ります」
ドアを静かに開けて入室するとフリーデル少将は、書類を机の上においてクルトを確認した。
「まぁ、座り給え」
「失礼します」
来客用の大きなソファーの恥に腰を下ろす。
「今日読んだのは、他でもない例のあれが完成したからだ」
少将が不敵な笑みを浮かべる。
「全部で五〇機ある。先行量産型の試作機だが性能は、今までのものよりも格段に向上していることを私が保障しよう」
「ありがとうございます」
クルトは、素直に感謝の気持ちを言葉にする。
「なに、問題ない。これは、これから激戦区に向かう貴官らに対する私からの餞別だ。明日の訓練開始前に倉庫に取りに来てくれ」
「重ね重ねありがとうございます。ご期待に応えて見せます」
クルトは、ソファーから立ち上がると深々と頭を下げた。
「よろしく頼む」
「はい。失礼しました」
扉の前で敬礼をしてからクルトは、部長室を後にした。
フリーデル少将が今回用意してくれたものは、今後の任務において大いなる活躍をしていくことをクルトは、確信していた。
明日、この目で確認できることを楽しみにして、今度こそ宿舎に向かい歩き始めた。
将校宿舎についたクルトを待っていたのは、よく知った顔だった。
「お久しぶりです。大尉殿」
「2カ月ぶりか、アレクシス」
そこにいたのは、共に戦ったアレクシスだった。
「はい。しかしながら前回お会いした時はほとんど大尉殿と話す機会がありませんでしたので」
「確かに、あの式典は俺もお前も忙しかったからな」
「大尉殿は貴族の女性方に囲まれていましたから、自分の入る隙もありませんでした」
受勲式では、確かにクルトが貴族の女性に囲まれていたのは事実である。
「ああ、あれは大変だった」
「確かにあれは大変そうでした…」
けばけばしいドレスに身を包み、きつい匂いの香水を被った貴族が矢継ぎ早に質問してくるのである。貴族に生まれなくて良かったと思った時間だ。
「…あの中から、持ち帰る女の子を選ぶのは難しいですよね」
何を言っているんだ、こいつは?
「自分なら一人と言わずに二、三人持ち帰りますね。大尉殿は、どの子にしたのでしょうか?」
どうやら、アレクシスの思考はお花畑のようだ。戦場以外でのこいつは、ただの馬鹿だったのをすっかり忘れていた。
「貴族の御令嬢を持ち帰ったら後々、めんどくさいだろうが」
「確かにそうですね」
アレクシスが今後考えなしに貴族に手を出さないように教えるのも上官としての仕事だ。
「それなら、大尉殿はあの中から一人だけを選んだのですね」
「違う。一人も選んでなどいない」
根本的な部分から思考の矯正が必要らしい。
「お前が夜遊びをする分にはいいが俺をお前と同じにするな! 俺はもっと誠実だ。明日の訓練は、お前だけ過負荷訓練に今、決定した」
アレクシスの顔から血の気が引いていく。
「大尉殿、それだけは勘弁してください。大尉殿は、誠実です」
過負荷訓練は、遺物乗りなら誰もが最も嫌がる訓練だ。操縦者に最大限負荷をかけたまま通常の訓練を行う。そのため、常時、吐き気を催しながら訓練をすることになるのだ。
「いや、これはすでに決定事項だ。変更はされない」
「そんな、殺生な」
これぐらいの罰を与えなければこれから、他の士官にも同じ偏見を持って接するかもしれない。
「それはそうとして、アレクシスは何か俺に伝えることがあってここで待っていたんじゃないのか?」
下士官の宿舎はこことは、少し距離があるところにある。
「はい。大尉殿を宴会にお連れするように命じられております」
軍隊は、宴会を何かにつけて実施する。お酒に弱いクルトとしては、できればやめてほしいものだ。
しかし、大隊編成後の初めての宴会に大隊長代理が特に理由もなく参加しないのは、あまりよろしいものではない。
「分かった、すぐに行く。そこで少し待っていてくれ」
「了解しました。お待ちしております」
クルトは、宿舎の自分の部屋に入ると財布などの私物を将校カバンに詰め込んだ。そして、明日に響かないように胃薬と酔い止め薬を前もって飲んでおく。
軍での宴会であるため私服に着替える必要もないため、すぐにアレクシスの元に向かった。
「待たせたな。では、向かおうか」
「はい。こちらであります」
アレクシスが先導して石田畳の道を歩いていく。
宴会にきている部下が必ず一回はクルトに酒を注ぎに来るので最低でもビール瓶五本は飲む覚悟を決めてアレクシスの後を追った。
幾度か路地を曲がってたどり着いたのは、雰囲気のいいバーだった。
中からは、すでに賑やかな声が聞こえてくる。
「大尉殿、どうぞ」
アレクシスが開けたドアから中に入ると大隊のほとんどすべての隊員がいる。ほとんど貸し切り状態に近い。いないのは、第五中隊とヘルダー大佐だけだった。
「大尉殿お待ちしておりました。先に始めさせてもらっています」
クルトに気が付いた隊員が一斉にビール瓶を持って集ってくる。
これは、五本なんて甘い数では、すまないなとクルトは覚悟を新たにする。
「大尉殿のご活躍は、王国全土に轟いておりますよ」
そういってクルトにジョッキを手渡してきたのは第四中隊長のガウス中尉だ。
「自分は、大尉殿の下で戦場を駆けまわりたくこの大隊に志願したのであります。地獄の果てまで大尉殿についていかせていただきます」
ガウス中尉は、そういうとビールをなみなみとクルトのジョッキに注いでいく。
集まった隊員の目がクルトに一斉に集る。ここで求められていることが読めなくては、軍人ではない。
クルトは、注がれた濃いビールを一気に飲み干していく。
空になったジョッキには、すでに新しいビールが注がれている。
また、一気に飲み干す。
注がれる。
飲み干す。
注ぐ。
飲む。
これを、全隊員分繰り返したクルトは、一言「飲みすぎるなよ」と残してふらふらとカウンターのはじに腰を下ろした。
この後、気が付けば宿舎のベッドの上で朝を迎えていた。
最後まで読んでくださった皆様本当にありがとうございます。
イッキってきついですよね。大人の方ならこのきつさがに共感してくれるはずです。
イッキを頑張ったクルトのために評価、ブクマ、感想、レビューをよろしくお願いします。




